もの申すブログ -99ページ目

今日のひと言

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今日のひと言

とは言っても、ポジティブシンキングというヤツが嫌いだ。

無理に持ち上げたものは、必ずおろさざるを得ないから。

自然体で行きましょう。


今日のひと言

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この時間にぴったりでしょう?w

私の最寄り駅は近隣駅と結構離れていて、終電で隣まで乗り過ごすと2000円、もうひと駅行くと3000円のタクシー代がかかってしまう。

こういうのが一番もったいない。余裕で、もう一回飲みに行けるではないか。

お互いご用心!


シンクロニシティ

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シンクロニシティ

日曜日の夜、変な夢を見た。

取引先に折り返し電話をする約束を忘れ、相手を何時間も待たせたトラブルだった。取引先は集団で私の会社へ乗り込み、猛クレームをつける。私は土下座して詫びた。

現実にそんなことは全く起きていない。電話かけ忘れ、会社への乗り込み、土下座等々。

目が覚めてポカンとした。そもそも、私は営業現場を離れて何年にもなる。見た夢と現実の業務がかけ離れているのだ。

ところが。

あったんですね。実は日曜日、仕事でイベントがあり、私は在宅でその結果を見守らなければならない立場にあった。トラブルがあれば、現場担当者から電話で指示を仰がれるのである。

しかも、現実にトラブルは発生していた。現場担当は私の業務用携帯に電話したが、つながらなかった。なぜなら、私はイベントのことなど忘れ果て、携帯の電源を切って遊び呆けていたからである。

幸い、私のサブが代わりに電話を受けてくれたおかげで事なきを得た。電話が上司にまわっていたら、かなり面倒くさいことになっていただろう。

あの夢は、私が仕事でやらかしたことを暗示していたようだ。私の無意識はなぜ、それがわかったか?いわゆる集合的無意識というやつなのだろうか?

今回100%私が悪いのだが、次に見る夢にはぜひ頼みたい。

事後夢じゃなくて、予知夢でお願いしたいと。余計な演出いらないし。

できれば、もう少しわかりやすく。


謎の佐川急便

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謎の佐川急便

今朝、ドアのチャイムが鳴った。インターホンから、年配の男性の声。

「佐川急便です」

「はい、行きます!」

私はそう返事して、印鑑をつかむと玄関へ向かった。

ところが、ドアを開けると誰もいない。呆然とたたずむ私。

今のは空耳だったのか?いや、それにしてはリアル過ぎ。

1分ほどドアを開けたまま固まっていると、佐川の運転手さんが走って戻ってきた。

何でも、ドアチャイムを鳴らし佐川急便と名乗った直後に、荷物を間違えて持ってきたことに気づいたそうな。

ああ、びっくりした。新しいタイプのピンポンダッシュかと思ったぜ。

それも犯人が老人という。


今日のひと言

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これは、掃除せざるを得ないな。


忘年会

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忘年会

トナカイおじさん絶好調。

私が持ってきたかぶり物を彼は脱ごうとしませんでした。


今日のひと言

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めっちゃ素直に見えるのになあ。


今日のひと言

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私も九州の人間で、もつ鍋は好物だ。

東京の麻布十番と銀座に博多ほたるという安くて美味い名店がある。

調子に乗って週2回、そこでもつ鍋を食べたら2回目に気持ち悪くなった。こってり味がズーンと内臓にのしかかったのだ。

もつ鍋は、適度なインターバルを置いて食べることをお勧めしたい。


願いが叶う山

ひとりっ子の翔太は、いつもお父さんから勉強しろ、勉強しろと言われてきた。

学校から帰ると毎日のように学習塾に行かされた。塾のない土日も習いごとに通った。 翔太に友達と遊ぶひまは、ほとんどなかった。それに中学は公立ではなく、私立を受験することになっていた。本当は学校の友だちと同じ公立中学へ行きたかったのだが、お父さんがだめだと言うのだ。

そんな翔太の楽しみは、洋介おじさんが遊びに来ることだった。おじさんは、歳がはなれたお父さんのお兄さんだ。子供がいないので、いつも翔太を自分の子供のようにかわいがってくれた。

海や山、そして映画につれて行ってくれたし、お父さんが絶対ゆるしてくれない漫画やおもちゃをこっそり買ってくれたりもした。

「兄さん、翔太をあまり甘やかしては困りますよ」
そうお父さんが文句を言うと、洋介おじさんは、いつもこう答えた。
「おまえこそ、翔太を勉強ばかりさせて、もやしっ子にしてしまう気かい?いいじゃないか、ぼくが来た時ぐらい。そうだよな、翔太」

翔太がにっこり笑ってうなずくと、洋介おじさんはウインクしてくれた。すると、お父さんはいっそう苦い顔になるのだった。

そんなある日。お父さんが突然亡くなった。会社で倒れて、そのまま病院に運ばれて息を引き取ってしまったのだ。勉強しろとうるさかったけど、大好きなお父さんだった。翔太はお母さんと泣いて泣いて泣きまくった。

お父さんのお葬式が終わってしばらくして、洋介おじさんが家にやってきた。お母さんがいない時、おじさんはそっと翔太を呼んで言った。

「翔太、おまえ、大人になりたいか?」
おじさん、何を言い出すのだと思ったが、翔太はうなずいた。早く大きくなって、お母さんを助けるんだ。

「じゃあ、おまえを願いがかなう山に連れて行ってやろう」
おじさんの話によると、石に願いごとを書いて山の頂上まで持って行くと、必ずその願いがかなうというのだ。

もちろん、お父さんが生き返るとか、空を飛ぶなんていうのは無理だ。でも、現実にできることなら何でもかなうそうだ。

すぐに信じられなかったが、おじさんはまじめだった。その山に登ることは大人になるための近道だというのだ。

翔太はおじさんに言われた、自分のこぶしより大きな石をたくさん集めてきて、それに願いごとを書いた。そして、リュックへぱんぱんに詰め込んだ。

それをかついで山に行こうとすると、おじさんがもうひとつの石が詰まったリュックを翔太に差し出して言った。
「翔太、これはおまえのお父さんの願いが詰まったリュックだ。これも持って行きなさい」

お父さんも昔、山に登ろうとしたけど、途中であきらめたそうだ。そして、願いがかなう山には、親が持ち帰った願いの石を子供が持って登る決まりがあった。

翔太の荷物は二倍の重さになったが、何とか持てない量ではなかった。

次の日曜日。翔太はおじさんと願いがかなう山へ出発した。お母さんには本当のことを言わず、ただ洋介おじさんと山登りしてきますとだけ言った。このことを秘密にしておくのは、おじさんと翔太の男と男の約束だった。

山へ着くと、わりと近くに頂上が見えた。翔太は、なんだ楽勝だと思って鼻歌を歌いながら登り始めた。

だけど、いくら登っても、頂上へたどりつかない。だんだん翔太は疲れてきて、先を行く洋介おじさんにちょっと待ってと言った。

おじさんは振り向くと、翔太に言った。
「荷物が重いなら石を捨てなさい。まず、お父さんの石からちょっとずつ捨てるんだ」

翔太はお父さんのリュックの中身を見て、捨てる石を選んだ。
『一流の大学に一番の成績で入学できますように』

入りたい学校なら、別に一流の学校じゃなくてもいい。それに、入る時の成績なんてどうでもいいじゃないか。

しばらく進むと、また石を捨てたくなった。『大きな会社の社長になれますように』

翔太は思った。ぼくも将来どこかの会社に入るんだろうけど、はじめから社長になるとわかっていたら面白くない。

さらに進んで、もうひとつ。
『とびっきり美人の奥さんをもらえますように』

何だよ、これは。お母さんに失礼だろう。 どんどんお父さんの石を捨てて行くと、ついにそっちのリュックは空になってしまった。 翔太は思った。ごめん、お父さん。お父さんが残した願いはかなわなくなっちゃったよ。

洋介おじさんが言った。
「今度は自分のリュックから石を捨てるんだ」 翔太は迷いながら石を選んだ。やはり自分の願いは捨てにくい。

『ものすごい大金持ちになって、ぜいたくできますように』
これはいらないな。ちゃんとご飯が食べられて、本当に必要な物が買えれば十分だ。今のうちと同じように。

翔太はしばらく考えて次の石を選んだ。
『プロ野球選手になれますように』

野球は大好きだけど、ぼくの実力じゃ無理だ。学校のチームでも補欠だもんな。それに中学へ行って野球部に入る気ないし。そんなぼくが、ズルしてプロ選手になるなんてひきょうだ。

その次の石は、絶対洋介おじさんに見られたくなかった。
『クラスの女の子たち全員からモテますように』

好きになってくれるのは一人でいいや。どうせ、一人としか結婚できないんだから。

どんどん石を捨てて行くと、翔太のリュックもほとんど空になってしまった。

翔太ははっと気がついた。まずい。洋介おじさんにきいてみる。
「おじさん、お父さんみたいにぼくの子供に残す願いごとはなくてもいいの?」

おじさんは振り返って言った。
「自分の願いが全部かなうんだったら、それでいいじゃないか。なぜ子供に残さないといけないんだい?」
それもそうだと翔太は思った。いつかできるぼくの子供、自分の願いは自分で考えろ。

ようやく頂上に着いた時、翔太のリュックには石がひとつしか残っていなかった。それには、こう書いてあった。

『家族や友だちが、いつも笑顔で幸せに暮らせますように』
翔太は洋介おじさんに言った。

「おじさん、本当に必要じゃない願いは、全部捨ててきちゃったよ」

おじさんはにっこりと笑って答えた。
「そうだよ、翔太。大人になるって、そういうことだ」




吾輩は猫である

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吾輩は猫である

子供の頃にダイジェスト版しか読んでいなかったので、この歳であらためて原本を購入。じっくり読んでみる。今、100ページを越えたところ。

漱石の「それから」や「門」などは愛読していて、「漱石は今読んでも面白い」が私の持論である。

そんな私があえて言いたい。

「吾輩は猫である」って、面白い?

読めば読むほど、思いっきりスベっているような気がするのだが。苦手な人が無理やりユーモアをひねり出している感じがして、何だか痛々しい。

さらに15年飼った経験から申し上げると、著者は猫のことをわかっていないし、猫好きとも思えない。

もちろん、これは私の個人的な感想であり、著者の他作品の価値をいささかも貶めるものではないので、念のため。

何、最後まで読んでから語れって?

わかりました。がんばります。

そう。がんばらないと、最後まで読み通す自信がないのです。