50才を越えて、仏教の勉強をするために一年間週2回、聴講生として大学に通ってました

今日が最後の講義で来週は試験です

と言っても私は単位を必要とするわけではないので、試験は受けません

ということで、今日でいったん終わりました

仕事の関係もあり、受けたい講義が全て受けられたわけではないので、また4月からも行くつもりです

最初は、週2回若者に交じり、元気がもらえる2日間になるかなと思ってたのですが…

まぁ、それはさておき、思ったことがいくつかあります

まず、自分の学習に対する意欲です。
本当の学生の時、あんな前の席で受けてませんでした

あくまでも、単位を取るため、試験に合格するために通ってた気がします

教育学部だったのですが、実際教師になって何年かした頃、今、もう一度行きたいと思いました

けど、今は違います。
お寺をやっていくために必要な話を聞きに行ってるので心構えが違います。
でも、頭の方が若い頃とは違い、なかなか頭に入りません

来年度も同じ講義をもう一度聞きたいくらいです

もうひとつ

教師をしてたせいか、どうしても、教授の話し方、学生の反応に目が行ってしまいます

大学の先生は、その分野においてはエリートです。
しかし、それをどう学生に伝えるかです

教員は、小→中→高→大となるにしたがって授業が下手になると言われます。
もちろん、受ける側の年齢が上がっていくので、逆だと困りますが、それでもいいのかもしれません

私は中学校の教師でした。
時々、小学校の先生の授業を見せて頂く機会がありました

うまいです

わかりやすいです

工夫されてます

特に低学年の先生には頭が下がります

そういう目で、大学の講義を受けてると、話がうまい先生もたくさんおられますが、
はぁ

って感じの方もおられました

そりゃ学生も寝るわ

って感じです

あつかましいようですが、私の方がうまいと思ったこともありました

この先生は最初、中学教師をやられてて、うまくいかず
大学の先生になられたそうです
なんとなく、中学校でうまくいかなかったのがわかりました

それに耐えきれず、その講義は途中から出席しなくなりました

もうひとつ辞めた講義があります

1限の講義でした

教授が教室に入って来られ、マイクをセットされます

普通、第一声は「おはようございます
」でしょ
この先生は、いつも何の前置きも世間話もなく、いきなり授業に入られます

びっくり仰天

いくら大学教授で頭がいいかわかりませんが、挨拶もできないのは人間失格です

そんな人の話を聞きたくないので、これも途中で辞めました

やめた2つは、違う先生の時間にもあるので、来年もう一回とります。
本物の学生だと先輩たちから情報をもらい、講義も選べると思うのですが、聴講生は、ただパンフレットの文字だけで選択しなければならないので大変です

でも、学生の立場は教師と違い、何の責任もないので気楽でした

まぁ、講義の中身以外にも色々勉強になった一年でした
