前田慶次郎ゆかりの里

 

 

 

前回からの続きです。

 

山形県米沢市 堂森の地にある 善光寺様の境内。












 

弔われている前田慶次郎の碑(いしぶみ)に参拝し、

その墓地や御堂を眼下に登る裏山の険しい道があります。

 

振り返ると… 景色が遠のいていきます。

整備もされていますが、昨今の保存会や来訪者のため。

 

もちろん戦国時代も終焉し、江戸時代の初期に戻れば

前田慶次郎が高台へと生い茂る山を登り… 月見の宴。

 

晩年の彼の背中は、どこか孤独で哀しみも背負うよう。

 

ただ… 月だけは、京の都でも 金沢でも 旅の空にも

誰にも解かりはしない慶次郎の胸中を照らしたはず。

 

 

 

 
 
 
 
 
 
そう想うと、自分の胸も切ないような追体験をしたい。
 
健脚であろうと一息では登れない坂道を…
酒を手にして登る姿を想像してしまいました。
 
 
 
 
 
 
 
 
今回、前田慶次郎の死せる魂を慈しむべき墓石を建立。
お墓参り… ですね、私自身も是非ともお参りしたい。
 
あくまでも文献など皆無で、研究から論じられた場所。
それでも慶次郎の生き抜いた土地に来ることが叶う。
感無量という言葉で表せないほどでした。
 
 
その望みは果たせました。
 
 
 
 
 
 
 
 
誰しも心に抱く傾奇者の慶次郎像があるはず。
 
ありがとう  前田慶次郎さん。
 
 
 
 
 
 
 
 
朱槍が指し示す方へ参られい
 
中腹辺りにある墓所から山道に戻れば、さらなる急坂。
こうして各ポイントごとに小さめの石碑で方向案内が。
 
 
 
 
 
 
 
 
かなり厳しい道です傾斜も酷い、スニーカーか靴などが
最適でしょうね、女性のヒールやサンダルはキツイかも。
その景色が見たいなら覚悟して?登りましょうね。
 
 
 
 
 
 
 
 
大ふべん者
 
あと少しか… もう僅かだぞ、というタイミングで
現れるの石碑に書かれる文字に… 思わずニヤリ。
 
 
 
 
 
 
 
 
ああ、ようやく 月見平 がある場所まで到達寸前。
 
 
 
 
 
 
 
 
ここが… そうか
 
あくまでも整った観光地ではないので、山の原っぱ。
時空を超えた慶次郎との邂逅を果たす瞬間なのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
確かに道中も山の中というイメージの米沢でしたが。
平野部は広く閑静な町や住宅街などが栄えています。
後で知りましたが、大手のメーカー工場なども多い。
 
どうでしょうか、彼方の景観も素晴らしい眺め。
西の空の広さも感じますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
加賀前田の家紋が
 
月見平 といえど、特別な趣向はございません。
保存会など有志が建ててくださった石碑がありがたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
江戸時代になら、この景色は無いのですが。
それを想像しながら、慶次郎との約束の地を愉しめる。
 
隠棲する彼の気持ちを推し量るなら、…そっとしたい。
でも、万感の想いが湧くのも確かな達成感に似ている。
 
いま同じ景色を共有している、そんな勝手な満足感。
 
ごめんなさい慶次郎さん
 
 
 
 
 
 
 
 
ここにあるのは、少し古い祠のようです。
由緒は知れず…  一連のブームとも縁遠いような?。
 
 
 
 
 
 
 
お参りしましたが、中には不思議な呪術の札が。
 
 
 
 
 
 
 
 
米沢の堂森で前田慶次郎が晩年に暮らした-無苦庵
現在は、発掘中の遺構しかありませんが…
そこから月見に登ってきた見晴らしのいい山の上です。
 
もう陽は暮れてゆき、染まる西の空も穏やかに日没へ。
 
 

 

 

 

 

 

 

ああ それがいい…

 

昔は樹木の配置も違うはず、いま方角が西の眺望がいい。

数百年の歳月が、まったく痕跡を包み隠してしまった。

 

 

 
 
 
 
 
 
 
遥か西は、慶次郎の懐かしい土地があり郷愁を誘う。
 
 
 
 
 
 
 
 
逆に月が昇る方角の東には、樹木が生い茂ります。
江戸や戦国時代には、違うかもしれませんが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
酒宴とまではいきませんが、慶次郎を弔う旅も帰路に。
いま来た道を寺へと下りていきます。
 
 
 
 

 

 

 

 

人の気配も消えた寺に灯りが燈りました。

お辞儀して、再び慶次郎殿を訪ねることを誓うのです。

 

 
 
 
 
 
 
 
いかがでしょう、古風な堂森の地の自然環境です。
水路には豊かに水も流れ、寺の周囲に住宅も並びます。
 
住宅街も傍にあり、数百メートル先にコンビニや
ランドリーもある普通の閑静な町村というイメージ。
 
 
 
 
 
 
 
 
堂森に静かな夜が訪れました。
昼間、近くで出会った親子猿の群れもいません。







 
なんだか歴史ドラマの舞台に飛び込んだような出来事。
思い返しながら、東の空に 待望の月が昇ります。
 
 
 
 
 
 
 
 
北陸金沢から尋ねてきた珍客に照れるように月が雲間。
 
 
 
 
 
 
 
 
もうすぐ満月という夜
 
そういえば、月齢も満る時期でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いまも戦国の世を駆けた武辺者を偲ぶ私たち。
 
世界で望まぬ戦禍が死と殺戮を繰り広げる慈悲なき世。
武家の役目とはいえど、戦場で命を奪うしかない半生。
冷酷にはなれない前田慶次郎利益の胸中を察します。
 
武辺の数だけ傷つけ死なせた人間がいる。
隠棲の地で、御霊を供養する一面も深い洞察力の彼。
典礼に通じた文化人としての人柄も備えた武人の誇り。
 
 
 
強大な兵器が瞬時に膨大な命を奪う現代の戦場。
暴力と怨嗟の絶えない忌むべき人類の悲しみを知る人。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
風流を愛し 無双の武人としても伝説を遺す
 
そんな 前田慶次郎 の横顔を垣間見たような旅でした。
 
 
 
傾奇くというベクトルの方向性が暗雲を祓うキーワード。
困難に際し意志を貫くための諧謔とも思えるスタンス。
大剛の武家を背負わず、自由を掲げるレジスタンスなのか
ならばこそ 傾奇き通せ と叫びたいほどです。
 
 
人間が望めば宇宙に行ける時代。
いま彼が蘇れば、きっと少年のように瞳を輝かせる。
 
慶次郎 が、直江兼続 が眺めた満月。
 
 
生きるだけ生きたら  死ぬるでもあらうかとおもふ
詩歌も愛した慶次郎が無苦庵記に遺した境地を知る。
 
 
その澄み渡る月光を浴びながら、ウクライナとガザ
世界中の戦争の終結を祈りたいものですね。
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

その生き様を美しゅうする… まさしく美意識の極地。

 

安穏と生存が許される現代人にも?生き抜くヒントが

あるように歴史の勇者たちは、いまも雄々しくある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代も無恥が転じて、盗聴だストーカーだと狂じる群れ。

盗み得た情報すら読解する頭脳も乏しいから争うのだ。

 

 

 

 

 

慶次が晩年に記した文を私流に訳してみた

 

なまじ詩歌に心を奪われて惚ける訳ではない。

天元が動くように月が満ち欠ける、野の花が散りゆく姿

惜しむどころか残念とも思わないだろう。

 

寝ていたければ昼も眠り、起きたければ深夜も起きる。

極楽浄土を逃げ道に、よき往生を遂げたいと欲に溺れず、

よもや八万地獄に落ちる程の罪科も犯してなどいない。

 

慢心こそ律し、寿命が尽きるまで生き抜いたら…

燃え尽きる流星の如く死ぬのも風流というかもしれず。

 

 

 

 

いまの世を見透かせば

 

世が低迷し、淫らと俗信が売僧を増やし信仰が嘘に堕落。

自由奔放のつもりで愚かに生き、見えぬ壁と牢獄暮らし

… そんな卑しき人が欲心で終わることの虚しさが

学童までも虐め社会を生み出す愚かさの元凶だ。

 

 

劇中の慶次に憧れ、強さや暴力を踏み違えないように。

命懸けで追い求める勇気や理想の尊さを知ろう。

 

前田慶次郎の抱く深い思慮こそ学ぶべきという供養塔。

 

 




 



 

 

 

そこには 千本の槍でも貫けない意志が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

前田慶次郎ゆかりの里 かぶき旅    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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