南シナ海支配へ拍車をかける中国
明確に「実効支配」しなければ尖閣も危ない。JBpress.ismedia
2014.01.30(木) 北村 淳
2013年末の安倍晋三首相による靖国参拝以降、アメリカのメディアの多くが首相の言動を中国との絡みで取り上げることが多くなっている。
それらのメディアの(陳腐な)論評とは違い、東アジア情勢を専門にする軍事関係者の間では、安倍首相が“頑迷な保守主義者”であろうが“軍国主義者”であろうが、いずれにせよ東アジア軍事戦略は日米同盟を根幹とし続けるべきであるとの意識は揺るぎのないものである。
そして、昨今の日本の軍備増強(まだまだ微増の段階にとどまってはいるが)や集団的自衛権の異常な解釈を国際常識に合致させようとの動きなどは、当然のことながら歓迎している。
ただし、そのような日本の好ましい動向を打倒しかねない勢いで次から次へと繰り出される中国の軍事動向(本コラム 「米軍巡洋艦に中国揚陸艦が『突撃』、衝突も辞さない中国海軍の攻撃的方針」「想像以上のスピードで『近代化』している中国海軍」「南シナ海で中国監視船がベトナム漁船を襲撃」「核の次は『極超音速兵器』、次世代抑止力の獲得に中国が本腰」を参照)には、それらの軍事関係者も辟易しかねない状況になっている。
永興島に海警大型巡視船が常駐
先週、中国海洋局は西沙諸島の永興島に大型巡視船を常駐させることを発表した。
1974年に南ベトナム軍との軍事衝突の末に人民解放軍が占領して以来、中国が“実効支配”を続けている西沙諸島に対して、ベトナムと台湾が領有権を主張している。
しかし、永興島には、西沙諸島・中沙諸島・南沙諸島を管轄する海南省三沙市市政機関である三沙市議事堂、2700メートル滑走路を擁し中国空軍や海軍の戦闘機や大型輸送機の発着も可能な永興島飛行場、5000トンクラスの艦船が係留可能な港湾施設、軍関係機関の病院、それに商業施設などが設置されていて、三沙市政府関係者、人民解放軍と武装警察隊の守備隊などが常駐している。そして、軍・政府関係者以外に漁業関係者も居住している。
このような永興島を定係港とすることになった巡視船は、中国海洋局の発表では5000トンクラスということであり、中国海警巡視船(第2海軍とも見なされる「中国海洋局」の執行機関は「中国海警局」であり、その巡視船は「中国海警」表示がなされている)としては最大の巡視船が投入されることになる。中国海洋局によると、この大型巡視船配備を手始めにして永興島を拠点とする常駐パトロール戦力を強化するとのことである。
この巡視船とは別に、中国船舶工業集団が1万トンクラスの巡視船の建造にとりかかることも確認されている。この大きさの巡視船は、日本海上保安庁の「しきしま」型巡視船(7150トン、「しきしま」「あきつしま」)より大型であり、南シナ海そして東シナ海における“中国領海”のパトロールに投入されるものと考えられる。
海軍戦闘即応戦隊が実戦的パトロール
中国海警巡視船戦力の増強と歩調を合わせて、中国海軍南海艦隊も西沙諸島そして南沙諸島を中心として南シナ海でのプレゼンスを強化している。

現在、揚陸艦1隻(071型輸送揚陸艦「長白山」満載排水量2万トン)と駆逐艦2隻(052B型ミサイル駆逐艦「武漢」、052C型“イージス”駆逐艦「海口」)で構成された南海艦隊戦闘即応戦隊が、西沙諸島で各種訓練を実施した後、南沙諸島方面に向かったことが確認されている。
“透明性を増している”中国海軍当局も、南海艦隊戦闘即応戦隊の西沙諸島そして南沙諸島でのパトロール・訓練を公にしており、訓練の模様とされる写真も公開している。
そして中国海軍高官(伊卓海軍少将)は、「これまでの中国海軍は中国沿海域での活動が中心となっていた。しかし、今や中国海軍は遠洋での活動を積極的に展開する時である。遠洋海域はまさに中国の国益を制する場所であり、そのような海域での中国海軍の各種装備のテストは急務である。中国海軍の戦闘即応能力は、そのような海域用の各種装備の開発と波長が合っているとは言えない状況である」と、中国海軍による本格的な各種戦闘訓練の必要性を強調している。
現在、南シナ海で訓練中の戦闘即応戦隊は、ヘリコプター3機、上陸用ホバークラフト(中国版LCAC)ならびにエアボートが艦載されており、中国海軍陸戦隊1個中隊も乗艦している。そして、西沙諸島での戦闘即応訓練は揚陸艦をはじめとするそれらの水陸両用戦用装備と人員による島嶼着上陸訓練が中心となっていた模様である。そのため、日本を筆頭とした西太平洋東アジア地域同盟国・友好国の水陸両用戦能力の強化に期待を寄せているアメリカ海軍・海兵隊は、南海艦隊戦闘即応戦隊の上陸訓練に対して多大な関心を払っている。
中国海軍当局は、「予期していた訓練目的は達成された」とのコメント以上の水陸両用戦訓練の詳細は発表していないが、揚陸艦から陸戦隊員と各種装備を載せて発進したLCACが島嶼に上陸したりヘリコプターにより上陸部隊を支援したりといった基本的上陸訓練が実施されたものと考えられている。
上陸訓練以外にも、南海艦隊戦闘即応戦隊はベトナム、台湾、フィリピン、マレーシア、ブルネイといった国々と領土・領海問題で係争中の西沙諸島・南沙諸島周辺海域を実戦的パトロールすることにより、戦闘即応訓練を積むことになる。
中国海軍によると、戦闘即応戦隊の訓練・パトロール海域は、南シナ海にとどまらずより遠洋の西太平洋そしてインド洋にも拡大するとのことである。

目に見える実効支配が日本にも必要
中国は、領域紛争中の島嶼に行政機関庁舎を築き、軍用飛行場を設置し、大型港湾施設を整備し、軍隊や警察部隊を駐屯させ、巡視船を配備している。そして係争中の海域には、巡視船を常時展開させているだけでなく、海軍パトロール艦隊を派遣して上陸訓練を含んだ実戦的訓練も実施している。
永興島を中心とする西沙諸島や数カ所に守備隊が配置されている南沙諸島の事例は、「中国にとって領域を実効支配しているというのは、軍隊や武装警察によって軍事的に支配していることを意味している」という論理を如実に物語っている。
そして、永興島に大型巡視船をはじめとする海警パトロール部隊を常時配置するとともに、海軍パトロール戦隊によっても西沙諸島や南沙諸島で定期的に各種訓練やパトロールを実施し続けることにより、実効支配をより確実なものとするのである。同時に、国際社会に対してもそれらの海域で海軍力や海上警察力を常時行使している中国こそが正当な領有権国であるとのイメージを定着させようと目論んでいるわけである。
このような中国の島嶼実効支配に関する論理に従うと、尖閣諸島を実効支配しているということは、尖閣諸島になんらかの永続的な施設を保有したり、行政機関ならびになんらかの軍事組織を常駐させたり、周辺海域や島嶼でのパトロールのみならず軍事訓練なども定期的に実施したり、積極的に自国漁民の権益の増進に努めるといった様々な目に見える形の施策を実施していることを意味することになる。
つまり、このような力の論理を振りかざす覇権主義的中国に対して、日本が尖閣諸島の実効支配を示すためには、西沙諸島や南沙諸島で中国が実効支配状態を明示するために実施している各種施策に対応する行動を日本自身が実施しなければならないことになる。
「領域紛争自体存在しない」と主張するだけでは、そしてアメリカ政府高官による「尖閣諸島は日米安保条約の範囲内にある」といった類のコメントを引き出して安心しているようでは、中国に対してはもちろんのこと、近い将来には、国際社会に対しても尖閣諸島ならびに周辺海域が日本の実効支配下にあることを主張することができなくなってしまう。