「上がった凧を赦し、笑うことができたら…すべてが違っていただろう」
「べらぼう」の松平定信のこの言葉。もちろん蔦屋耕書堂での、蔦重と定信の会話設定はあり得ないフィクションですが、それは今回関係ないのです。
上がった凧を…自分の政治に対する批判や風刺を赦し、おおらかに笑って受け止める、受け流す…この度量が大政治家には、必要なのですね。
(もちろん、その人のプライバシー、個人に対する誹謗・中傷は別)
政権を担う政治の方々は…こういう度量を持つ人であるべき、あってほしいものですね。
「…排外主義、右や左のレッテル貼りによる分断」これに危機感を感じる…こういうのがあった。
短絡的な分断が進んでいる。
政治や国際情勢、社会のありかたは、簡単に右や左で分けられるものではないし、外国人は皆…という考えは怖い。
もっと複雑で絡み合って、これには
少し保守的に、でもこちらの問題はややリベラルな考え…そのように多くの人の心は動くはずと思うけど…
国際的にあちこちで、なんか力の支配が進んでいる…世界が急速に壊れるのでなければいいけど。
そのうち、「力があれば…やりたい放題」?
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