冷茶猫のカフェ -24ページ目

冷茶猫のカフェ

冷茶猫のカフェへようこそ。扉を開けると、そこはミステリアスな世界。
珈琲の芳しい香りの中で、気楽におしゃべりしたり、ちょっと真剣にものごとを考えたり、そんなカフェになったらいいなと思います。
                     (現代版・鳥獣戯画)

 

世の中は、不公平、理不尽である。生きるとはその中で矛盾に苦しみ、不公正に怒り、義憤を感じる…そう思う人も多い。

 

やさしく、まじめに生きている人が、幸せになるとは限りない。不運の連続ということもある。ささやかな活動でも必要な人が、病魔や事故に遭ったりする。

 

反対に、なんだこいつは?と思うような、傲慢、暴力、残酷、差別意識、犯罪にどっぷり浸かっている人たちが、罰も当たらずのうのうと生きている…こういうのも多々。

 

 

 

 

「天罰というのはないのか?」

「悪い奴はいい死に方はしない」というのは嘘か?

「神様は何をしてるんや?」

等々…誰しもたまには思うのではないか?

 

 

絶対の力を持つ神様がいて、上記のような輩を一掃してくれたらいいのに…心の底にそんな考えもあるかもしれない。

 

そしてそんな神を望み、神に委ねることは、とても危険。

またそんな力をある人に、ある集団に求めたら、それは恐ろしいことになるのだ。

 

戦争、虐殺、凶悪犯罪、詐欺、児童虐待、動物虐待…なくならない悲惨の中で、それでも、地道に、こつこつと、微々たる成果の積み重ねでも、そういう道を人は歩まねばならないのだ。

 

民主主義も…いろんな意見が交錯してまとまらない。少しも世の中よくならない。行き過ぎた人権にも腹がたつ、…

大いなる力で、びしっと、鬱陶しいことを言う奴らや、人に迷惑をかけても平気な非常識な奴らを、抑えてほしい…そういう政治がいいのではないか?

 

一人に、少数の人に、権力を与えるのは、とても怖いことなのだ。人類の歴史が証明している。

 

私たちは、理不尽、不公平な中で、苦しみ、怒り、悲しみながらも、一歩一歩、自分たちで考え、歩まねばならない。

 

  

 

 

「守り人」シリーズ 10巻 上橋菜穂子 著

児童文学として出版されたが、大人にも好まれるなど、ファンの年齢層は幅広い。短槍使いバルサが主人公の物語は題名に「〜の守り人」と付き、皇子チャグムが主人公の物語は題名に「〜の旅人」と付く。両物語は最終話(天と地の守り人)で合流する(ウィキペアから)

 

大人も若者も読んでほしい本。異世界を例えとして、人とは…政治とは…統治とは…そういうことも、知らず知らず考える。登場人物はみんな魅力的。読むなら一巻から。

 

 

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江戸は神田三島町にある袋物屋の三島屋は、風変わりな百物語をしていることで知られている。
語り手一人に聞き手も一人、話はけっして外には漏らさず、「語って語り捨て、聞いて聞き捨てて」これが三島屋の変わり百物語の趣向である。(アマゾンレビューより)

 

 

「……人を殺すも生かすも、所詮は人のなす業…それどころか、人は神様さえも生かしたり殺したりする。人の命は尊いのに、生きものとしては、何と横暴で傲慢なのでしょう」

 そんな人の命に限りがあるのは、その横暴と傲慢にも限りを持たせるためだ。……

 

 

さて、どんなお話の中の言葉か、興味があるかたは、一読ください。

 

 

 

親がこんなに甘くていいの?と思うような事件多いな。

公設秘書…云々。猟銃事件、猟銃は親が息子に買い与えた?

息子は三十越えた、いい大人なのになあ…

 

 

 

 

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ニュースによると、沖縄の島で、外来種のマングースがほぼ駆除(殺された)されたらしい。

 

マングースは、ハブ対策に、よく調べもしないで、本来いるはずのないところに連れてこられて繁殖した(人間の都合)

 

しかしマングースとハブは活動の昼夜が違い、またマングースは危険なハブより簡単に取れる固有種や希少種の小動物を狩るようになり、絶滅危惧種が危機にひんした。

役にたたないどころか、生態系を崩す危険な奴らになった。

 

 

ハブとマングースを無理矢理戦わせるショウに使ったり(ハブもマングースも虐待)とか、していたが、ついに駆除された。

こういうショーは、ほんと悪趣味だと思うが、好きな人もいるらしい(太古から)。哀しいことだ。

 

 

 

ここまで来ると駆除は仕方がないとは思う。仕方がないが、仕方がないで終わってもいいのだろうか?

 

「人間が関わらなければこの状況は起こりえなかった。元の自然に戻す責任は人にある」

 

この言葉は正しいとは思う…しかしこの状況を招いた人間は反省したり、心痛めているのだろうか?

 

 

南西諸島で絶滅危惧種の生息地保全に当たる世界自然保護基金(WWF)ジャパンの方の言葉もニュースにのっていた。

「当時はマングースの生態の基礎的な調査研究が不十分だった。人に都合がいい一面だけを捉えたことが不幸を招いた」

 

「生態系は生物同士の絶妙なバランスで成り立っている。奪わざるを得なかったマングースの命や、駆除に従事された方の涙と痛みを忘れず、新たな外来種を生み出さない教訓にしなければならない」

 

マングースだけでなく、人間の都合と傲慢さで、居場所を奪われたり、変えさせられたり、そして繁殖させられ、命を奪われる…連綿と続いている。

 

 

 

 

 

                          歴史を学べばわかる。

 

 

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