国際法違反に問われるおそれ | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 

【中高生のための国民の憲法講座】第50講 
邦人輸送中の米艦を守れないわけ 西修先生




 安保法制懇の『報告書』は、集団的自衛権に関する具体的事例をいくつかあげていますが、ここでは、2つだけ取り上げて検討してみましょう。

 ◆今の憲法解釈でよいのか

 1つは、わが国の近隣で有事が発生した際における米艦等への攻撃排除の場合です。安倍晋三首相は『報告書』が提出された先月15日、記者会見でパネルを使い、つぎのような問題を提起しました。すなわち「外国で突然、紛争が生じ、逃げようとする日本人を米艦が救助・輸送しているときに攻撃を受けた場合、日本が攻撃を受けていないからといって、何もできないという今の憲法解釈でよいのか」

 たしかに現在の政府解釈では、日本が攻撃を受けていない限り、米艦を防護することができません。事例の場合、米国は、攻撃を受けた国からの要請に応じて、艦船を出動させているわけです。その米国から艦船防護の要請を受けても、日本が攻撃を受けていませんので、個別的自衛権の行使に当たらず、何もすることができません。艦船には日本人だけでなく、同盟国たる米国人も多く乗っていることでしょう。これらの人たちの生命、身体を守れないというのは、政府の最大の任務を放棄しているといわなければなりません。

 2つ目は、わが国の船舶の航行に重大な影響を及ぼす海域における機雷の除去の場合です。機雷に触れると船舶が爆発し、沈没しますので、機雷は非常に大きな威力を発揮します。湾岸戦争のとき、イラクはペルシャ湾に多数の機雷を敷設し、わが国のタンカーの往来などに支障をきたしました。現在の政府解釈では、戦闘行為の一環としてまかれた機雷を除去することは、憲法で禁じられている「武力の行使」に当たるとして認められていません。

 平成3年4月、海上自衛隊がペルシャ湾に派遣されて機雷の除去に当たったのは、戦争が終結し、機雷を「捨てられたもの」と判断したからです。日本は、原油の80%以上を中東に依存しています。シーレーンの確保は、日本にとってきわめて重要です。各国が機雷を除去する掃海活動に従事しているときに、日本だけが参加しなくてもよいのでしょうか。

 ◆国際協調に反する

 集団的自衛権を認めることによって、これらの行動が可能になります。公明党などは、前者の場合は、日本人に対する攻撃を排除するのだから、個別的自衛権で可能だし、後者の場合は、「危険物の除去」として警察権で対応できるという立場をとっています。けれども、いずれも無理です。米艦は米国に属するわけですから、米艦が攻撃を受ければ、米国は個別的自衛権を行使しますが、日本が行使するのは集団的自衛権と整理されるのが一般的です。また後者では、戦闘中での行為は国際的には「武力の行使」とみなされます。

 本来、国際社会で集団的自衛権とされている事例を、わが国独自の判断で個別的自衛権や警察権の拡張解釈によって対応することは、国際法違反に問われるおそれがあります。それこそ、国際協調をうたっている憲法の精神に反することになります。

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【プロフィル】西修

 にし・おさむ 早稲田大学大学院博士課程修了。政治学博士、法学博士。現在、駒沢大学名誉教授。専攻は憲法学、比較憲法学。産経新聞「国民の憲法」起草委員。著書に『図説日本国憲法の誕生』(河出書房新社)『現代世界の憲法動向』(成文堂)『憲法改正の論点』(文春新書)など多数。74歳。