5月病のせいなのか?他の人は、知りませんが、私のまわりは大分ゆっくりとした
時間が流れている気がします。

ただ、そのおかげでいろいろと考える時間が出来ました。

弊社は2期目も終わり、3期目に突入するのですが、

それに先立ち、今後のことをいろいろと考えていると、これまでの自分が
カッコつけすぎていたとか、自分の人生に面白みが欠けているとか、
たくさん反省することばっかりです・・・

こんなことをするために起業したわけではないと考える事も多く、今年に入って、
本当につまらない人生をおくっていました・・・

何か、着飾った自分がおり、社長づらした自分がいて、客観的にみると、恥ずかしい気も
します。

自分は、ビジネスなどという偉そうなこと言葉よりも。商売のほうが向いているのだと、
最近になって、ようやくわかりました。

いや、カッコいいと思っていた価値観が変わってきたのか?、カッコつけることに疲れたのか?、
自分を良く見せることのばからしさが、ようやくわかったのか?

たぶん、全てなのでしょうが。。。

もっと、貪欲に、地に足をつけて商売をしたいと考えております。

もっともっと、積極的に人に会って、いい所を吸収して、自分のいいところを理解して
もらわないと、頭でっかちで、偉そうで、人の痛みのわからない人間になるところでした。

もっともっと自分をさらけ出して、正直に、真っ当に生きないと駄目なんだと、
最近になってわかりました。

身の程しらずになる前に、謙虚さ取り戻せればと思っています。

本当に危ないところでした。。。


などなど・・・・

最近は、このようなことを考えております。

今年のゴールデンウィーク中は、サラリーマン時代を含めても、
何年振りか?記憶がないほど、休みを取ることができました。

弊社が4月決算で、ある程度の売上の目途がたったのと、
私用で、実家に帰らなければいけないことも重なり、
久々の休みが取れた訳です。

予想外の連休で、予定を立てておらず、
かなり場当たり的な行動を取ってしまいました。

ブログも全く開くこともなく、さぼりっぱなしです。


明日から頑張って更新していきたいと思いますが、
結構心配です・・



愛がないのとお金がないのどっちが辛い? ブログネタ:愛がないのとお金がないのどっちが辛い? 参加中
本文はここから


愛がないのとお金がないのどっちが辛いのか?

本来なら、愛とお金は、比べるものではなく、どちらかというと
対極に位置するもので、本来なら両方必要なものだ。

本当は、片方でも欠ければ、幸せが成り立たないのですが・・


とはいえ、実際に生きていくと、そう感じなくなってしまう。

年を重ねれば重ねるほど、愛があれば何とかなると感じるよりも
お金があれば、何とかなると感じる方が断然多い気がします。

(個人の意見ですが・・)

それは、単なる人生の厳しさを身にして感じることもあれば、
生きていく中で、価値観が変わっていくこともあげられます。

ただ、一番の大きな違いは、お金は稼ぐものであり、
愛は与えるものだということです。

しかし、世の中が複雑になり、共通の価値観が薄れていくと、

お金は、親からもらっても同じお金ですし、稼がなくとも
もらってしまえば良いという価値観や愛も与えるのではなく、
誰かに依存したり、与えられたりすることを強く望んだりと、
いろいろな考え方をする人がいます。

そうなると、お金と愛を比べること自体が難しい。


結局、そんなことを気にせずに、生きている人が幸せなのでしょうね。


営業とは一体何なのか?

ビジネスにおいてお金にならないもの、事業として採算がとれないものは、
ビジネスではないと、この前、知り合いの人間が言っていました。

金を稼ぐために事業をやっているのだと・・・

彼曰く、事業を行ううえで一番大切なのは、稼ぐ力、営業力だといいます。
相手をクロージングする力、商品を売り込む力です。

本当にそうなのでしょうか。

確かに、それも一理あるのでしょうし、そういう考えをする人もいます。


ただ、私の数少ない経験から言っても、商品力のないものを売っている営業マンほど、
疲弊している人はいません。

自分が現時点において、良いと思っていないものを売り込むためには、無駄なパワーが必要です。
無駄なパワーは、本来必要としないものなので、精神や心に歪みが生まれます。

なぜなら、相手をだましたり、ごまかしたり、結局、良い事を言わざるおえないので、
嘘をついてしまうからです。

そして、そういうやり方で成功している人を、私は見た事がありません。

傍から見ると、うまくいっているように見えても、実際にはうまくいっていないのが
実情なのです。


営業は、本気でこれは良いものだと自分が信じていたり、相手が喜んでくれると本気で
思わなければ、成り立たないと思っています。


カッコつけている様ですが、ここはカッコつけなければいけない所だと思っています。


私は、営業において、相手に無理強いすることは、ありませんでした。

たまに、もう少し押しを強くした方が良いとアドバイスを受けたり、自分の営業スタイルを
否定されたりすることもありましたが、これまでそれを直すことは一度もありません。

なぜなら、自分の性格とかスタイルとか、そういうものではなく、それが当然だからです。
それ以外に理由はありません。

相手に喜んでいただけるものがあって、初めて営業が成立すると思っています。

相手が一歩間違えば、クレームになるような営業手法や、中身がないのにビジョンだけで
物を売り込むことは、それは営業力ではなく、何たる身勝手に他ならないと、今でも
そこだけは譲れないのです。

まぁ、個人で生きていくスタイルの人であれば、良いのかもしれませんが、結局人間は
一人では生きていけないので、形振り構わずモノを売っていると、最終的には自分の周りに
誰もいなくなったという人は、結構いるものです。

どんな仕事でも、営業もそうなのですが、仕事とは、自分の生き方を表しています。

世の中は不思議なもので、カッコ悪いと大抵の人が思うようなことをしてしまうと、
殆どの場合、失敗してしまうのです。
よく、経営者が100人いたら100通りの経営に対する考えがあると言われますが、
個人的には、細かいところは別として、目指している所は、ほとんど一緒ですし、
経営に対する考え方も概ね違いはないと思っています。

どんな経営者も、儲けること(お金を稼ぐこと)で、如何にして会社を存続させられるか
を常に考えているからです。

目指すところが一緒でも、経営に対する考え方が違って見えるのは、
能力も違えば、経験もちがう、資金も、社員の能力も、規模も違うわけで、
目指すところが同じとしても、それを達成するための手段が変わるのは、
当り前のことです。

やり方が変われば、考え方も違ったように見えます。

以前、コンサルもどきのことをしていたことがあります。


いろいろな社長にお会いさせていただきました。


こちらとしては、同じことを伝えていても、社長の能力によって、
伝え方も、接し方も、やり方もすべて変えなければいけません。

どんなに安い金額だとしても、同じ金額で、同じサービスを提供しても、
会社ごとの優越というか、順番が必ず付いてしまい、フォロー体制から、気合いの入り方、
下手すれば、面談回数まで変わってきます。

決して、同じようには出来ないのです。

以前、広告の話を書きましたが、同じような商品を扱っていたとして、
同じようなキャッチコピー、広告文を書いても、反応率は、変わります。

会社の知名度、HPの内容などで大きく変わるのです。

そして、その結果がどうなるのかなど、実際の話、誰にもわかりません。
経験と憶測だけで話しているだけです。

ただ、なぜそのような仕事が、なくならないのかというと、結局のところ、
成果が出なくとも、責任を取らないからです。

責任をいちいち取らされていては、コンサルも、広告代理店も仕事にならないでしょう。

確かに、飛躍的に成果が上がることも多くありますので、やることが問題ではありません。

最終的に何が言いたいのかというと、社長が100人がいた場合、確実に言えることは、
すべての事業の責任は社長だということです。

そこを分かっていないと、何をやっても失敗してしまうのです。