昨日は酔っぱらった
昨日は、酔っぱらった
気がつくと、いつの間にか途中駅で降りた私は、ホームで立ったまま眠っていた。まだ終電がある時間でよかった。
家に帰る時も歩きながら寝てしまい、何度も電柱に激突しそうになった。よく車に轢かれなかったものだ。
朝、目覚めると布団にカバーを掛けてうつ伏せに倒れていた。一応、寝巻きに着替えていたが、全く記憶がない。
コンタクトレンズは、絶対に消毒液ではない液体を満タンに入れたケースへ漬けていた。中和剤は入っていない。これは消毒をやり直さないと、怖くて装着できない。
久しぶりに体調不良(二日酔い)を言い訳に会社を午前半休した。
夕方になった今、ようやく体の調子が戻ってきたところだ。
と言うわけで、本日も飲み会に行ってきます。
\(^o^)/
気がつくと、いつの間にか途中駅で降りた私は、ホームで立ったまま眠っていた。まだ終電がある時間でよかった。
家に帰る時も歩きながら寝てしまい、何度も電柱に激突しそうになった。よく車に轢かれなかったものだ。
朝、目覚めると布団にカバーを掛けてうつ伏せに倒れていた。一応、寝巻きに着替えていたが、全く記憶がない。
コンタクトレンズは、絶対に消毒液ではない液体を満タンに入れたケースへ漬けていた。中和剤は入っていない。これは消毒をやり直さないと、怖くて装着できない。
久しぶりに体調不良(二日酔い)を言い訳に会社を午前半休した。
夕方になった今、ようやく体の調子が戻ってきたところだ。
と言うわけで、本日も飲み会に行ってきます。
\(^o^)/
東京から名古屋へ飛行機で行った

JALの場合、1日2往復ほど、羽田ー名古屋便がある。
これがねえ、乗ってみると、結構いいことがあるのですよ。以下に搭乗のメリットをまとめる。
・安い
搭乗前日でも8,000円や9,000円台でチケットを買えることが多い。ちなみに新幹線のぞみの指定席は片道11,000円ぐらいだ。もちろん、空港までの交通費が別途必要だが。
・搭乗時間が短い
時刻表の所要時間は1時間だが、空を飛んでいる時間は40分程度である。ちょっとうたた寝をしていると、もう着いている。時間的にはゼロみたいに感じてしまった。新幹線は1時間40分。うとうとすると、必ず車掌が検札に来て起こされる。
・空港ラウンジで飲み食いできる
もし、あなたがゴールドのクレジットカードをお持ちなら、空港ラウンジでソフトドリンク飲み放題のサービスを無料で受けられる。なければ、通常1,000円程度必要だが、ある程度の時間滞在するなら、元が取れるかも。羽田は朝、朝食のパンが食べられるし、セントレア(中部国際空港)はビール飲み放題である。結構知らない人がいるようだが、ラウンジは出発時だけでなく、到着後も利用可能である。
・マイレージが稼げる
東京ー名古屋は近いので、稼げるマイルは微々たるものと思われがちだが、ツアー料金でなく、特便1等の正規割引であれば、それなりにプレミアムがつく。さらにマイレージの上級ステータスを目指すなら、搭乗回数が稼げる。沖縄でも名古屋でも、1回は1回だ。
あまり、いいことばかり書くのも何なので、最後にデメリットを書いておこう。
・目的地まで時間がかかる
目的地が知多半島のどこかでない限り、東京から名古屋へは新幹線で行った方が絶対早く着く。
そりゃそうでしょう。
大阪都構想、危険なレッテル張り
住民投票で大阪都構想が否決された件で、年配者の反対が多かったことにご不満な方がチラホラいるようです。
たとえば、こんな人。
言っていること、無茶苦茶ですよ。「高齢者が若い世代の意思を押しつぶした」って。
なぜ「経験豊かな高齢者が若い世代の軽率、拙速を押しとどめた」じゃいけないんでしょうか?
だいたいどの世代に偏ろうが、総数が多い意見を採用するのが民主主義のルールですよね?なぜ、そこにケチをつけるんですか?そんなこと言い出したら住民投票そのものが成り立たないじゃないですか。
そもそも、この都構想自体、私が見聞きした限りでは、かなり怪しい政策です。一方的に大阪市で集めた税金が大阪府全体にバラまかれるだけに思えます。
二重行政が解消されたって、新たな行政組織を作り直すのでは、その構築、運用に莫大なコストがかかります。到底、もとが取れるように見えないんですよ。
要は政策を吟味して、こういう理由でやるべきと言うならいいのですが、「新しい試みは無条件に良い」「年寄りが支持する政策は時代遅れで誤り」って、思考停止じゃないですか。危険極まりないレッテル貼りですよ。
物事の是非は色眼鏡で即断せず、ひとつひとつ自分の頭で考えて判断したいものです。
教科書に「舞姫」を載せることについて
ドイツ留学中に現地女性を妊娠させたにもかかわらず、放置して帰国。女性は発狂してしまうという救いのない話です。
私も高校時代は義憤?を感じましたし、今もクズ主人公、アホ小説だと思います。
でも、教科書に載らなければ絶対読まない小説によって、感情や倫理観が揺さぶられる経験を生徒ができたならば、それは立派な教育の一環ではないでしょうか。
当時。国語の教師はムカついている私たちの空気を察し、「時代が違うんだ。今は理解できなくてもいい」と言いました。









