昨日の 読売 ・ 毎日の朝刊では それぞれ、石川さゆり さん の 名曲を 取り上げていました。

 

まずは 「 読売歌壇 」 の 短歌に 詠まれた曲です。

 

石川さゆり は 冬

キャンディーズ は 春と

決めて かかれり 昭和の生まれ

前橋市 西村 晃

 

【 栗木 京子 選 ・ 評 】

 

石川さゆり の 「 津軽海峡 ・ 冬景色 」 と キャンディーズ の 「 春一番 」 は 昭和の 大ヒット曲。

季節の歌 の 定番と 言えよう。

 

「 決めて かかれり 」 の 思い込みの強さが 楽しい。

 

 

それから 毎日新聞の 「 仲畑流 万能川柳 」 に、こんな句が 掲載されました。

 

朗読を したら ビビった 「天城越え」

東京 新橋裏通り

 

「 読み上げたら 皆が ビビって しまった 詞 」 とは、このような ものです。

 

天城越え

 

歌 : 石川さゆり

作詞 : 吉岡治

作曲 : 弦哲也

 

隠しきれない 移り香が
いつしかあなたに 浸みついた
誰かに盗られる くらいなら
あなたを殺していいですか
寝乱れて 隠れ宿
九十九折り 浄蓮の滝
舞い上がり 揺れ堕ちる肩のむこうに
あなた … 山が燃える
何があっても もういいの       
くらくら燃える 火をくぐり
あなたと越えたい 天城越え

口を開けば 別れると
刺さったまんまの 割れ硝子
ふたりで居たって 寒いけど
嘘でも抱かれりゃ あたたかい
わさび沢 隠れ径
小夜時雨 寒天橋
恨んでも 恨んでも 躯うらはら
あなた … 山が燃える
戻れなくても もういいの
くらくら燃える 地を這って
あなたと越えたい 天城越え

走り水 迷い恋
風の群れ 天城隧道
恨んでも 恨んでも 躯うらはら
あなた … 山が燃える
戻れなくても もういいの
くらくら燃える 地を這って
あなたと越えたい 天城越え

 

 

それで この歌詞について ネットで 調べてみると、「 歌検索 Utaten 」 と いう サイトで、「 石川さゆり 『 天城越え 』 日本の名曲に描かれた 女の情念 … 強烈な歌詞の意味を考察 ! 」 と いう 記事を 見つけたのです。

これが また 詞の内容について、微に入り、細を うがった 名解説 !

 

思わず うなってしまったので、下記に その一部を 引用します。

 

( とても長い 文章ですよ(笑) 覚悟して お読み ください )

 

 

日本を代表する 名曲の 一つとして 挙げられる 石川さゆり の『 天城越え 』 ですが、愛憎 渦巻く 恋愛模様が 綴られた曲で あることを ご存じですか ?

 

旅の風景と 女性の心情が 織りなす 複雑な 歌詞の意味に 迫ります。

 

実は この楽曲は、北条政子を モデルに していると 言われて います。

親の決めた相手との 婚礼の最中に、自身の愛する 源頼朝の 元に走った 北条政子のような、一途な 女性像が 描かれているのです。

さっそく 歌詞の意味を 詳しく 考察して いきましょう。

 

隠しきれない 移り香が
いつしかあなたに 浸みついた
誰かに盗られる くらいなら
あなたを殺して いいですか


主人公の 女性には 「 あなた 」 と 呼ぶ 愛する男性がいます。

しかし 近頃、彼から、自分とは違う 誰かの 「 移り香 」 が 香ってくることに 気づいています。

香りが 移る と いうことは、それだけ 長い時間 密着している と いうことです。

主人公は、彼の浮気が 一度や 二度では なく、長い期間 行われていて、かなり 親密な様子で あることを 察しています。

しかし、心底 彼を 愛しているため、別れを 考えることは しません。

むしろ 「 誰かに 盗られる くらいなら あなたを 殺して いいですか 」 と、いっそ 彼を 殺して、誰の元にも 行けないように してしまいたい、と さえ 考えます。

『 天城越え 』 の 歌詞が 怖いと 言われるのは、こんな 強烈なフレーズが 出てくるからです。

ほかの女性のところへ 行ってしまう 彼への、恨みがましい気持ちと、もう 手放せないほどの愛情が 混ざり合い、複雑な 感情を抱いていることを 感じさせます。

 

寝乱れて 隠れ宿
九十九折り 浄蓮の滝
舞い上がり 揺れ落ちる 肩の向こうに
あなた…… 山が燃える


天城峠 への 旅行中、宿で 身体を重ねる 二人。

「 隠れ宿 」 と いうフレーズから、周囲に 公には できない関係であると 解釈できます。

つまり 主人公の方が 浮気相手であり、彼と 不倫関係にある と いうことです。

「 九十九折り 」 と 「 浄蓮の滝 」 は どちらも 天城峠にある 名所なので、主人公が 恋人と 二人で見た 旅の景色を、印象深く 心に留めている様子と 捉えられるでしょう。

また 「 九十九折り 」 の 曲がり くねった道 と 「 浄蓮の滝 」 の 水が 激しく 滝壺に落ちていく さまを、先の見えない 自身の 不倫関係と 重ねているのかも しれません。

夢中で 快楽に溺れる 彼の、肩越しに見た 窓の向こうには、紅葉で真っ赤に 色づく 天城峠の山が 見えます。

その景色には、燃え上がる 自分たちの ひと時を 重ね、言いようのない気持ちが 胸に こみ上げてきます。

 

何があっても もう いいの
くらくら燃える 火を くぐり
あなたと 越えたい 天城越え


そんな 切なくも、熱い時間を過ごし、主人公は 「 何が あっても もういいの 」 と、この関係を 受け入れることを 決めたようです。

「 くらくら 燃える火 」 は 紅葉の景色を くぐり、天城峠を 越えるように、困難ばかりが 待ち受ける人生を 進む 覚悟を感じさせます。

真っ当さ や 安らぎ とは 無縁でも いいから、彼と 二人で 生きていきたい という、想いの 表れでしょう。

たとえ 行き着く先が 死であろうと、自分の人生の 峠を 「 あなたと 越えたい 」 のです。

 

口を開けば 別れると
刺さったまんまの 割れ硝子
ふたりで居たって 寒いけど
嘘でも抱かれりゃ あたたかい


彼は、口では 妻と 「 別れる 」と 繰り返しながらも、実行に移す 素振りが 見られません。

続く 「 刺さった まんまの 割れ硝子 」 と いう言葉は、彼女の心情を示す 比喩表現と 考えられます。

おそらく、彼の 不誠実な 振る舞いが、割れた 硝子の 破片のように、鋭く、心に 突き刺さっているのでしょう。

しかし、彼は そのことに 気づいていないか、気づかないふりを していて、そのせいで 彼女を傷つける原因は 取り除かれないまま、脆い心を 傷つけ 続けています。

「 ふたりで 居たって 寒い 」 と いう言葉から、彼と 一緒の 時間を 過ごしていても、本気で 愛されていないために、寂しさが 募っていることが 伝わって きますね。

それでも 「 嘘でも 抱かれりゃ あたたかい 」 と、身体を 重ねることで 肌の温もりを 感じ、孤独感を 紛らわそうと しているようです。

それが 、いかに 虚しいことか にも 気づいていますが、束の間の幸せを 手放すことが できないでいます。

わさび沢 隠れ径
小夜時雨 寒天橋


清らかな水の 流れる、静かな 「 わさび沢 」の 「 隠れ径 」 で 寄り添った時間は、きっと ごく普通の 恋人同士のような、穏やかな時間だった ことでしょう。

「 小夜時雨 」 は、冬の夜に 短い時間だけ降る 雨のことです。

その 幻想的な情景に浮かぶ 「 寒天橋 」 は、彼女の目に どのように 映ったのでしょうか ?

走り水 迷い恋
風の群れ 天城隧道
恨んでも 恨んでも 躯うらはら
あなた…… 山が燃える


「 走り水 」 は、田んぼに 水を引く際の 風景を 表し、「 天城隧道 」 は、天城トンネルを 指す 言葉です。

このように、天城峠の風景を、歌詞に いくつも 取り入れることで、幸せな旅と、心の中の 複雑な想いが 対比されて、より 、この恋の 切なさが 際立っているように 思えます。

「 迷い恋 」 と いうフレーズから、主人公が、この恋を 続けていて いいのか と、悩んでいる様子も 見えてきますね。

しかし、彼のことを どんなに恨んでも、身体を 重ねれば 悦びに浸ってしまう 自分の裏腹な気持ちに 苦しんでいます。

 

戻れなくても もう いいの
くらくら燃える 地を 這って
あなたと越えたい 天城越え


最後には 元の生活に 「 戻れなくても もう いいの 」 と、破滅への道を 進む 決意が 示されています。

その人生は きっと 「 くらくら燃える 地を 這って 」 進むように、世間的に 険しく、惨めな人生に なるでしょう。

それでも、愛する人と共に 生きられるなら それでいいという、強く 深い想いが 、心に刺さります。

 

石川さゆりの 『 天城越え 』 の 歌詞には、不倫関係にある男性への 情念に駆られる、女性の心情が 描かれていました。

相手が 最低な男だと 分かっていながらも、手放せない 様子に、幸せなだけ ではない、愛の、恐ろしく 切ない 側面が 垣間 見えます。

強烈で ありながら、繊細な美しさも 表現する 昭和の名曲の 素晴らしさを、改めて 感じてください。

 

 

なるほど。

 

このような 見事な解説を 読んで 思ったのは、先ほどの 川柳作者が 言うように 「 この詞を 人前で 朗読したら、みんな ビビッて しまうよなあ 」(笑)

 

〔 了 〕