あらえびす | 昭和の子供なのだ!

あらえびす

珈琲を呑んでいたら

高田馬場の名曲喫茶 <あらえびす> が

突然、頭に浮かんだ

 

東京時代の18歳から20歳までの間は

西武新宿線 上井草の寮から上野黒門町の会社まで通勤してて

高田馬場が山手線への乗り換え駅

駅から早稲田方面へ5分も歩くと右に在り

変わった名前にひかれ、入ったのが最初だった

 

階段を何段か降りると、小さなテーブルに椅子一脚

それが通路を挟んで両サイドにあるだけの

うす暗くって、狭くって、縦に長いレイアウト

奥に大きなスピーカーがドンと鎮座してて

大音量でクラシック音楽を奏でている

客のほとんどが男で、音楽以外は何も聞こえない

 

黒ずくめで長い髪のウエートレスが

小声で注文を受けにくる

珈琲一杯百円、時間は無制限

ボクはすっかり気に入ってしまい

2年の間、足繁く通うようになる

 

当時、本採用になっての給料は 13000円

寮費を引かれ、社会人の必要経費を使うと

ほとんど手元には残らないっていう経済事情

 

寮は6畳に4人で、プライバシーがどうとかっていうレベルじゃなく

どこかで息抜きしてこないと・・・・・

といっても、遊びに使うお金なんて無い

< あらえびす > は朝から夕方まで居たって100円

会社の帰りの時々と

休日の、ほとんどはここで過ごしていたような気がする

 

高田馬場までは定期があるから交通費はタダ

それでも < あらえびす > の100円や、タバコが無い時は

寮の部屋を一通り回ってくれば (日曜休みはボクだけだった)

タバコの一本、硬貨の一枚が落ちてたりするんで

それを失敬し、本を一冊抱え

朝からいそいそと出かける (時効だよね)

それも無ければ、部屋で沈んでるしかない

 

お店に入ると、リクエスト曲を黒板に書く

高校時代に友人のMに無理やり聞かされた

クラシックの名曲を必死に思い出して書く

自分の曲が流されるまでは3~6時間は

待たなきゃいけない

本を読んだり、なけなしのタバコに火を点け

一服吸って丁寧に消し、吸っては消し・・・・

飽きたら、ウエートレスさんに

< ちょっと出てきます > と言って外へ出る

お金がある時は昼飯やパチンコに出たりもした

 

場所柄、深刻な顔でクラシックを聞いている暗い連中は

早稲田の学生が多かったんじゃないかと思う

インテリに憧れてた当時のボクは

無理して買った朝日ジャーナルなんかも時にはかかえ

加藤周一さんの羊の歌?だったかを読んで感動し

深刻で暗い顔をして仲間に入っているような

気分になっていた

 

20歳から会社は神田に移り、そこに寮も併設されて

以来、行っていない

 

大学紛争の直前の頃

彼女無く金無く居場所無くの、三無い男の

どーでもイイ話でした

 

そんなここんなを思い起こすと

昔は、金は無かったけど

余裕はあったような気がするなぁ、と

ゆるかったなぁ、と

 

 

因みに

あらえびす は銭形平次の作家・野村胡堂さんの

音楽評論の際の名前で、胡から戎、荒ぶるえびす

とした、というような事がメニュ-に書いてあった・・・・

ような気がします

アテルイみたいなもんでしょうか

 

追伸

PCで検索してみたら、出てました。1988年に閉店していました

映像がYOUTUBEでありましたが、ボクが行って頃のお店より

ずいぶん大きく広くなってまして・・・・面影がありませんでした

そりゃそーですね、50年も前の話ですから