安倍政権この1年と今後。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 



【日の蔭りの中で】京都大学教授・佐伯啓思


 年のせいとはいいたくないが、1年が飛ぶ矢のごとく過ぎてゆく。若い頃には12月ともなると多少は1年を振り返り、春先はどうだった、夏には何があったのと、時間の経緯をたどりつつ思い起こしもしたものだが、いつのころからは、そうした時間の流れが実感されない。ほんの1年前でも過ぎ去ってどこかへ消えてしまっている。

 もちろんこれは個人的な事情にもよるのであろうが、結構、若い人たちも似たような感想を持っており、どうやら、われわれのこの時代の特質なのかもしれない。ともかくも、日々がさしたる深みも味わいもなく、しかもただただあわただしく過ぎてゆく。

 さて思い起こしてみると昨年の今頃にはちょうど総選挙があり、自民党が政権に復帰したのであった。その後、安倍晋三首相の放った「3本の矢」によって社会のムードは一変してしまった。株価は上昇し、各種経済指標は景気回復を示し、オリンピックの招致決定や和食の無形文化遺産登録で「おもてなし」満載となった。1年少し前のあの沈滞した社会ムードは、3本の矢によってどこかへ吹き飛ばされてしまった。

 かくも急激に社会のムードを変えたのは安倍首相の功績であり、その経済政策への期待感の大きさを示している。しかし逆にいえば、それほど急激に変化する社会ムードに依拠せざるを得ない政治は、本質的に危うさを含んでいるともいえる。3本の矢の成果が今のところもっぱら株式市場におけるいくぶんバブル的な動向に示されている、という事実もまた危うさを秘めている。

 確かに経済は復調しつつあるようにみえ、それはそれで結構なことなのだが、この十数年、日本経済を低迷に陥れた状況そのものはほとんど変わっていない。また日本経済を取り巻く不安定要因も決して減じているわけではない。少子高齢化や人口減少からくる需要の低迷、グローバル化のもたらす過度なまでの競争圧力、各国による過剰な流動性供給による金融市場の不安定化、中国経済の先ゆき懸念、先進国の財政問題など、不安定要因を列挙すればきりはないのである。

 今日の日本経済はいわば成熟経済であり、これから先、長期的にみてさして成長が見込まれるわけではないし、また無理に成長する必要もない。医療分野や教育分野など、成長戦略に名指しされている分野は、本来は「成長産業」などとは無縁の「公共的領域」なのである。

 その一事からもわかるように、今日、真に必要なのは公共的領域の充実であって、高齢社会化、自然災害、地方の疲弊などに対処する公共的なインフラストラクチャーの整備こそが急務であろう。

 こういう社会は過度なまでの競争社会ではなく、むしろ共生社会でなければならない。せっかく景気が上昇しムードがよくなったいまこの時期にこそ、将来へ向けた新たな経済社会像を提示することが政治の責務というべきである。(さえき けいし)