「聖なる場所」 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 

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私西村が、

昭和三十六年から四十二年までの

六年間の中学・高校時代に学んだ学舎がある天王寺は、

大阪の上町台地南端にある。

現在、

その天王寺には「聖なる場所」が二つある。

その一つが聖徳太子ゆかりの四天王寺だ。

聖徳太子(五七四~六二二年)は、

一族の蘇我馬子とともに対立する豪族である物部守屋と、

現在の八尾市太子堂付近で、

四天王に必勝を祈願して戦い物部守屋を討ち取った。

そして、太子は、

その戦勝に感謝して、天王寺に四天王寺を建立した。

また戦場となった場所に、大聖勝軍寺が建てられている。

天王寺から南東方向に二上山があるが

その二上山の麓に建てられた叡福寺は

「上の太子」と言われ、聖徳太子の墓所がある。

その「上の太子」から北西方向の羽曳野に太子が幼少の頃に学んだ野中寺があり、

「中の太子」と呼ばれている。

そして、さらに北西の大和川を越えた八尾にある大聖勝軍寺は

「下の太子」と呼ばれている。

大阪平野にあるこの「三つの太子」と天王寺の四天王寺は、

共に聖徳太子ゆかりの寺院である。


さて、本題に入るが、

一昨日の十三日火曜日、東京大田区の

「ネコに鰹節、大田区に犬伏」

と呼ばれている

「日本一の大田区議会議員」

である犬伏秀一君より、

明日十四日に大阪の天王寺にいるので夕方会いたい

との連絡が入り、

十四日午後五時に、通天閣の下で待ち合わせることにした。

会う目的は、両人、暗黙の内に分かっている。

一杯飲みながら、

唾飛ばして天下国家を語る!

というこっちゃ。

そこで、午後五時から通天閣付近で飲む場所を探したが、

「二度漬けお断り」の串カツ屋は全店満員で入れず、

幸い空いていた「お好み焼き屋」に入った。

鉄板に焦げ付いたメリケン粉を

「ヘラでこすげて食う」という

みみっちい所から来ている者には丁度良かった。

そして、飲みながら、

LGBT法を成立させてしまう方向に動いている自民党が

「どれだけ阿呆か」ということを語った。

実は、自民党は野党になれば、

その瞬間に社会党になる政党なのだ。

平成五年、野党になった自民党は、

防衛庁長官の仲西啓介さんが「憲法改正」に言及するやいなや、

大臣辞職を要求し、辞職するまで国会審議を拒否した。

その後、社会党の村山富市を総理にかついだ自民党は

平成七年(一九九五年)、

衆議院における「戦後五十年謝罪決議」に賛成し

同年八月十五日の「総理大臣村山富市謝罪談話」に賛成した。

そして、今、LGBT法成立に動いている。

この姿こそ、レーニンが革命の前提として目的とした、

「共同体の伝統的価値観と文化破壊」へ進む亡国の姿である。

そこで!

ここまで、LGBT!のことを話したのだから、

この

「男根をぶら下げたままの女」がいたり、

「男根はないが割れ目がある男」がいたりすれば、

この社会はどうなるのか!

を想像するために、

一番適切な場所!

へ犬伏君を連れて行った。

つまり、そこは、

天王寺におけるもう一つの「聖なる場所」

「日本最後の遊郭」即ち「飛田新地」だ。

その「飛田新地」に

一歩踏み入るや、

犬伏君、

勃起もせんのに興奮だけはして、感嘆の声を挙げ続け、

小生が、この町は写真に撮られるのを嫌がるから写真は撮るな

と言っているのに耳に入らず写真を写し続けた。

さらに、

「飛田新地」から関空まで運ぶ途中も興奮冷めやらず、

車を止めてくれと懇願して、

道ばたで、役に立たんチンポを握って小便し、

関空から羽田への帰路につきよった。

そして、すぐに、

「飛田新地訪問報告」を起案し自身のFBに掲載したので

「飛田新地」の情景は犬伏秀一氏のFBを御笑覧ください。

我らを笑う勿れ、

自分たちが何をしているのか分からなくなった

似而非保守の亡国の面々を笑われたし。


西村眞悟FBより

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