「北朝鮮強制収容所に生まれて」 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 



【大阪から世界を読む】
産経ウェスト


私が密告し、母と兄は目前で処刑された…人間を壊すとはこういうことか、
ドキュメンタリー『北朝鮮強制収容所に生まれて』の真実。



ドイツのドキュメンタリー映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」(マルク・ヴィーゼ監督)。3月1日公開(スリーピン提供)


 衝撃のドキュメンタリー映画が、シネヌーヴォ(大阪市西区)で公開されている。ドイツのドキュメンタリー映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」(2012年製作、マルク・ヴィーゼ監督、106分)。

 北朝鮮の政治犯強制収容所である「14号管理所」で、政治犯の両親の“表彰結婚”によって収容所内で生まれ、そのまま政治犯として強制労働などに従事するも、2005年に脱出に成功し、現在、韓国に暮らすシン・ドンヒョクさん(31)の壮絶過ぎる半生と、収容所の実態などを本人ら関係者の証言をもとに描いた作品だ。

 欧米主要メディアが2月17日に一斉に報じたが、国連の北朝鮮人権調査委員会が、北朝鮮で多くの拷問や強制労働、性暴力といった虐待が横行しているとの報告書を出した。

 これに対し、北朝鮮側は「わが国の威信をおとしめ、人権擁護の名の下で国際的圧力をあおり、社会主義体制を破壊しようとする策略だ」などと反論している。しかし本作は、それが偽りだということを赤裸々に証明する。

政治犯4万人を強制労働、洗脳…「兄を売った」

 映画はドンヒョクさんが歯を磨く場面から始まる。一見、ごく普通のどこにでもいる男性に見える彼だが「当初よりマシにはなったが、時々何の前触れもなく記憶が蘇ります。まるで悪夢のようです」と、いまも当時の悲惨な出来事が頭をよぎると明かす。

 「14号管理所」は首都、平壌から約80キロメートル北にある“完全統制区域”で、約500平方キロメートルとひとつの街ほどの広さだ。この区域内に政治犯約4万人が収容されており、彼らは区域内の炭鉱やセメント工場、縫製工場などで強制労働に従事させられている。

 1日の食事は何と大人700グラム、子供300グラムのトウモロコシと、ごく少量の白菜汁だけ。収容された人々は決して釈放されず、死ぬまでここで過ごすという。

 ちなみに“表彰結婚”とは、収容者の労働意欲を向上させるため、当局が模範的な収容者同士を年に数回、結婚させるという制度で、夫婦は共に生活することは許されず、子供は人民学校を卒業すると母親とも引き裂かれる。

そして、この区域の規則は(1)脱走を試みた者、脱走計画に気付いた者、それを密告しなかったものは即射殺。脱走目撃者は(収容所を管理する)国家保衛部の“先生”(こいつらを先生と呼ばねばならないらしい)に通報せねばならない(2)互いに監視し合い、奇妙な振る舞いがあったら即座に報告せねばならない(3)外から来たものを匿(かくま)ったり、守ったりした者は即射殺(4)許可なく男女の身体的接触があった場合、即射殺(4)-など全部で10カ条。簡単に言えば、体制側が不都合と感じたことをすれば即射殺というわけだ。

 そんな地獄以下の場所で生まれたドンヒョクさんは、6歳で小学校に入学すると同時に、炭鉱で大人が掘った石炭を運び出したりする仕事に従事させられた。

 「外に別の世界があるなんて想像もできなかった。知っていたのは、私の両親や先祖に罪があるので、その償いのため重労働をさせられているということだけでした」(ドンヒョクさん)

 そして、文字にするのもおぞましい出来事が起こる。ある日、ドンヒョクさんが帰宅すると、セメント工場から家に逃げ帰ってきた兄と母親が台所で密談していたのです。「兄は帰れるはずがないのです。兄も、匿った母も見つかれば銃殺です」(ドンヒョクさん)

 ところが、生まれたときから前述の10カ条が普通だと教育されてきたドンヒョクさんは「母は兄にこっそり食料を与えていました。私にはくれなかったのに。腹が立った」との理由で、兄が逃げ帰ったことを何と“先生”に密告してしまう。ドンヒョクさんが14歳の時のことだ。

 「学年長にしてもらうことと、食料をもらうことを条件に、密告しました」(ドンヒョクさん)

 そのせいで、当然ながら母と兄は公開処刑された。彼と父はある日、目隠しをされ、公開処刑場に連れて行かれた。目隠しをほどかれると母と兄がいて、母は絞首刑、兄は銃殺刑で殺される場面を目の当たりにする。

ところがドンヒョクさんは「何も感じませんでした。家族の愛というものを知らなかったですから。(何かあれば)密告しろとは教えられたが、(家族の処刑で)泣けとは教えられませんでしたから、泣く必要はありませんでした」と冷静に言い放つ。

 「密告していなければ家族全員が死んでいました。密告したから私と父は助かったのです」(ドンヒョクさん)…

 この映画が製作されたきっかけは、2008年に米紙ワシントン・ポストが掲載したドンヒョクさんへの長尺のインタビュー記事だった。

 韓国のソウルで同紙の取材に応じたドンヒョクさんが、この映画で描かれている悲劇を包み隠さず吐露。大勢の記者が彼との接触を試みるなか、同じようにこの記事に大きな衝撃を受けたドイツ生まれの気鋭のドキュメンタリー作家、ヴィーゼ監督が彼との接触に成功し、映画化の許可を取り付け、長時間のインタビューを敢行した。

 しかし当人の心の傷は大きく、監督が母と兄の公開処刑の話を聞こうとしたところ、当人が3日間姿を消すなど、大変な苦労があったという。

主席を呼び捨て即、逮捕。政治犯を強姦し射殺…

 映画は、自らも逆さに吊され火あぶりといった数々の拷問を受け、腕が曲がったままというドンヒョクさんの述懐や告白を中心に構成。

 「14号管理所」時代の出来事はCG(コンピューターグラフッイクス)アニメで再現するなどし、事実だけを淡々とつなぎ合わせた極めてシンプルな作風だが、特筆すべきは、北朝鮮を脱出した元体制側の人間が取材に応じ、ドンヒョクさんの証言の数々を平然と肯定していることだろう。

 22号という別の管理所のクォン・ヒョク元所長はこう話す。

 「金主席を呼び捨てにするだけで捕まります。連行理由は告げられません。(管理所の暮らしは)虫けらにも劣る人生ですね。すべてが保衛員の手ひとつです。女性は良い暮らしをしていた容姿抜群の美人が多くて、保衛員は気に入った女性を好きにできるのですが、もてあそんで妊娠したら理由を付けて射殺するんですよ…」

「彼らはここで死ぬとは決して思わない。生への執着が沸き上がります。(だから)死の恐怖で支配するのです。生きるためには服従しかない」

 そして国家安全保衛部のオ・ヨンナム・元秘密警察官もこう証言する。

 「自分の手を汚したくない時は、囚人に全体責任を感じさせるよう、誘導します。1人のせいでみんなが責任を取りたくないから、囚人が当該者を殺すこともある。(問題は)囚人同士の間で片付きます」

 そしてこう言い放つのだ。

 「われわれが引き金を引くのは、国を守るためです」

 当然、この2人は罪の意識が全くないのだが、とりわけヒョク元所長は、拷問は水攻めが一番効くだの、どんな風に囚人をいたぶり、殺したかなどをぺらぺらしゃべり続ける。

 しかし心底恐ろしいのは、終盤のドンヒョクさんのありえない発言だろう。あえて書くのは控えるが、映画館でその発言を聞けば、人を支配し、洗脳し、人間の人格を“破壊”するとはこういうことかと納得できるはずだ。

 この作品、東京では3月1日から、名古屋では3月15日から、大阪では3月29日からそれぞれ公開中だが、配給元のパンドラ(東京都)によると、予想以上のヒットを記録しているが、見終わって映画館から出てくる人たちはみな、怒りを押し殺したような、ぶ然とした表情で映画館から出てくるという…。