帰省して友人たちと呑み会をしている最中、
父危篤の知らせが母から入りました。
それは父がもう何年間も
入退院を繰り返していた頃でした。
病室で父の顔を見てから猛烈に喉が渇いたので、自動販売機で何か買おうと病室を出ました。
自販機は1階の階段近くにしか設置されておらず、その場所以外は真っ暗。
いかにも何か出そうだな‥‥と思いつつペットボトルのお茶を買い、振り向いたところ、
自販機と自販機の間の隙間に、車いすに乗った寝間着姿のお爺さんがいるのです。

夜中の1時過ぎ、1人で降りてきたには不自然だなと思ってよく見ると、顔がのっぺらぼう。
そのお爺さんは動かずっじっとしていました。

それでも喉が渇いて渇いて仕方がなかったのと、なぜか怖い気持ちが湧いてこなかったので
その場で少しお茶を飲んでからエレベーターへ向かいました。
怖くないと、感じたのは
「あの人、どこかで見たことがある‥‥」と思ったからです。
病室に戻り、父の顔を見ながら、いったいどこで見かけた人だろうと考えていました。

思いついたのは、以前父が入院した時に
同室だったFさんというお爺さんでした。
何故か父にとても親切で、私が子供を連れて見舞いに行くと
プリンを差し入れしてくれたり、椅子を運んでくれたりしていた人。しかし
Fさんは半年ほど前に既に亡くなっていました。

父も翌朝、息を引き取りました。

もしかしたからFさんは、入院友達だった父を迎えに来てくれていたのかもしれないと思います。

実家は俺の父親が継いでいるが、実は本来の長男が居た。
俺の伯父に当たるわけだが、戦前に幼くして亡くなった。
今で言うインフルエンザだと聞いたように記憶しているが、ともあれ、貧しい我が家では医者にも診せられなかった。
祖母にとっては、それが心残りでならなかったらしい。

戦後、昭和30年代らしいが、評判の良い降霊師がいたので自宅に呼び、伯父を呼び出してもらった。
祖母としては一言詫びたかったそうだ。

伯父が降りたとたん、降霊師は土下座せんばかりになり、
「親よりも早く死んだ自分はとんでもない親不孝者です」と言い、ひたすら泣き続けた。
祖母は詫びるどころか言葉を失い絶句してしまったが、一緒に居た近所のばあさんが降霊師に声をかけた。

「お前さんが亡くなって、食い扶持が減ったから、他の兄弟は病気にもならずに大きくなれたんだよ」

降霊師は顔を上げ、祖母に本当にそうなのかと尋ねた。
祖母は、子供を一人養子にでも出さないと食っていけないと本気で考えていたと打ち明け、申し訳ないと泣き出した。

当時、祖母は2人の子持ち。その頃としてはむしろ子供が少ない状況だったが、貧しさはそれ以上だった。
降霊師は「兄弟が養子に出ないで済んだのなら自分の命など惜しくありません」と告げ、
祖母と抱き合っておいおい泣いていたそうだ。
祖母は、伯父に対する後ろ暗さがこれで消えたと言っていた。
降霊師などというとインチキ臭いものだが、この話を聞いて以来、
インチキだから悪いとか、そんな気はすっかり無くなってしまった。
無論、この降霊師がインチキだったなどと言うつもりはない。

……これが俺の体験。


クラブの仲間に相談しようかと思ったが、誰かに話すのも怖くてやめておいた。
予定していた○○さんでのイベントも、当然俺は参加拒否。


あれは何だったんだろう。
最初は詳しく調べる度胸なんて欠片も無かったが、今はだいぶ恐怖も薄れてきた。
来年あたり、少し探りを入れてみようかなと思っている。