はじめて来られた方へ
冷茶猫のカフェは、ここに集まるぬいぐるみ動物たちが、いろいろなテーマ、時事問題からお洒落な話までを、語り合うカフェです。不思議な世界を、のぞいてみてください
京都新聞 6月末…秘密法 適正評価始まる 職員や家族を調査 内部告発しにくくなる懸念。
自民の改憲推進委員会で、例のマスコミ圧力発言。
そしてこれだけ多くの国民が反対しているのに強行採決。
それでも、単独採決は当然という論調の大手新聞も数紙ある…意見、主張の違いはあって当然なんだけど…なんか物騒な世の中、嫌な感じの世の中だねえ…
振り子は(シーソーでも)、うまい具合に真ん中あたりで止まらない。
左へ振れるとき(人)は、どんどん左に… 右へ振れるとき(人)は、どんどん右に…
何でだろう?中道は理想であって現実は無理なのかな?
核家族、個人主義も行きすぎると問題点続出、
しかし大家族、一族の強い絆も、強すぎると人を縛りうっとおしい(それが問題の政治家も、いろんな国にいる)
マンションの自治会や町内会なども、防災や、子供やお年寄りなどに目を向けるにはとても大事。
しかし地域の繋がりも、濃く成りすぎると、精神的な圧迫を感じる場合もある。
言論・表現の自由も行きすぎると、中傷、非常識、名誉毀損、なんでもありになってしまう。
しかしないと、権力者、政府の、強い者のしたい放題、言いたい放題になり、多くの国民は悲惨な奴隷状態になる…
宗教も原理主義になると、どんな宗教でもおぞましい。
しかし、人を超越したような大きなものへの、畏敬の念がなければ、罪や恥の意識もなく、人は何でもやる。
儒教の精神も(礼儀や長幼の順など)、集団の中で大切なことだけど、それに縛られると、人としての自由な発想も選択もなくなる。
しかし、あまりにもなくなると、バスの中でも道でも、あまりにも勝手な行いがまかり通る。
歴史認識もなんか両極端。真ん中あたりを視点に歴史を認証してみたら…
なぜ、ちょうどいいあたりで止まらないんだろう。
作家の塩野七生さんは「中道を行く」とは、真ん中を行くことではなく、あるときは右へ寄り、あるときは左に近く…こうしてバランスを取ることが、中道を行くことだって…
阿月猫の「あれ?なんか変」コーナー
また揉めている
抑止力を高めるため、平和を守るため、国民の命を守るため、リスクが増えるのは仕方がない…
このような主張には、そのリスクに自分、自分の子供、孫、親戚などは含まれているのかな?多分含まれていないのだろう。
しかし、その角度からだけ見ていたら、一国
の防衛はできないのではないか?
つまり、俯瞰して見る、また自分のこととして見る…両サイドを睨みつつ、戦争だけはしないように、また国益をできるだけ損なわないように、舵を取ることが大事…ということではないか?
ときには世界情勢を俯瞰して、ときには自分のまわりの人たちの生活の立場で、バランスを取りながら、政治を動かすということだ。
(さすが、青蛇、やんちゃトリオの中では冷静)
そしていろいろな種類の抑止力を増やし育てる。民間交流、経済の繋がり、技術提携などなどね…時間はかかるけどね。
それは至難の技、こんな高度なテクニック、バランス感覚の政治は、超一流の人物しかできない。
そして民主政治は、なかなか超一流の政治家を作らない。超一流の政治家は、危険なリーダーになる恐れもあるから。これもジレンマ。
日経新聞の社説に…「合意形成力の低下」って。国会はもとより国民の間もね。これではますます、中道から離れ、偏っていく…
まあ「国民のレベル以上の政治家は現れない」…そういう意味の言葉もあるしね。
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次回更新は、7月18日の予定です。


