冷茶猫のカフェ -36ページ目

冷茶猫のカフェ

冷茶猫のカフェへようこそ。扉を開けると、そこはミステリアスな世界。
珈琲の芳しい香りの中で、気楽におしゃべりしたり、ちょっと真剣にものごとを考えたり、そんなカフェになったらいいなと思います。
                     (現代版・鳥獣戯画)

 

 

前回に続いて、ストリートキャッツの声を聞いてほしい。

 

 

                                

 

仏教の言葉かな…「生きとし生けるものは皆同じ…」という言葉がある。

神社やお寺で積極的に保護活動をしているところもあるし、そうでなくても彼らにやさしい人たちも多い。

しかし中には、邪険に扱うところもある。もちろん神社やお寺の人にも動物嫌いの人もいるし、置き餌などで迷惑をかけられている場合もある。

だが、そういうことを考慮しても、最初から「どっか行け!」というスタンスの神社や寺もある。

 

一般庶民ならともかく、神社やお寺が生きとし生けるものに慈悲の心を持たないで、なんの神や仏と思ってしまう。

行き場のない命にたいして、せめて慈悲をかけてこそ、神の、仏の代理をする神社、お寺でないのか…な?

 

 

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何人の人が関心を持ち、考えたのだろう。

みんな命のある存在であることを。

 

今回はストリートキャッツについて。

 

                        行き場のない命、彼らの声を聞いてほしい。

 

              

 

増え続けると忌み嫌われる存在になる彼ら。世の中には動物が苦手な人ももちろんいる。野良猫に迷惑している人ももちろんいる。こういう人たちのためにも、緩やかに数を減らす以外にない。

 

TNR(保護して避妊手術をして戻す、地域猫として一代限りの命を地域で見守る)の大切さを、TNR自体を全く知らない人たちも、まだまだたくさんいる。

 

本来は行政が発信し啓蒙し、実行していかなけらばならいことだが、なかなか。ボランティアに依存している現状。しかも一部だろうけどルールやマナーを守らない、一方的な餌やりの人が、ボランティア活動の足を引っ張り、結局はストリートキャッツの迫害につながるのも現状。

 

虐待、虐殺、ペットショップの闇、実験動物、虐待もどきに家畜動物…いろいろな問題多々だが、今回はストリートキャッツ(野良猫)の声を届けたい。

 

 

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例えば…電車の中で、誰かが痴漢にあって困っている、因縁をつけられている、脅されている、暴力を受けている…そんなときには、別の車両に移ってから、携帯で警察に連絡するなり、乗務員の方に連絡することよ。

 

格技の有段者でもないかぎり、間違っても自分で割ってはいってはいけない。それは蛮勇といって本当の勇気でも正義感でもない。

しかし見て見ぬ振りをして、さっさと電車を降りて、何も見なかったことにするのは、卑怯者のすること。

 

まずは自分の身の安全を確保してから、助ける手立てを取るんだね。

猪突猛進だけでは、人を助けたりできないからね。

 

 

 

 

学校で、正義とは一つではない、視点によって正義は変わることを教えてから、「義を見てせざるは…」を教えるべきだね。

 

 

動物虐待の話になると、大抵の人が同じことを言う。

「虐待者に同じことを体験させたい」「仇を取ってやりたい」「同じ苦しみを味わうべきだ」などなど…これも義侠心からくる気持ちだね。

 

そういう思いは大切だと僕は思うね、私見だけど…

 

 

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