原爆犠牲者への追悼「心からの感謝」
陛下のインド大統領主催晩餐会お言葉全文。
ムカジー大統領(手前左端)主催晩さん会に臨み、両国国歌を聞かれる天皇、皇后両陛下=2日午後8時21分、ニューデリーの大統領官邸(代表撮影)
インド・ニューデリーの大統領官邸で天皇、皇后両陛下を招いて2日夜(日本時間同日深夜)から開かれたムカジー大統領主催晩餐会(ばんさんかい)。天皇陛下は日本語であいさつされた。天皇陛下のお言葉全文は次の通り。
日印国交樹立六十周年を迎えた機会に、大統領閣下の御招待により、皇后と共に貴国を訪問できましたことを、誠に喜ばしく思います。今夕は私どものために晩餐会を催してくださり、また、ただ今は大統領閣下から丁重な歓迎の言葉を頂き、深く感謝いたします。 私は、五十三年前、昭和天皇の名代として、プラサド大統領の我が国御訪問に対する答訪として皇太子妃と共に初めて貴国を訪問いたしました。プラサド大統領、ラダクリシュナン副大統領、ネルー首相より手厚いおもてなしを頂き、またネルー首相により開かれたレッド・フォートにおけるデリー市民の大会を始めとして、訪れた各地において人々から温かく迎えられたことが懐かしく思い起こされます。
皇后はかつて学生時代にネルー首相の「父が子に語る世界歴史」に出会っており、この旅でネルー首相と度々席を共にしたことは、今も忘れ難い思い出となっていることと思います。 貴国と我が国とは地理的に離れ、古い時代には両国の間で人々の交流はほとんどなかったように考えられます。しかし、貴国で成立した仏教は六世紀には朝鮮半島の百済から我が国に伝えられ、八世紀には奈良の都には幾つもの寺院が建立され、仏教に対する信仰は盛んになりました。八世紀には、はるばるインドから日本を訪れた僧菩提僊那(ぼだい・せんな)が、孝謙天皇、聖武上皇、光明皇太后の見守る中で、奈良の大仏の開眼供養に開眼導師を務めたことが知られています。この時に大仏のお目を入れるために使われた筆は今なお正倉院の宝物の中に伝えられています。
古代におけるこのような例を除き、次に貴国の人々と我が国の人々との間で交流が盛んに行われるようになるのは、我が国が二百年以上続けてきた鎖国政策を改め、諸外国と国交を開くことにした十九世紀半ば以降のことです。第二次世界大戦前、我が国を訪れた貴国の詩人タゴールは、我が国の人々に深い敬意をもって迎えられました。私どもは先の訪問で、コルカタのタゴールハウスを訪問しましたが、タゴールが作詞作曲したインドの国歌がインドの楽器の伴奏で美しく歌われるのを聞いたことを、記憶にとどめています。 前回の貴国訪問の旅はこのコルカタ訪問に始まり、ムンバイ、デリー、アグラ、ブタガヤ、パトナ等、かなり広い地域にわたりました。私どもは二人ともまだ二十代半ばの若さであり、この国の深さを十分に知るには程遠くありましたが、この旅で当時のプラサド大統領始め、独立当時からの国の指導者たちと接し、この国の来し方を学ぶとともに、この方々の民主主義、国際主義、さらには非暴力を旨としたガンジーの思想の流れをくむ平和主義を理想とする国造りへの高い志に触れたことは、今日もなお私どもの中に強い印象として刻まれています。
この度の旅行では、前回行くことのかなわなかったインド南部のチェンナイを訪れます。インドの多様性を知る上で、更なる経験を持つこの機会を楽しみにしています。 終わりになりましたが、貴国議会が年ごとの八月、我が国の原爆犠牲者に対し追悼の意を表してくださることに対し、国を代表し、とりわけ犠牲者の遺族の心を酌み、心からの感謝の意を表します。 この度の私どもの訪問が、両国国民の相互理解を更に深め、信頼と友情の絆を一層強める一助となることを願いつつ、ここに大統領閣下並びに令嬢の末永い御健勝と、貴国国民の幸せを祈り、杯を挙げたいと思います。
インドのムカジー大統領主催の晩餐会で乾杯される天皇、皇后両陛下=2日夜、ニューデリーの大統領官邸 (代表撮影)
両陛下、インドの交流センターご訪問。
ニューデリーの日本人学校で生徒たちから花束を受け取られる天皇、皇后両陛下=3日午後、インド・ニューデリー(松本健吾撮影)
【ニューデリー=今村義丈】
インド公式訪問中の天皇、皇后両陛下は3日午前(日本時間同日午後)、国際的な文化交流拠点「インド国際センター」を訪問された。また、皇后陛下は同センターで、国際児童図書評議会(IBBY)インド支部のマノラマ・ジャファ事務局長(81)らと再会し、懇談された。 両陛下にとって、同センターは53年前の前回公式訪問で定礎式に参列された思い出の場所。定礎式の日付と陛下のお名前が英語で刻まれた礎石を、懐かしそうに眺められた。
その後、両国関係に寄与した人々とご懇談。日本で両陛下に会ったという日本画家のマドゥ・ジェーンさん(66)は懇談後、「インドでも会えてとてもうれしい」と話した。同日午後(同日夕)はニューデリー日本人学校を訪問、子供たちの踊りなどをご覧になった。
◇皇后陛下笑顔の再会
皇后陛下は1998年9月、ニューデリーで開かれた国際児童図書評議会(IBBY)世界大会で基調講演される予定だった。しかし、インドが同年5月に核実験を行ったことから、ご訪印が急きょ中止に。それだけに、今回のご訪印では、IBBYインド支部関係者とのご懇談に強い思いを抱かれていた。 15年前の訪印中止後、皇后陛下は日本で撮影したビデオでの講演という形をとられた。皇后陛下に手紙で講演を要望したのが、マノラマ・ジャファさんだった。皇后陛下が少女時代の読書の思い出を語られたビデオ講演は大きな反響を呼び、英語と日本語で全文を収録した単行本「橋をかける」が出版された。 皇后陛下は英語で「ニューデリーでお会いできてうれしいです。今回こそがチャンスでした」と話し、ジャファさんと抱きつくように握手された。「ユー・アー・フレンド」とお言葉をかけられたというジャファさんは「次の機会にもぜひお招きしたい」と語った。 東京から駆けつけたインド支部終生会員の鈴木千歳さんも「皇后陛下はフレンドリーで、みんな喜んでいた」と話した。
日本人学校を訪問し、和太鼓の演奏に拍手される天皇、皇后両陛下=3日午後3時21分、ニューデリー(代表撮影)
ニューデリーの日本人学校で生徒たちのよさこいソーラン踊りを御観覧になる天皇、皇后両陛下=3日午後、インド・ニューデリー(松本健吾撮影)
日本人学校の訪問を終えられた天皇、皇后両陛下を見送る児童、生徒たち=3日、インド・ニューデリー(代表撮影・共同)