• .お姫様・ラフィ・アイレンテールの研究ー漫画「片田舎のおっさん、剣聖になる 6」


 【【【【【 警告! 】】】】】

 

 警告する。本稿は、「片田舎のおっさん、剣聖になる」の漫画版6巻のネタバレを盛大に含むモノになる。従って、読者諸兄にあられては、本稿を読む前に、「片田舎のおっさん、剣聖になる」の漫画版6巻を、読まれることを、強くオススメする。
 更に言うならば、「多寡が漫画で6巻」なのであるから、「片田舎のおっさん、剣聖になる」の漫画版を、全巻通読されることを、オススメする。
 なお、ラフィ・アイレンテール嬢は、騎士シュプール共々、原作たる小説版には登場しない。従って、「原作の小説しか読んでいない」方も、漫画版を読むことを、強く推奨する。

 本稿は、「片田舎のおっさん、剣聖になる」の漫画版6巻の、作品紹介では無い。(作品紹介は、先行記事にしている。)

 

 

 繰り返す。作品紹介では無い。

 本稿は、「片田舎のおっさん、剣聖になる」の漫画版6巻を題材に、そのメインヒロインと言うべきラフィ・アイレンテール嬢に対する一考察をまとめ、その魅力を語る、「読後感想文」である。

  • (1)「貴方の剣を、見てみたい」

 ラフィ・アイレンテール嬢は、一地方領主の娘であり、恐らくは一人娘である。年の頃は、二十歳前後、って所だろうか。薄い色の長いストレートの髪(色は、薄茶か・・・ピンクとか、かなぁ。アニメだと水色ってのもありそうだ。)を頭頂部でお団子状にまとめ、クリックリの大きな目と口が、その旺盛な好奇心とバイタリティを表現している(、様に思われる)。造詣としては、ロベリオ騎士団のムードメーカー、クルニに似ているのは、そのバイタリティが相通じるモノを持つから、か。

 因みに、怪力ではない、らしい。別の力はあるが。

 彼女は、先ず第一に「一行が魔物の襲撃を受け、瀕死の重傷を負ったシュプールの、第一発見者」であり、シュプールに剣の才を見出して自国領の衛兵にスカウトした「目利き」でもある。また、シュプールの剣が我流であることも見抜いており、相当程度の剣術の知識(と眼力)があったことを、伺わせる。


 未だ成人前と思しき、小娘が、だ。「げに恐るべき」と言うべきだろう。


 父親である領主によると、昔は身体が弱かったそうで、それが特に自国領の衛兵や、その訓練への興味と関心として結実した、そうなのであるが・・・イヤイヤ、そんな「生やさしいモノ」では無さそうだぞ。どれ程の領地か不明だが、「自国領の衛兵」を見ているだけで、そうそう「剣術の流派」が在る訳も無い。恐らくは、相当な兵法書、指南書、剣術書の類いを集めて買い与え、結果として「とんでもない英才教育」が為されていた、と、考えるべき、ではないか。
 
 第一、後に「騎士狩り」としてその名を馳せ、魔剣・ゼノグレイブルを構えたおっさん=「片田舎の剣聖」=主人公・ベリル・ガーデナントと互角の勝負をしてしまうような超一流の剣士となるシュプールの「剣の才」を、野性のカンだか女の直感だかタダの偶然だか不明だが、「見抜いている」。自称(且つ一見)「大して強くもない」タダの「雇われ剣士」だったらしいシュプールに「剣の楽しさを(間接的に、かも知れないが。)教えている」という意味でも、「立派な剣術師匠と言い得よう。

 そればかりではない。シュプールの必殺技「ダラン・・・からのドバッ!(*1)」の考案者・提案者であり、「また、新技か?」とシュプールに(多分、呆れられながら)言われている所からすると、この手の「新必殺技」を(多分次から次へと)提案し、実践させていた、のでは無いかと想像出来る。その「的中率」がどれぐらいかは不明だが・・・「ダラン・・・からのドバッ!」が必殺の剣技となっているのだから、「下手な鉄砲も数撃ちゃ、当たる」でも、十分釣りが来よう。
 即ち、些か邪推と妄想を巡らすならば、「嘗て身体が弱かった」ラフィ・アイレンテール嬢は、己が自由にならない自身の身体を、目と感覚と思考で補い、体系立てや理論付けのほどは不明だが、相応に再現性・実現性のある、「仮想剣術師範」というか「脳内剣術流派」というか、「自身の身体では再現出来ないが、教え、敏し、他人に剣技・剣術を教える」事は出来るレベルになっていた、のではなかろうか。

 それこそ、「剣術道場を開いて、一流派の開祖となる」レベルに。

 そうで無くとも「生活のために、仕方なく剣士をやっていた」シュプールを、「最近は、結構楽しい」を経て、遂にはロバリーに「あっち側」=「寝ても覚めても剣のことばかり考えて居る」境地に至らしめたのだから、少なくともシュプールにとっては「恩師にして、大師匠」であろう。
 

  • <注記>
  • (*1) 命名、ラフィ・アイレンテール嬢。  

 

  • (2)「私、シュプールと結婚します」

 シュプールが、ラフィ様にスカウトされ、アイレンティール家だかアイレンティール領だかの衛兵(*1)となってから数年。ラフィ様の剣術指導宜しきもあったのだろう、(無論、そればかりでは無いだろうが。)。シュプールは衛兵隊長として、衛兵達を率いて近隣の魔物討伐などにも当たっていた。
 在る魔物討伐の際、部下の衛兵の一人が瀕死の重傷を負った。何とか魔物は倒し、瀕死の部下も連れ帰ったが、このままでは死を待つばかり。


 そこで・・・ラフィ様が、生まれて初めて「治癒魔法」を使って見せた。それも、瀕死の兵士を美事生還させるほどの、大魔法を。


 因みにこの異世界では(ルーシー師団長の特別講義によると)、「魔法」というのはある種の自然現象で、それを系統立て理屈立てて人間が扱えるようにしたのが「魔術」。人間でも(魔物でも)魔法/魔術を扱える者は居るが、人間では相当に珍しく、ある種の「奇人」と言うよりは「超人」に限られる。主人公のベリル・ガーデナントが住むレベリオ王国では、「魔法を使える者」は「魔術師」として、保護され、育成され、厚遇されている、らしい。その保護育成機関の最たるモノが、ルーシー師団長率いる魔法師団である。

 ラフィ様(と、シュプール)の不幸は、その住む場所がスフェン教を国教とするスフェンドヤードバニアであったこと、だろう。スフェン教では、少なくとも人間の使う魔法は「神の御業(みわざ)」=「奇跡」って事になっている(らしい)。
 早い話、ルーシー師団長の言う「魔術」は、スフェン教では「奇跡」と言い替えられ、「スフェン教会の専売制になっている」らしい。

 まぁったく、これだから宗教的制約とか、その上に胡座欠いてる宗教的権威(一般的な意味での”坊さん”)ってのは、鼻持ちならないんだよ。

 そんなスフェン教の支配する土地で、瀕死の重症者を治癒してしまうと言う「大奇跡」を実施実現したラフィ様に、スフェン教会から「スカウト」(*2)がやって来る。「スフェン教徒(*3)としては、名誉なこと」の筈だが・・・ラフィ様は、断る。
 その理由がふるっている。自分の奇跡を発揮し、怪我や病を治癒する対象を、教会が選定するのが気に入らない、と来た。「治療の相手は、自分で選ぶ。」と言う、ある種自由主義宣言でもあれば、ある意味独立宣言でもある・・・・親父さんのアイレンテール卿は、顔面蒼白の体だったが。


 スフェン教会の「お誘い」を断った理由を語り、「旅の治癒士」として世界を巡る。そんな「夢」を語るラフィ様に、シュプールが(おそらくは、”思わず”。ひょっとすると、”無意識に”。)放った一言。「俺も行くよ。」

 シュプール、それ、プロポーズ。
 
 「あんた一人じゃ危なっかしいと思って」とか、「すまん、忘れてくれ。」とか、言ったところで、もう遅い。ラフィ様、これを見逃さず、まさかの、「私、シュプールと結婚します!」宣言。大口開けて「満面の笑み」のラフィ様と、文字通り「顔面蒼白」のシュプールってカットは、名場面名シーンが多い本作6巻でも、屈指のモノでは無かろうか。
 
 「令嬢と平民が結婚など・・・」と、「身分の違い」を言い立てる侍女(多分)の「常識論」には、文字通り「そっぽを向いて」無視するラフィ様に、親父さんのアイレンテール卿の方は、「シュプールを正式に騎士に叙し、婿として迎えれば、問題あるまい。」って・・・親父さん、予想してたな。
 然程に「衛兵隊長にまでなったシュプール」を信用信頼していた、と言うことでもある。
 更には、父君のこの態度は、「既にラフィ様から根回しが済んでいた」可能性をも示唆していよう。もしそうならば・・・ラフィ様には剣術の才ばかりではなく、陰謀・策謀の才も、相応にあった、と言うことになる、かも知れない。
 一見天真爛漫に見えて、否、一見天真爛漫に見せるからこそ、か。ラフィ様、スゲぇ。
 

  • <注記>
  • (*1) どうも、屋敷の警備ばかりではなく、領土の魔物退治とか、治安維持とか、警察や軍隊的な役割も、担っている、らしい。単なる私的な「ガードマン」ではない、と言うことだ。 
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  • (*2) とは明記されていないが、要はそう言う事だろう。司祭だか司教だか知らないが、相応の地位と名誉と権威を与えるから、スフェン教会のために働け、って「お誘い」・・・実質は、「強制」だな。 
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  • (*3) ラフィ様は、スフェンドヤードバニアの一地方領主の娘だ。当然、国教であるスフェン教の信徒である。
  •  だが、まあ、普通の感覚ならば、「いつまでも、スフェン教徒では居られそうに無い」気はする。 


 

  • (3)「凄い剣だ」

 唯、諸兄ご承知の通り(ご承知、の筈だよねぇ。)、この後ラフィ様とシュプールの運命は暗転する。正式に騎士と叙され、シュプールが晴れてラフィ様と結婚できる身分となった、その晩(*1)アイレンテール邸は「賊」の襲撃を受ける。
 
 シュプールの不明にして不覚は、この「賊共の蠢動」を察知しながら、それを単に「物取りの類い」と軽く見たこと、だろう。侵入者をいち早く抑えたモノの、「賊」はスフェン教会の手先であり、外部ばかりでは無く内部まで浸透していた。
 更には、実に胸くそ悪いことに、賊=スフェン教会の目的は、「物取り」などでは勿論無く、「教会以外の奇跡の使い手」ラフィ様を「潰す」=「殺害する」ばかりですら無く、領主たるアイレンテール卿の殺害もある。これはもう、暗殺などでは無く、立派なテロであり、ある意味反乱。「アイレンテール領の、教会領地への併合」さえ、視野には入れていそうだ。

 ラフィ様が、「教会の意に沿わない奇跡」を実践しそう/した、から。「異端」だとよ。
 これだから、宗教的制約とか宗教的権威って奴ぁ・・・

 結果、アイレンテール卿は死亡。シュプールも重傷を負いつつ、ラフィ様の元に駆け付けると、ラフィ様も瀕死の重傷と来た。
 が、まだ息はある。「お前の”奇跡”なら、絶対に助かる!」、ラフィ様を励まし、鼓舞し、ラフィ様自身の傷を治癒させようとするシュプール。因みにラフィ様は、その「奇跡」を使うと、丸一日ぶっ倒れている程消耗する。

 つまり、一度には、一日には、一人しか、治せない。救えない。
 
 ラフィ様は、シュプールの制止を振り切り、自身では無く、シュプールの怪我の治癒に、その力を使う・・・・嘗ての彼女の言葉通り、「誰を助けるかは、私が決める。」を、実践実行して見せた、訳だ。

 正に、有言実行。

 かくして、ラフィ様はお亡くなりになり、代わりにシュプールがその身にラフィ様の魔力を宿し、それもあって超一流の剣士となったシュプールは、先ず「騎士狩り」として「仇」と言って良いスフェン教会騎士団を襲撃し、後にスフェン教会の悪行の片棒を担ぐことになり、主人公・ベリル・ガーデナントと対峙対決し、達人同士の死闘を繰り広げる・・・

 しかし、しかし、だ。果たしてこれは「ペイ」するか?主人公・ベリル・ガーデナントが魔剣・ゼノグレイブルを構えてもなお対峙できる「悪役」を成立させるのに、ラフィ様を犠牲にし、シュプールを「覚醒」させる必要があった、と言うのは、一つのロジックではある。

 エンタメとしては、娯楽としては、それは正しい。

 だが、もし仮に、スフェンだか誰だか知らないが、この異世界を支配するのが全知全能の神であるならば、こんな理不尽且つ不条理極まりない「時間線」が「唯一無二」な訳が無い。「唯一無二」で、あってたまるか。

 シュプールに、今少しの警戒心と猜疑心があったならば。ラフィ様が、スフェン教会の悪辣さと残虐さをもっと意識していたら。アイレンテール卿に今少しの「人の悪さ」「悪辣さ」があったなら・・・「違った時間線」があった筈であり、在るべきだろう。

 そこでは、シュプールは「超一流の超人的剣士」ではないし、その身に「奇跡をまとう」事も無いだろう。それは、「片田舎のおっさん、剣聖となる」ほどには劇的でも無ければ、話として面白くも無い世界、かも知れないが・・・二人にとっては、より良き世界だった、のではないか。
 

  • <注記>
  • (*1) と、思うのが、「妥当な推論」だろう。 


 

  • (4)幕間「片田舎の剣術道場師範」


 レベリス王国、王都からは大分離れた片田舎。国境にも近いとある小さな村に、その剣術道場はある。古い農家を改造し、畜舎を稽古場とした俄作りの剣術道場を仕切るのは、数年前に他所から流れてきた、未だ若い夫婦だ。


 無愛想な旦那と、社交好きで妙に気品のある嫁さん。余所者には何かと厳しく、時に辛辣な片田舎だが、二人は程なく村の一員として受け入れられ、その道場は、主として近隣の子供達の通う場所となった。


 半分は、やたらに博識で話も上手い、嫁さんのお陰で、「内助の功」とか何とか村々では噂しているが、当人達は特に気にするでも無いようだ。

 「ああ、俺が、当アイレンティール流剣術道場で、師範って事になっている、シュプールだ。
 師範ったって、俺は口は下手だし、教えるのも苦手だ。手本・見本は見せるから、先ずは見て、真似して覚えろ。
 剣理、体術って知識なら、こっちの、女房の方に聞いた方が早い。」

 「はぁい、シュプールの女房の、ラフィでぇす。"ラフィお姉さん"って呼んでくれると嬉しいんだけど、何故か皆、大人は”お女将さん”、子供は”女先生”って呼ぶのよねえ。
 私も”剣術の先生”って柄じゃないんだけど、古今東西、大抵の兵法書は読み通した知識と、この人には無い”口の上手さ”、じゃなかった、”説得力の強さ”で、皆さんに”剣の面白さ”を伝えられたら、って思うわ。
 それに私たち、夫婦ですからねぇ。互いに補い合い、支え合わないとね。
 知ってる?東の方の島国では、夫婦=男女のことを、”なりなりて、なり余りたるところあり”と、”なりなりて、なり足らざる所あり”って表現するそうよ・・・・」

 「ばっ、バカ、ラフィっ!なんて話ぃ始めやぁがるんだ。この道場はご近所の子弟が集まる”教育の場”でも在るんだぞ。
 手前ぇも"女先生"って呼ばれるぐらいだ。ちったぁ”教育者”としての自覚と、矜持を持って、だな・・・」

 「なぁに赤面してるのよ、シュプール。私はタダ、”夫婦は互いに支え合い、補い合うモノだ。”って話をしているだけよ。立派な教育ですぅ。」

 「あのぅ・・・両先生。そろそろ稽古、始めませんか。
  夫婦漫才は、また今度で。」

 「夫婦・・・」
 「・・・漫才?!」


 なお、この異世界に「夫婦漫才(めおとまんざい)」なる芸能があるかは不明だが、類似の芸能は在るモノ、と推定した。
 「三河漫才」は、無いだろうが。

 

 

  • (5)「シュプール、大好き」


 ラフィ様は身罷られた時点で、その物語りは幕を閉じる・・・生者としては。肉体としては。


 諸兄ご承知の通り(ご承知、だよね。)ラフィ様の「最終思念」とも言うべきその魔力は、シュプールの肉体に宿り、シュプールを「騎士狩り」とし、最強クラスの剣士としている。


 更に、折に触れ、機会ある毎にシュプールの脳裏に蘇り、時に実像・実体を伴う(かの様な)「ラフィ様の面影」は、「人は、肉体的死を以て死ぬのではない。生者に忘れられ、記憶から消えたときが、本当の死だ。」という言葉を想起させる。

 言い替えれば、シュプールが生きており、その強烈な思いがある限り、ラフィ様もまたある意味「生きていた」と言うことである。
 
 だが、それは同時に、「シュプールの死」は「ラフィ様の(今度こそ本当の)死」である事も意味する。

 ならば、諸兄ご承知の通り(諄いようだが、ご承知、だよな。)本作で描かれる「シュプールの死」を以て、「ラフィ様は、今度こそ本当に死んだ」ことになる、のだろうか。

 ラフィ様を記憶し、覚えている者も、最早少ない、乃至居ない、のは事実だろう。
 が・・・私(ZERO)としては、その様に考えたくない。思いたくない。

 お気づきだろうか。私も何度か読んで気が付いたのだが、シュプールの死の、今正に意識が途絶えんとする今際の際に、主人公・ベリル・ガーデナントが送った、「手向けの言葉」に。

 「凄い剣だ・・・・本当に、もっと見ていたかった。」

 この「決め科白」は、ラフィ様がシュプールに出会い、衛兵にスカウトした際の科白、「あなたの剣を見てみたい!」「もっと見てみたい!に相通じる物が在る。恐らくは、作者の意図的な。

 然り。ラフィ様が考案・提案し、シュプールが実現・実践した「凄い剣」の記憶がある限り、ラフィ様は未だ「死んでは居ない」のである。

 ダランから、ドバッ!(*1)」の記憶・伝説・伝承がある限り、ラフィ様は永遠不滅である。【強く断言】

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  • <注記>
  • (*1) ネーミングに、「難なし」とはしないが。