感染症ではあるものの人間社会にとって特別な意味を持つのが性感染症。
古くは性病という言い方をしましたが、現在では性感染症(STI)という言い方をするようです。
周知のとおり性感染症はセックス、つまり性行為を介して感染する感染症なので人間の淫靡な本能世界と連動しており、病名が憚られる要素を持ちます。
▲性行為の後、性器などに異変が起きる典型的STI(淋病)
太古から知られているものとしては淋疾(淋病)が有名ですが、性行為を介して感染するものはすべて性感染症とされています。
人類の歴史でクローズアップされた性感染症は二つ。
梅毒とAIDSです。
理由は数ある性感染症の中で、死に至る病だからです。
最初に人類を長期間苦しめた性感染症は梅毒です。
梅毒は16世紀初頭(1500年代初頭)にイタリア北部で広まり始め、瞬く間に全世界に感染拡大しました。(コロンブスが持ち込んだとする説が信じられています)
戦国時代には日本にも入り込み、徳川家康の次男である結城秀康(松平秀康)は梅毒で亡くなった武将のひとりではないかと考えられています。
梅毒は他の性病とは異なり、感染しても痛みや違和感を感じない特徴があります。
感染部位に硬い痛くも何ともないしこりが出来ますが、自然に消滅するのです。
「別に痛くないし、硬いしこりもなくなったから大丈夫!」
この頃梅毒の病原体であるトレポネーマが人体に潜んで増殖を開始するのです。
▲梅毒の病原体トレポネーマ
その後、手や体に皮膚に赤い発疹が出たりするものの自然消滅し、感染から10年近くなるとゴムのような腫瘍が出来ます。このゴム腫瘍は組織破壊が強く、顔にできると鼻を崩して落とします。
このため梅毒に罹患すると鼻が落ちることから「鼻落ち病」と呼ぶこともあります。
▲末期梅毒
鼻が落ちる頃になると梅毒の勢いは増して大脳を冒して痴呆症(脳梅毒)になったり心臓を犯したりして命を奪います。
梅毒は糖尿病と同じく、痛くなく、自覚症状がないために病を放置しがちが故に悪質なのです。
シューベルト、ニーチェ、アル・カポネなど西欧の著名人も梅毒とみられる感染が原因で亡くなっています。
日本では医師の杉田玄白が江戸には多くの梅毒患者が非常に多いと記しています。
梅毒が恐怖の性感染症でなくなったのは第二次大戦後に抗生物質が治療薬として登場するまで続きました。
梅毒が恐怖の性感染症でなくなって一安心したのも束の間。
1980年代の米国で同性愛者で広まる謎の免疫疾患の感染症が注目されはじめました。
AIDSです。
はじめは同性愛の謎の病だったものが次第に一般人にも広がり始め、性感染症の一種だという認識ができはじめました。
AIDSの病原体であるHIVウィルスに感染しても、梅毒と同じく痛みも違和感もなく過ごせます。この間、人体に入り込んだHIVウィルスは着々と増殖を繰り返し、免疫細胞を無力化していきます。
そして、HIVウィルスが免疫作用を無力化した結果、ささいな感染症に罹患して重症化して死に至ります。
そう、梅毒もAIDSも感染しても自覚症状に乏しく、長い時間をかけて潜伏増殖して死に至らしめる悪質性がある性感染症です。
現在、HIVウィルスに感染しても大量の薬を服用することで免疫無力化を防いで、死に至ることは防げるようになりました。
AIDSを発病することは少なくなったものの、HIVウィルスを駆除することは今なおできていません。
現在、AIDSは服薬すれば死ななくなったものの根本的には治せない状態です。
そして現在、日本では梅毒がもの凄い勢いで増えています。
理由はいろいろですが、そのひとつにピル(経口避妊薬)の流行でコンドームを使わなくなったことが挙げられています。
コンドームが性感染症予防に効果があることを日本は実証実験したようなものでもあるのです。
性感染症は性行為をすることが多い若い世代に広まっています。
恐ろしいことに先天性の梅毒やHIV罹患が先進国の日本で広がっているといいます。
妊娠検査ではじめて感染していることが判明し、感染してからかなりの年月が経過しているため病が進行していることも少なくないといいます。
性の自由化が広まるにつれ、風俗や水商売で性感染症に罹患するのではなく、ごくフツーのカタギの人から感染する事例の方が多いのも現在の日本の特長だとか。
もはや梅毒もHIVもカタギのフツー人(強いて言えば遊び人)から感染する可能性のある時代となりました。
若い人は検査しておくことが何より大切な時代となっているようです。