「もう我慢できない。今年こそ結果を!」 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 

中朝悪化に拉致解決の光明あり。東京基督教大学教授・西岡力



「もう我慢できない。今年こそ結果を!」-。拉致被害者「家族会」と支援組織「救う会」が決めた今年の運動スローガンだ。この1月、病床で息子の帰りを待ち続けていた松木薫さんの母親が亡くなった。5人の被害者の帰国直後の増元るみ子さんの父親、2008年の市川修一さんの母親、12年の松本京子さんの母親の死去に続き4人目だ。未帰還認定被害者の平均年齢は64歳、親の代の家族の平均年齢は86歳となった。

 ≪対外関係の中心だった張氏≫

 第2次安倍晋三政権は昨年1月に、「認定の有無にかかわらず、全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国のために全力を尽くす」との政府方針を決め、圧力を重視した対話政策で拉致問題解決を目指してきた。この1年、表に出ていないものを含め様々な日朝間の動きがあったようだが、残念ながら具体的成果はなかった。

 昨年12月20日付本欄で、私は、北朝鮮の独裁者、金正恩第1書記の叔父でナンバー2の張成沢国防副委員長が処刑された結果、拉致解決のチャンスとピンチが並行して近づいてきたと論じた。

 処刑の背景には、経済制裁に伴う外貨不足が体制の内部矛盾を高めたことがある。正恩氏の父親、金正日総書記の時代に朝鮮人民軍が大きく育てた54部という国内第2の外貨獲得部門を張氏が無理矢理、党行政部の下に移管させた結果、武器、食糧調達や将軍らの退職金にも困った軍などに、「張許すまじ」の声が高まった。

チャンスは、制裁が効いているという辺りに見いだせる。強い制裁をかけて北を拉致問題交渉の場に引き出すとの安倍戦略は半ば奏功しているといっていい。

 ピンチとは、その外貨不足解消も目指し対外関係改善を主導していた張氏を失ったことだ。

 張氏は昨年、アントニオ猪木参議院議員に再度面会するなど、対日交渉でも中心的役割を果たそうとしていた。北朝鮮内部からの情報によると、金正恩氏は12年末に拉致問題について、「8人死亡、それ以外なし」という従来の姿勢でよいのか再検討を指示していたとされ、時期的に張氏の影響力が働いた可能性は高い。その対日接近も処刑理由になったとの有力情報もあり、多くの幹部が日本に近づけば張一派と見なされると恐れて拉致問題に触れようとしなくなる、と一時、懸念された。

 ≪対日担当の側近生き残る?≫

 だが、後の推移をみると、チャンス面は維持、拡大され、ピンチ面は相対的に小さくなった。北朝鮮が公開した張氏の「罪状」に対日接近を示唆する記述は一切なかった。張氏の窓口の一つ、猪木議員が処刑後の1月に訪朝して党国際部長から日本議員団の訪朝を正式に招聘(しょうへい)されたし、国際部長は古屋圭司・拉致問題担当相の訪朝も可能だと明言したという。

1月末にはベトナムで外交官レベルの日朝秘密接触があったとも報じられ、張氏側近のうち対日交渉担当者だけは健在だという内部情報も私の元に届くなど、処刑後も対日接近は続けるとのメッセージが発信され続けている。

 一方で、注目されるのは、中朝関係が悪化の一途をたどっていることだ。張氏の「罪状」でも名指しこそ避けながら、中国としか思えない外国に対し、北朝鮮産の石炭を安い値段で売り払い、北の港も50年租借させたなどとされていて、中国当局に大いに不快感を与えている。中国が1月、中朝国境近くで10万人規模の大規模軍事演習をしたのも、国内の銀行にある北朝鮮の秘密口座の一部を凍結したという情報も、中朝関係冷却を反映しているとみていい。

 ≪安倍政権は今年こそ結果を≫

 金正恩氏が、核・ミサイルを開発し幹部の忠誠心をつなぎ止め、一族の贅沢(ぜいたく)な暮らしを維持するには、最低、年間10億ドル前後の外貨が必要だ。貿易は毎年赤字で外貨が出ていくばかりだから、金政権は、通常ルートとは別に確保した外貨を秘密資金として管理してきた。その政権の命綱の外貨が制裁で枯渇し始めたのである。

 にもかかわらず、若き独裁者はスキー場や室内プールを作れ、全国土に芝生を植えよなどと号令をかけ続けている。外貨の不足分に充当するためには、対外接近するしかないところまで金政権は追い詰められているのである。

だが、韓国と米国に接近するとなると核問題で譲歩する必要がある。老獪(ろうかい)な金正日氏なら、核開発中断などの口約束をして支援を手にする詐欺外交を展開できても、正恩氏は憲法や党決定で核保有国になったと自慢していて、詐欺さえできない。拉致問題を交渉の入り口にしている日本が唯一、接近しやすい国になっている。

 今年、金正恩政権がどんな動きを見せるかは予断を許さない。しかし、安倍政権はぶれずに、拉致問題解決を最優先課題として金正恩政権に圧力をかけ続けながら、わずかな兆候も見逃さず果敢に動いて結果を出してほしい。北朝鮮で政治混乱が発生し被害者の身が案じられる公算も大きくなってきた。非常時に備えた救出作戦の準備も粛々と進めてほしい。(にしおか つとむ)