【日曜経済講座】
日本再浮上いまだ成らず。米中の借金主導型経済に頼るな。
編集委員・田村秀男
日米首脳は先週の会談で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への牽制(けんせい)で一致したが、対米関係強化だけで、増長する中国に日本は対抗できるわけではない。
まずグラフを見ていただこう。「世界3大経済大国」米中日の名目国内総生産(GDP)のドル換算値の推移である。党中央の指令によって数値が動く中国のGDP統計の信憑(しんぴょう)性に疑問は大きいが、国際的にはそのドル換算値がモノを言うのが現実だ。ショッキングなのは日本である。ドル建て名目GDPは2010年に中国に抜かれて以来、その差は開く一方で、14年は中国が日本の2.5倍になった。日本は東日本大震災に見舞われた11年に比べ、3分の1、約2兆ドルも縮小した。
最大の原因は円の対ドル相場水準の変化である。14年末の円相場は120円台、11年末の77円台に比べ55%も安くなった。円安効果でGDPは5割以上も減るわけだが、それで済ますわけにいかない。円で見るGDP(名目)は14年488兆円で11年に比べて3.5%、13年比で1.6%しか増えていない。14年4月からの消費税率引き上げに伴う物価上昇(年間で約2%、4月~12月の期間で約1.5%)分しか名目値を上乗せしていない。ドル換算値が示すほど悲惨ではないが、膨張する中国、低迷する日本という基調は、アベノミクスをもってしても変わらない。消費税増税が足かせになったのだ。
米国との「蜜月関係」には、米国との連携で経済を成長させられるとの期待が背景にある。他方では、「成長著しい中国との関係を強化せよ」「AIIBに参加せよ」との声を、特に経済を重視する経済産業省やビジネス界、さらに与党内部の長老たち、朝日新聞や日経新聞などメディアが挙げている。グローバル経済のもとで、経済超大国との関係がよいのに越したことはないのだが、米国、中国のいずれか、あるいはいずれも頼りになるだろうか。
米、中の経済モデルには共通点が一つだけある。借金主導型経済成長である。米国のGDPの7割は家計消費が、中国のそれは固定資産投資が5割を占める。米国は金融市場で多種多様な金融商品をそろえて、世界の余剰資金を集め、住宅市場に投入した。住宅相場が上昇し、家計は住宅の値上がり分を担保に借金し、消費に励んできた。2000年から8年間で家計債務は7兆ドル以上も膨らみ、それが原資となって日中など世界からモノを輸入して世界景気を引っ張った。このモデルは2008年9月のリーマンショックで完全に崩壊した。家計は債務を減らすしかないので、消費主導の米国景気は一進一退というありさまだ。
中国の経済モデルは、借金投資型である。中国人民銀行が流入する外貨をもとに人民元資金を発行して国有商業銀行に流し込み、党官僚が支配する国有企業や地方政府が不動産開発に邁進(まいしん)した。中国はリーマン後、1、2年で2ケタ成長に回帰したが、12年あたりから乱開発と不動産バブルのためにほころび始めた。過剰生産、過剰投資のために景気は停滞し、本国に見切りをつけた党官僚を含む中国投資家は国外に資産を逃避させている。資金不足を補うために、中国の金融機関や企業は国際金融市場から借金せざるをえない。昨年1年間でみると、中国は米国をしのぐ世界最大の借金国である。(本欄4月12日付参照)
さりとて、中国には借金投資以外に経済を成長させるモデルは見当たらない。「多国間銀行」という看板を挙げて世界からカネを集めて、インフラ投資を行うというのが、AIIBである。もちろんインフラ投資の7割以上は中国国内向けである。
日本は経済面で米国に過度に期待するわけにいかない。だからといって、北京に傾斜してもカネをむしり取られるのが関の山である。
日本は世界最大の金貸し国であり、国際金融市場での銀行総債権は3兆ドル(約360兆円)以上、純債権2.5兆ドル(約300兆円)に上る。米中の借金型経済モデルにカネをまわしたところで、日本の経済成長には寄与しないことは、明らかだ。
日本の銀行は海外ではなく、国内で有望プロジェクトを発掘し、国内融資を最優先すべきだ。政府は巨額の余剰資金を動員して先端的な大型産業を創出するプログラムを提示すべきだ。でないと、日銀の金融量的緩和と円安に偏重したアベノミクスは冒頭で述べたように、日本の衰退を国際的に印象づける結果しかもたらさないだろう。
【お金は知っている】
借金が増えないと景気回復しない。日本ではいくらカネを刷っても…。
米国景気は家計の借金次第 データ:CEIC 連休だというのに、カネがないのが悔しい。だから言うんじゃないが、経済は借金で持つんだよ。
(夕刊フジ)
借金を、少し上品に言えば「債務」と呼び、「金融」とは債務のやりとりで、その場を金融市場と言う。市場を構成するのは、中央銀行が発行する無期限無返済無保証の永久債務証書(つまりお札)、政府の期限付き債務証券(国債)、企業による無期限債務証券(株式)、期限付き債務証券(社債)。さらに債務のやりとりに伴う損失のリスクをカバーする保険、デリバティブ(金融派生商品)もある。
アングロサクソン(米国と英国)は基軸通貨ドル建て中心の債務市場を支配してきた。米国は戦後、世界を圧倒してきた産業競争力が低下し、日本などに圧倒されるようになると、1971年8月15日にドルと金(きん)のリンクを断ち切り、ドルを無制限に発行できる仕組みに変えた。
それまでも、すべての金融商品はドルに交換できたのだが、ドルは金の裏付けが必要だった。従って、当局は金融商品が増殖しないよう、規制をかけていた。ドルが金の束縛から開放されることは、すなわち金融市場の膨張を意味した。ニューヨーク・ウォール街とロンドン・シティ主導のグローバル金融資本主義モデルはこうして生まれた。
他方で、鉄鋼、家電、自動車など産業競争力は日本などに押されっぱなしで、雇用や賃金水準の低下が進む。そこで、ワシントンは80年代から90年代にかけて、盛んに日本叩きを行ったが成果は出ない。90年代半ばの情報技術(IT)革命は産業全体の雇用・賃金の底上げには結びつかない。
そんな中、2001年9月11日の同時中枢テロが起きた。家計消費が7割を占める米国経済を何とか支えてきた金融市場の中心がテロ攻撃に遭い、大きく揺れた。そこで当時のブッシュ政権が目をつけたのが住宅市場である。
金融のからくりを使って家計による借金消費を容易にさせる。そのための規制緩和はクリントン前民主党政権当時、ウォール街出身のルービン財務長官が実行済みだ。低所得者向けの「サブプライムローン」の証券化商品も登場して、住宅市場に巨額のカネが投入されるので、住宅相場が上がる。銀行は値上がった分を前貸ししてくれるので、消費者は消費に耽(ふけ)る。
この仕掛けは、住宅相場が下がり出すと破綻した。サブプライム危機、リーマン・ショックと続く。大恐慌になるのを防ぐ手段はただ一つ、連邦準備制度理事会(FRB)がカネ(永久無返済債務証書)を刷って金融市場に流し込んで、株価を引き上げてきたが、景気回復力は鈍かった。何よりも家計が債務を増やさないことには、消費が活気づかないのが米国だ。それが、最近になってようやく家計債務の伸びがプラスに転じた(グラフ参照)。
わが日本では、日銀がいくらカネを刷っても、銀行は融資を増やさない。景気がよくならないはずだ。
(産経新聞特別記者・田村秀男)
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