3月 11日 付 の 毎日新聞に、百貨店を 取り上げた 記事が載った。
そこでは 中京地方に展開する店舗を 例にとり、その数が 年々 減少していることを 述べている。
下記に その全文を 引用しますので、どうぞ ご一読ください。
ちなみに 記事は、 「 “ なるほドリ ” と いう読者が発する質問に、毎日の記者が 答える 」 と いう形式で 進んでいきます。
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「 百貨店 が 減っているの ? 」
―― 店舗数、99年 の 約半分に
空白県、今後も 増えるか ――
なるほドリ Q :百貨店の閉店 が 相次いでいる と 聞いたよ。
記者 A :1954年 に 開業した 名古屋駅直結 の 名鉄百貨店 本店 が 2月28日、閉店しました。
1月にも 堺市の 高島屋 堺店 が 61年 の 歴史に 幕を下ろしました。
日本百貨店協会 に よると、全国 の 店舗数は ピークだった 99年 の 311店舗から、162店舗 ( 19日時点 ) に 減少しています。
2024年 には 岐阜県 唯一 の 百貨店、岐阜 高島屋が 閉店し、百貨店が 1 店舗もない都道府県 は 4県 に なっています。
Q : どうして 閉店が 続いているの ?
A : 百貨店に詳しい 中部大の 末田智樹 教授 ( 地域経済史 )は 郊外型の 大型商業施設や インターネット通販の 影響を 指摘しています。
名鉄 百貨店 本店 の 売上高は 90年度に ピークの 1039億円 を 記録しましたが、その後は 減少。
25年 の 売上高は ピーク時の 半分以下の 413億円 に まで 落ち込みました。
Q : これから 百貨店は どうなるのかな。
A : 都市部や 大手の一部店舗は 好調ですが、訪日客 ( インバウンド ) 需要が 少なく 高齢化の進む地方や 少数店舗しか 持たない 中小百貨店には 厳しい時代が 続きそうです。
末田教授は 「行政や地元企業が何とか支えている状態の店舗もあり、空白県は今後も増える」と予測します。
Q : 地方の 百貨店は なくなってしまうの ?
A : 末田教授は、経営を続けられる店舗の条件として 「 アニメ催事など 若者向け戦略に 力を入れたり、街づくりの一環として 位置付けたりすることが 大事だ 」 と しています。
( 毎日新聞 社会部 中部グループ )
―― 記事の引用は 以上 ――
そういえば、筆者の周りから「 百貨店 」が 姿を消して 久しい。
そこは 本当に 華やかな場所であり、子供のころは 日曜日に、 姉や 妹と 一緒に 両親に 連れて行ってもらい、上階にある 大食堂で お子様ランチ や クリーム・ソーダ を 食べるのが 最高の贅沢 だった。
それが、いつの頃からか、( スーパー・マーケット や ファミレス などが 出来始めた せいか )、だんだんと 足が 遠のくように なってしまったのである。
今から 40年ほど前、筆者が 在住する町の 隣の市に、ロビンソン・デパート が オープンした。
それが 20年ほどで 撤退して 西部百貨店 に 替わり、今では それも 閉店してしまっている。
日常の買い物は、近隣のお店で 十分 用が足りるけど、仕事で着るスーツ や 革靴などは、やはり 百貨店で買うのが しっくり来たのである。
それが、 身の周りから 消えてしまったのは 本当に さびしい。
―― 最後に、 百貨店に関する 思い出話を ご披露して、この稿を 終えることにします。
筆者は ずっと東京で 、サラリーマン生活を 送ってきたのだが 、50歳を 過ぎたとき、大阪の支店に 転勤を 命じられたのです。
その事務所には 一度も 訪れたことはなく、「 梅田駅で 電車を降りたら 阪神百貨店を目指して 真っ直ぐに 地下街を進むと、その隣のビルにある 」 と 聞かされていました。
指示に従い、無事に到着すると、着任時の あいさつで こう 話したのです。
――「 事務所までは 阪神デパートを目印にしろ と 言われていたので、その通りに 来ました。」
すると、目の前にいた 女子社員が、こんな ツッコミ を 入れてきたのです ――
「 阪神デパート、ちゃう ! 阪神百貨店や ! 」
筆者は それを聞いて、「 そうか ! 大阪では “ デパート ” とは 言わないんだな 」 と、思わぬ豆知識を 得ることが できたのです(笑)
…… それから 阪神百貨店では、地下一階で 売っている 「 いか焼き 」 が 名物で、筆者も 勤めの帰りに、並んで買ったことを覚えています。
〔了〕
