思い出のサクランボ | 昭和の子供なのだ!

思い出のサクランボ


昭和の子供なのだ!

一昨日、熟れたサトウニシキをいただいて・・・・・・腹いっぱい食べました

残ったのがこれです

思い出のサクランボ



14~15年前の今頃

ミッツアンと二人で竜飛岬津軽海峡冬景色を唄おうツーリングに行きました

ミッツアンは当ブログに時々登場する

ハーレー恥知らず100円ショップスペシャルの彼です

ミッツアンは一応会社員、ボクは一応自営業で当時は結構忙しく

そんなに時間はとれませんの夜行2泊3日

で、彼の会社が引けてのPM7時から出発、2台のバイクを連ね夜中走り続け

翌日の昼過ぎには竜飛岬に届く予定でした



きっと暑いだろうからと、ボクはヘルメットの額辺りにドリルで3個穴を開け

風が通るようにもしたもんです(当時は通気性のあるヘルは無かった?)

日本海沿岸をひたすら北上、新潟を過ぎ山形へ入った辺りから

左から潮騒の音で海の傍を走ってるとわかるような街灯もなく真っ暗な

道をひた走るうちにドンドン気温が下がりだし

ヘルの穴から頭が痛くなるほどの冷気が入るんでガムテープで塞いだほどです

秋田市についたのは翌朝の5時頃でした

あまりにも眠く寒いんで、どこかで風呂に入って仮眠できる所を探そうになり

駅前へ行き、タクシーの運転手さんだったら知ってるだろうとミッツアンが

<ちょっと 聞いてみんがいけどー どっかこのへんに

          ふろはいって やすめっとこちゃ あっかねー>

運転手さんはキョトンとして、何か言ってるようだったけど・・・

何度かのやりとりのあとミッツアンが

<おい、なんちゅう田舎や、ここ東北ちゃ 日本語通じんわぃ よわったのー>

で、今度はボクが普通の日本語で尋ねたら運転手さんが温泉+朝食+休憩

の場所を丁寧に教えてくれたあと

<あのアンチャン、訛りひどいねー>・・・・・


温泉に入り、朝食を食べ、1時間ほど仮眠して出発

青森県に入る辺りからポツポツきて、やがて暴風雨

カッパを着ててもグチャグチャになるほどの雨風の中を走り五所川原を過ぎ

十三湖まで来て竜飛岬は目鼻の先っていう所で入ったお店で

竜飛へ行く道路が崖崩れで通行止め!を聞いて

陸奥湾沿いの道路だったら行けるかもって言われたってもう PM4時

そんな気力はありません

困ってたら、お店の人が向かいにある旅館を紹介してくれたのは

神様仏様稲尾様

旅館は津軽にあるのに紀州屋(安い美味しい綺麗だった)

でも、窓から眺める風雨の十三湖は死にたくなるような風景でした

太宰治の出身地っていうのがなんとなくわかるようなわからんような

朝4時過ぎ、テレビの音で目が覚め

見るとミッツアンがうつろな目でフランス語講座を凝視しています

<どうした?>

<なーん、目が覚めて寝れんもんやからテレビ見とった

        こんなもんしかやっとらんしのぉ

          あんた気にせんと寝とられ・・・・・>



朝曇りの中、遮光土偶のモニュメントを恨めし気に見ながら

来た道を戻ります3~4時間

途中、ようやく見つけた漁港の中にある食堂で昼食を頼んでいたら

旗を掲げて数台の暴走族が通り過ぎて行く

ギャラリーどころか車もあんまり通らん国道を

<おおう!こんなとこにも暴走族おんがや!根性あんのー>

ミッツアンは感心して見てました

食べ終え、おみやげにタラバ・ガニなんかを買い送る手続きをして出発

1時間も走らないうちに先程の族に追いつき、アッという間に追い越し

後で考えてみたら・・・・・彼等は制限速度を守って走っていたんですねぇ

ミッツアンは違った意味でまた感心

彼のハーレーが酒田あたりで不調になり時間をとられて

鶴岡を過ぎたらもう世間は真っ暗のドシャ降リ

GSで宿を紹介してもらい、ほうほうの体で新潟の県境あつみ温泉の

民宿になんとか転がり込んだのがPM8時



これからが思い出のサクランボです



海辺に面した宿で、早朝砂浜を眺めていたら

リヤカーにサクランボを積んだオバサンが売り歩いています

<サトウニシキやと、買って帰えっか?>

で、聞くとA3くらいの箱にニ重に入って5000円

高いのか安いのかわからんけれど、箱をも一個もらい

それぞれに一重づつ入れて一箱2500円

ケチなボクはサクランボが踊らないようタオルだったかの

クッションを入れてリアシートにくくりつけての最終日

快晴になったはいいんだけど気温が異常に上がり暑さでヘロヘロ

それでもなんとかひた走り、PM4時に無事帰還

箱にギッシリ詰まったサクランボを見た家人は歓声をあげ

ボクは鼻の穴を広げ<好きなだけ食え!>

何年振りかに男を上げたのでした



帰宅拒否症のミッツアンは、まだ時間が早いからと

しばらく近在を徘徊し、陽が落ちたころ家に帰り

鼻の穴を広げ、家人にお土産や!と言って渡したそーですが

開けた瞬間<クサッ!何これー!>悲鳴に近い声で覗いてみたら

サクランボのあとかたもなく

紅いグチャグチャが腐臭を出していたとか・・・・・・・・

クッションを入れないでリアに括りつけていたサクランボは

ハーレーの振動で踊り潰されっちゃい猛暑で腐りだしたんですね

ミッツアンは残念ながら一層男を下げたそうです



その6~7年後

三内丸山遺跡襲撃ツーリングで同じルートを走ったんですが

海岸沿いにはコンビニ、道の駅が数多く出来

前回とはまるで様子が変わってしまってました

青森のど真ん中でも、ちゃんと言葉も通じてました



                 どーでもイイ話で・・・ 

                    おそまつさまでした



























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