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最期に言いたいだと?

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最期に言いたいだと?

Facebookなんかで、この手の言葉に友人がいいね!を押したりしていませんか?

「あなたが虚しく過ごした今日という日は、昨日死んでいった人々が、あれほど生きたいと願った明日なのです」

コメントには感動した、反省した、今日から頑張るなどの言葉があふれています。

いやいやいや、おかしいでしょう。私だって明日死ぬとわかっていたら、今日めちゃくちゃ頑張りますよ。

逆に、その昨日亡くなった人たちだって、死期がわからなければ、のんびり暮らす日もたくさんあったはずです。毎日気合いを入れて暮らすなんて無理ですから。

死期を知らない人と知っている人を同列に論ずるのは無理ですよ。

あと、こんなのもよくあるじゃないですか。
「死ぬ時に後悔する10のこと」

もっと行動していればとか、恋をしたかったとか死ぬ前の奴がグダグダ書いているわけです。

うるさい、黙って死ねと。死に際にそんなこと言っているような人だから、後悔する人生送るんですよ。この世に未練残して、地縛霊になっても知りませんからね。

起こったことをすべて受け入れて、気持ちよくあの世に帰ればいいんです。

人は皆、必ず死にます。ただ、順番が違うだけじゃないですか。

今、できることをやれば、十分だと思いますけどね。


今日のひと言

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今日のひと言

元気よく挨拶すると、一日の始まりがビシッと締まるもんね。

おはようございます!


めざせ、即身仏?

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めざせ、即身仏?

即身仏って知っていますか?行者が長い時間をかけてちょっとずつ食事を減らし、生きながらミイラになっていくやつです。東北には写真みたいな形で結構残っているみたいです。

いや、私は週末の人間ドックに向けてダイエットしているだけの話なんですけどね、ちょっと大げさに書いてみました。

なぜ人間ドックに向けて痩せるかって?そりゃあ、あなた。一年に一度、自分の体重が公式記録に残るんですよ。去年より太っていたら恥ずかしいじゃないですか。

逆に言うと、それだけなんですけどね。私は別にメタボってほど太っているわけではありません。

まあ、毎年この時期に人間ドックを受けるのですが、ちょうど正月太りから立ち直る時期でもあります。つまり、ダイエットは毎年恒例のイベントですよ。

具体的にどうやって痩せているか。可能な限り晩飯を軽くします。もう、これに尽きます。今は追い込みなので、夜はせんべえ1枚とヨーグルトぐらいしか食べません。もちろん、人と会食する時は別ですよ。

その代わり、朝と昼は普通に食べます。小腹がすいたら、お菓子も時々食べています。

今のところ、2週間で3キロぐらい落としました。ダイエットも勢いがつくと、がっと
落ちるので、週末までにさらに2キロ近くはやれるでしょう。

今の楽しみは、人間ドックを終えてから、ちょっと不摂生することです。あれ食べようとか、あそこに飲みに行こうとか。また、体重増えたら戻せばいいんです。

ダイエットで減量にチャレンジするのも、仲間と美味しいものを食べるのも、人生の楽しみには変わりないと思いますよ。


今日のひと言

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こたつは、しばらく入ってないなあ。ホットカーペットが、その代わりなんだよね。

個人的には寝転がれて、掃除が簡単なカーペットの方が好きだな。

みかんは大賛成。頑張って、いいやつを買うようにしています。亡くなった母が米とみかんだけは安いのを買ってはいけないと言っておりました。


趣味と仕事



昨日、友人の奥さんを含む数名で会食をしていた時のこと。彼女はバリバリのキャリアウーマンだ。

私がももクロにはまっていることや占いを勉強していたことを話すと、「余裕ね。仕事がそんなに忙しくないみたいね」と笑顔でのたまった。

そのコメントに強い違和感を感じた次第。

彼女に悪気はない。それにしても失礼な物の言い方だが、いいの、彼女は昔から変な人だから。

もともと趣味という言葉がざっくりし過ぎているのであって、彼女にとって、それは「仕事がない間の時間つぶし」なのであろう。私にとっては「可能な限り最優先で時間と金をさく」トッププライオリティーである。まさに人生の楽しみそのもの。

私はももクロや占い以外にも映画を見たり、本を読んだりしているわけだが、仮に今よりずっと仕事が忙しいとしても、これらのものに全く触れないことはありえない。その分、睡眠時間や休日にぼうっとしている時間を減らすだけの話である。食事や睡眠同様、日常生活からなくなることはない。

よく「私には趣味がない。だから何か作ろうと思っている」なんて言う人がいるが、アホかと。趣味なんか、頭で考えて始めるものではない。気がついたら、いつの間にか夢中になっているものである。そう、恋と同じ。

この感覚を知らずに死んでいく人は気の毒だと思うが、仕方ない。そういう遺伝子を持って、そんな両親に育てられたのだろうから。

もちろん、仕事が楽しくて仕方なければ、別に他の生きがいなど見つける必要はない。だが、往々にして、「仕事が忙しいアピール」の人は、その忙しさに対して文句たらたらなのである。この友人の奥さんのように。趣味に使う時間がないとか、のたまうわけですよ。

時間はもらうものではない。自分で作るものだ。作れないとしたら、そこまで夢中になれるものへまだ出会えてないだけのこと。

残念でした。

今日のひと言

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昨日のライブ、月刊TAKAHASHI最高だったよ。映画館だったけど、楽しさが十二分に伝わりました。

毎月こんなのが見られるなんて、ほんと幸せ。生まれてきてよかった!


追悼・平井和正さん




SF作家、平井和正氏が亡くなった。享年76歳。まだ若いのに。

狼男、ウルフガイシリーズは少年が主人公の「狼の紋章」、「狼の怨歌」だけは読んで、非常に面白かった記憶がある。主人公が大人のやつも結構な数でていたと思うが、そちらは未読。

幻魔大戦は数冊で挫折。全巻読破した妹に言わせると、最後は宗教(後述)の世界そのもので、わけがわからなくなっていたそうだ。

SFという、世の中のあらゆる価値を相対化できるジャンルにいながら、善と悪の二元論にはまってしまわれたのは、誠に残念だった。ありあまる才能の浪費としか考えられない。

オウム真理教、幸福の科学、パナウェーブ研究所(あざらしのタマちゃん騒ぎで有名になった)...これらの宗教団体の共通点は教祖が一時、GLAという教団に身を置いた(パナウェーブは違うという説もあるが、大きな影響を受けていることは間違いない)ことである。

このGLAは高橋信次という人が創立したのだが、49歳で亡くなり、娘の佳子さんが教祖を継いだ。確か20歳!だったと思う。この佳子さんが真・創世記というベストセラーを出したのだが、これのゴーストライターが平井和正氏であったことは平井氏本人も認めていることだ。ただ、その詳細ないきさつについてはついに公にならぬままこの世を去ってしまわれた。

この世界観(天使と悪魔の対決、選ばれた戦士が戦う、輪廻転生...)は、先ほど名前を挙げた宗教団体に甚大な影響を与えた。つまり、間接的に平井氏の功罪と言うか、はっきり言って罪の方が大きいと思う。オウムだけを例にとっても、それは十分言えることだ。

私がなぜこんなにGLAに詳しいかと言うと、親が入っていたからである(笑)。子供ながら、私も講演会などのイベントに顔を出した。しかし、佳子さんの代になってから、そのぶっ飛び路線について行けず、脱会してしまった。まあ、高橋信次さんも相当とんでもなかったけどね。

宗教以外の話をすると、高橋留美子の「めぞん一刻」に平井氏がはまり、ブックレットに原稿用紙200数十枚だったかの熱い文章(ファンレター)を寄稿したことを覚えている。同じくファンであった私から見ても、その文はとても共感できるものであった。

ところが、あるエピソードを境に平井氏は激高し、めぞん一刻から離れてしまう。それは、主人公の五代がソープランドで「初体験」したことが気に入らんというのだ。清らかなめぞんの世界に汚らしい商売女を持ち込んで...と文句タラタラの文章が雑誌に載った。こちらの文は大人げないなというのが、私の感想であった。

これは男によって考え方は違うのだろうが、私の感覚では風俗へ行くことと、響子さん(ヒロイン)への純愛は全然矛盾なんかしない。「技術面」をプロで学んでいるだけのことである。響子さんの背景(これから漫画を読む人のために秘す)を考えても、初めて結ばれる時に五代が童貞なのはちょっと...と思うけど。まあ、こういう話はこのへんで。

そうそう、オカルトのことで思い出した。平井和正さん、「自分が狼男だ」と名乗る男が現れ、それを信じて雑誌で対談とかやっているのね。それで、平井氏はヤバイ人だという認識が広まり、社会の第一線から事実上消されてしまっていた。ついに自分の創作と現実社会の境界線が崩壊してしまったのだ。

よくも悪くも一時代を作った方であることは、間違いない。あなたの後始末、残された我々が(できる範囲で)がんばります。

ご冥福をお祈りします。おつかれさまでした。

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ももか、キミは予言者か?

年末のインフルからの復活ライブ、楽しみにしているぜ。

ライブビューイング(映画館で中継を見る)しか、取れなかったけどな。


黒板は必要か?




友人から教えてもらったTwitterの意見。

渡邊芳之 @ynabe39 · 7時間 7時間前

 ホワイトボードというのは授業では使いにくいです。ローテクな黒板とチョークが現場に根強く残っているのにはちゃんと理由がある。

「インクが切れて使えないマーカー」がそのままホワイトボードの前に残っているのが最も頭にくる。それも実際に書いてみるまでわからない。チョークなら使えるものと使えないものは視認が容易。


(ここまで)


いや、いや、いや。この程度の理由で黒板なんて意味ないローテクに戻らないで欲しいですよ。手や服が汚れるし、掃除が面倒だしで、この世から消えて構わない代物であります。明治村と国立博物館に1台ずつ保存しておけば十分でしょう。そこはマーカーの性能上げるか運用を工夫して欲しいですよ。

(1)性能

これはメーカーに期待するしかないのだけれど、たくさん書けるマーカーとか、インクの残量をが目視でわかるやつなんかできそうじゃありませんか。黒板廃止して、日本中でホワイトボード使うようになったら、メーカーも血眼で開発しますって。

(2)個人レベルで可能な工夫

その場に置いてあるホワイトボード用のマーカーが使えなくて、イラッとした経験は誰でもあるでしょう。

まず書けないマーカーはその場に戻さない。すぐにゴミ箱に放り込む。それはルールとして徹底すべきです。私が昔いた会社では、うるさく言われました。書けないマーカーはないのと同じというか、誰かをいらだたせるだけ、ないよりたちが悪いです。

教師、講師など、一日中授業をやる人たちは「マイマーカー」を持ち歩くべし。黒、赤、青の3本を「使いかけ」と「新品」のセットで常に携帯するのです。新品を使い出して「使いかけ」になったら、また新品を補充しておく。こうすれば、授業の途中でマーカーが切れておたおたすることはありません。

商売道具なんだから、このぐらいのことはやるべきでしょう。大工が金槌やのこぎりを持ち歩くのと一緒ですから。


というわけで、思考停止で黒板に戻ること、断固反対。

今日のひと言

今日のひと言

モノノフ(ももクロのファン)ぐらいでしょう。

「この時代に生まれてよかった!」って、何度も口にするのは。