すべては、「愛」です。
つきつめれば、その一語につきるような気がします。
今、必死に食料などを買い占めている人がいます。
被災地に送るのでしょうか。
それとも、自分のため、家族のため?
今回の地震や津波でもわかるように、ストックしてある
家がなくなれば、まったく備蓄も役に立ちません。
命からがら避難ができた時、物資がないとなげきます。
そして、怒りをぶつけるのでしょう。。
あのとき、むだに買い占めなければ、どこかで適切に
在庫があったかもしれません。
水:水道水があります。飲むものがなにもないわけではありません。
食料:これがなくても、あれはある。空腹を満たすための何かは、たとえわずかでもあるでしょう。
仮に何もなくても、もっているひとたちで分け合えばよいのです。
そして、何もなくなれば、すなおに天に召されればよいのです。
・・・・・・
今、わたしたちは、生きるために食べているのでしょうか?
食べるために、生きているのでしょうか?
皆いつかはそれぞれの役割を果たして命を終えます。
もし仮にわたしが食べられなくても、だれかが食べられます。
あなたが生きれば、わたしも生きています。
わたしが生きれば、あなたも生きています。
すべてはひとつ、です。
今、考えていることに、「愛」はありますか?
今、話していることに、「愛」はありますか?
今、行動していることに、「愛」はありますか?
今日も笑顔で、おだやかに、目の前にいる人に
愛を送ってあげてください。
特別に、何かすることだけが、愛ではないと思います。
必死にこらえ、がんばっている原発たち、作業をつづけている人たちに
愛の祈りをささげたいと思います。