5月14日付け 毎日新聞に 掲載された 「 女の気持ち 」 の ご紹介です。

 

 

また 来てね

 

東京都足立区 ・ 杉山恵子 ( 調理員・50歳 )

 

夫の 納骨が 済んで  1 カ月が たった。

 

しばらくは、どうしようもない 悲しさと 何を していても 心が ついてこない空虚感で、押しつぶされそうだった。

 

こんな感覚は 自分でも 初めてで、「 本当に いなくなって しまったんだ 」 と いう 深いところからの 悲しさが 抑えきれなかった。

 

 「 大丈夫ですよ。 いつも じゃないけど ね、ときどき ご主人、近くに 来るから 」 と、ある人が 言った。

 

意味が 分からないまま 過ごしていたが、不思議な ことが いくつか 起きている。

 

出勤時、満員電車に 乗っていると 突然、プーン と お線香のような 香りがした。

 

香水の匂いか と 思ったが、近くに 女性は いない。

 

あれ? さっきまでは 匂わなかったのに。

 

 また 別の日、ふと 夫 の ことを 思い出した。

 

何だろうと 思って カレンダーを 見ると、その日は とうに 亡くなった 義父の 誕生日だった。

 

「 小さくて いいからさ、まんじゅう でも 買ってきてよ 」 と 言っていた 夫の 言葉を 思い出した。

 

 そう、いつもは いない。 けれど、ときどき 近くに 来る。

 

これ なのかな。

 

 夫の墓は 満開の桜が 見える場所に 決めた。

 

「 花見に 行こう 」 と 毎年 言っていたから。

 

今年は あっ と いう 間に 散ってしまったけれど、道を 歩いていると 目の前に ひらひらと 花びらが 2枚 舞ってきた。

 

 桜 ? ああ、来てくれたのね――。

 

そう 思うことにして 今、少しずつ 歩き 始めている。

 

〔 了 〕