このところ めっきり、音楽を聴くことが なくなった。

 

ひと頃前は、よく モダンジャズを 聴いていたのだが、最近、その音が 騒々しく 感じるようになってしまった。

 

特に 管楽器の音量が、やたら 大きく 聞こえてしまうのだ。

 

「 もう、このような 元気な音楽は 聴けないな 」 ―― 心の中で そう 思うようになり、ステレオ セットの スイッチを 入れることも なくなって しまったのである。

 

 

ところで 最近、中山康樹さんの書いた 「 ジャズの名盤 入門 」と いう本を 読み返したのだ。

 

 

その中に、ビル・エヴァンス・トリオが 録音した 「 ワルツ・フォー・デビー 」 という アルバムの 解説が 載っていた。

 

ビル・エヴァンス の CD なら 10枚ほど 持っている。

 

彼の弾く ピアノの音色は とても優しく、「 これなら ゆっくりと聴けるかもしれない 」 と 思った。

 

ここでは、その解説の一部を ご紹介する。

 

まずは 日本で、彼のアルバムの評価が高いことを 述べている。

 

 

 

 危ういバランスの上に 成立した 「 リリカルで 繊細」 な ライヴ盤

 

 

「 かなり 昔のことになるが、日本で いちばん売れた ジャズのレコード 上位10枚を 調査しよう と いう話が 持ち上がったことがある。

 

とはいえ レコード会社には 信頼に足る 過去の資料がなく、数字的裏付けのない 調査結果に終わったが、そのとき 予測上の 一位に なったのが ビル・エヴァンス の 『 ワルツ・フォー・デビー 』 だった 」。

 

 

「 『 日本人は ジャズ・ピアノが 好き 』 と いう 嗜好を反映しているのだろう、『 とりあえず なにか 一枚 』 として 『 ワルツ・フォー・デビー 』 を 手にとる人が 圧倒的多数を 占めると 考えられる 」。

 

「 1961年 6月 25日、ビル・エヴァンス・トリオ は ニューヨークの 『 ヴィレッジ・ヴァンガード 』 で ライヴ・レコーディングを 行い、それは 『 ワルツ・フォー・デビー 』 と 『 サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード 』 と いう 2枚のアルバムとして 発売された。

 

いずれも 『 超 』 の つく 名盤だが、『 サンディ 』 と 『 デビー 』 の セールスは、一説によれば 雲泥の差とか。

 

同じ日の録音、その内容に 遜色はない。

にもかかわらず 『 デビー 』 が 圧倒的に 支持されているのは、そのジャケットと 『 ワルツ・フォー・デビー 』 と いう 人気曲が 入っているからに 他ならない。

 

特に このアルバムの “ ジャケット人気 ” は、ソニー・クラークの 『 クール・ストラッティン 』 と 双璧を成し、

 

 

なにしろ “ ちあき なおみ ” まで パロッて いるほど。

( 『 あまぐも 』 )

 

 

―― 引用 終わり ――

 

さて、ここまでは 『 ワルツ・フォー・デビー 』 の 人気の秘密について 触れてきた。

 

次に、このアルバムに収められた 各曲の解説を 見ることにする。

 

引用するのは やはり、中山氏の著作、『 エヴァンスを聴け ! 』。

 

 

この本では、エヴァンスが サイドメンとして 参加したものも含めて、全 179曲の 解説が なされている。

 

この中から、「 Waltz For Debby 」 に ついて書かれた全文を 引用する。

 

 

 11日後、スコット・ラファロ、他界。 そして このアルバムが 残る

 

ピアノ と 言う楽器は 巨象が乗っても 壊れないそうだが、エヴァンスは 指先が 鍵盤に触れるだけで壊れる と でも 思っているかのように 第一音を 弾く。

 

正確には 「 ト、トン 」 の 二音、そして 「 マイ・フーリッシュ・ハート 」 が、咳払いや グラスがカチカチと 触れ合う俗界へと 静かに 溶けていく。

 

エヴァンス の 指先から フォーキーな メロディーが 流れる瞬間、キース・ジャレット が よぎる。

 

「 ワルツ・フォー・デビー 」 の テーマ・メロディーは、口ずさむ だけで どこかに 消えて なくなりそうだが、エヴァンスは 誰も耳を傾けていない 喧騒に満ちた ジャズ・クラブの 狭いステージの上で、この メロディーを 世界一 美しい音で 弾く。

 

スコット・ラファロ が 寄り添うように その “ デビーの 後ろ姿 ” を 追いかけ、グラスが カチャ カチャ。

 

エヴァンス と ラファロ が しだいに テンポを上げ、やがて ポール・モチアンが ブラシで 「 スタタタタン 」 と 切り込み、後は もう 鍵盤の上を 行ったり来たり 止まったり、しかし そこで 男性客の 「 ワハハハ 」。

 

次の クライマックスは 「 マイ・ロマンス 」 からの後半に やってくる。

 

トリオは、聴いていない客が 多ければ 多いほど 演奏に集中し、誰に 言われるまでもなく 燃えるという 特性を発揮。

 

すべてを 置き去りに 音楽の中心に向かって 突き進んでいく。

 

「 マイ・ロマンス 」 は 曲そのものが チャーミングだが、エヴァンスに弾かれて本望と 喜んでいるように聞こえる。

 

そして 「 サム・アザー・タイム 」。

 

モチアンが シンバルを 「 チチチチ チチチチ、シャーン 」、女性客が 「 なんとか かんとかで ハハハ 」、モチアンが また 「 チチチチ、シャーン 」、女性客が また 「 どうの こうので ハハハ 」 と 忙しいが、こんな状況下から 世紀の名演が 生まれた。

 

そのことに 感動する。

 

最後の 「 マイルストーン 」 も すごい。

 

エヴァンスが 「 タッ タッ タッ タ、タッ タッ タッ タ 」、ラファロが 「 ボーン 」、モチアンが 「 チャーン 」 と、ここまで やってもらえれば 作者 マイルス・デイヴィスも 満足だろう。

 

エヴァンスが 飛ばし、切り、つなぎ、再度 「 タッ タッ タッタ 」。

 

ラファロが ジャコ・パストリアス 5人分の ソロで 縦横に 駆け巡る。

 

モチアンが スティックで しなやかにして 強靭な ビートを刻み、叩き、ドラムスが 気づくよりも早く さらに刻み、叩く。

 

スコット・ラファロ。

 

このライヴから 11日後の 7月 6日、自動車事故で 他界する。

 

享年 25。

 

ラファロが 激突した大木は、いまも そのまま 残っているという。

 

〔 了 〕