【日曜経済講座】
不自由な通貨制度が世界揺るがす ギリシャ危機と上海株暴落 編集委員・田村秀男
不自由な通貨制度が世界揺るがす ギリシャ危機と上海株暴落 編集委員・田村秀男
ギリシャの債務返済不履行と中国株バブル崩壊。様相は異なるが、双方ともに自国経済の非常時に対応できない通貨制度が根底にある。
欧州共通通貨ユーロ自体はドル、円など他通貨に対して自由に変動するのだが、ギリシャはユーロ相場を決定付ける金融政策をドイツ・フランクフルトの欧州中央銀行(ECB)の手に委ねている。
欧州連合(EU)との債務救済交渉が決裂すれば、ユーロから離脱して旧通貨「ドラクマ」を復活させるしかない。新ドラクマの価値はユーロに対して極端なまでに低く評価されるので、国民は当分の間は今よりももっと厳しい耐乏生活を強いられるだろうが、中長期的には視界が開けてくる。独立した中央銀行は思う存分に金融緩和できる。外国人にとって通貨が安いギリシャ旅行や投資の魅力が増し、主力の観光産業が活気づくだろう。
中国の場合、共産党中央が通貨人民元をコントロールする。公称は「管理変動相場制」だが、実態は準固定相場制だ。中国人民銀行が日々設定する中心レートの上下2%の範囲内での変動に制限している。その結果、何が起きているのか、一コマのグラフにまとめてみた。
他通貨に対し人民元のレートは上昇基調が続いている。対照的に、モノ経済を表す鉄道貨物輸送量は伸び悩んだ揚げ句、昨年初めから下がり続けている。国内総生産(GDP)は7%前後の成長というが、生産しても売れない。需要不足で供給過剰だから、価格が下がる。通貨高・物価下落基調はデフレ不況の特徴だ。日本のように慢性化すれば脱出が難しい。

他通貨に対し人民元のレートは上昇基調が続いている。対照的に、モノ経済を表す鉄道貨物輸送量は伸び悩んだ揚げ句、昨年初めから下がり続けている。国内総生産(GDP)は7%前後の成長というが、生産しても売れない。需要不足で供給過剰だから、価格が下がる。通貨高・物価下落基調はデフレ不況の特徴だ。日本のように慢性化すれば脱出が難しい。
打開策は元安になるはずだが、そうはいかない。まずは執拗(しつよう)に元の切り上げを求める米国議会が反発して対中貿易制裁を発動するだろう。
ワシントンはもともと、元の変動相場制移行を求めてこなかった。元の自由化は中国経済の崩壊を招きかねないので、急がないという認識はブッシュ前政権以来、北京との間で共有されている。変動自由にしないかわりに、小幅に元を切り上げる。
中国の国内事情もある。特権層は香港経由でカリブ海などの租税回避地(タックスヘイブン)に資金をプールし、外資を装って本土に再投資して荒稼ぎしたカネを外に持ち出す。景気不振とともに資金の流出が増え、外貨準備が急速に減っている。元安だと資本逃避に拍車がかかる。中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)も、虎の子の外貨準備が減り続けると信用力が損なわれる。習近平政権のメンツは丸つぶれだ。
習政権がとったのは株価引き上げ策である。株高にすれば国内の余剰資金を株式市場に呼び込めるし、個人消費を喚起すると期待できる。人民銀行は昨年11月から矢継ぎ早に利下げし、個人が借金して株を売買する信用取引資金の供給に乗り出した。党機関紙、人民日報は株高をはやし立てる。株価はグラフが示すように急上昇を続けたが、停滞する実体景気との乖離(かいり)が目立つ。まさしくバブル(泡)であり突然はじけた。
個人投資家の株式投資口座数は6月末で2億7300万口で、新規口座開設数は6月までの3カ月間で4600万口に上る。上海、深●(=土へんに川)合計の株式時価総額(7月6日時点)は株価ピークの6月12日比で日本円換算416兆円、中国GDP(2014年)の3分の1相当が消滅した。共産党員数よりも多くなった個人投資家が習政権に不満を募らせる。株式市場から利子コストゼロの資金を調達して膨れた債務を帳消しにしようとした国有企業のもくろみも外れた。習政権にとっては政治危機に転化しかねない。
人民元を改革し、変動相場制にしていれば、機動的な金融緩和によって景気をてこ入れし、元安に誘導できる。外資が投機攻勢を仕掛けても、為替変動リスクがあれば大量の株の投機売買を思いとどまるので、金融市場を全面的に自由化する道が開ける。だが、上海株暴落で党中央は逆に市場統制強化に走る。
昨年11月中旬、北京は香港市場経由に限って外国人による上海株投資を解禁した。香港から大量に流入した外資は6月初旬、一斉に引き揚げ、暴落の引き金を引いた。北京にとっては金融自由化=党体制崩壊という悪夢を見る思いだっただろう。1日に施行された「国家安全法」は金融危機にも適用される。強権発動して外資取り締まりもありうる情勢だ。北京は人民元を国際通貨基金(IMF)に対し、国際準備通貨として認定させようとするが、そんな資格はないはずだ。
田村秀男の「経済がわかれば世界が見える」より。
田村秀男の「経済がわかれば世界が見える」より。