お蔭(かげ)参り | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 











式年参拝に「世直し」願望を見る 

東京大学名誉教授・小堀桂一郎




 第62回式年遷宮の盛儀が無事に終了した。その頂点をなす御神体遷御の儀は、内宮では老杉の間を吹き抜ける夜風を快く感ずる程の暖い宵に、外宮ではしめやかな秋雨の降る、いづれも月の無い真の浄闇の中で滞りなく斎行された。

 ≪史上最多はお蔭参りの再来?≫

 実際の着手(平成17年)から8年かけての大事業が途中何の支障もなく成就したといふ事だけでも特筆に値する国家的慶事なのだが、それは一応措(お)くとして、戦後4回目である今回の御遷宮の過去3回とは少し異なる歴史的意味について、御盛儀の現場からの報告めいた観察を記しておきたい。

 第一に参拝者の数の激増である。これは遷御の儀の当日のみを指して言ふのではなく、式年である本年中での参拝者の数の話なのだが、平成22年に、明治29年の統計開始以来最高とされる883万人を記録し、23年に788万、24年に803万人と少しく減じたが、本25年には年間1300万人を超えるとの予測が立てられてゐる。全て統計上の数字には算出途上の種々の原因による誤差がつきもので、数字の増減自体を論じても意味はないが、とにかく史上最多の参拝者が本年中に神宮に詣でることは確かであり、そこに何らかの「意味」を読み取る試みはなされてよいであらう。

 既に話柄となつてゐるのが、これは「お蔭(かげ)参り」の再来ではないか、との観測である。お蔭参りとは、江戸時代に大規模のものが4回(慶安3年、宝永2年、明和8年、文政13=天保元年)生じた、民衆の集団的伊勢参宮であり、最後の天保元年の例では参加者は5百万人と推定されてゐる。以上の年度を西暦紀元で言ふと、1650、1705、1771、1830年となるので、ほぼ60年毎に起つてゐることになる。

この集団的熱狂の研究には既に多くの成果が提出されてをり、現象としては十分に把握されてゐる。慶安の大流行だけは式年遷宮の翌年に当るが、その他の場合を見るにどうも式年遷宮との連動や因果関係はないらしいとされてゐる。天保の爆発的大流行の後37年の間隔を置いて慶應3年に燥狂的乱舞(「ええじゃないか踊」)を伴ふ集団道中が生じ、これをもお蔭参りの一種とすると、その時は時代の激動に刺激された民衆の世直し願望の爆発だつたのだと見る解釈も自然に生じてくる。

 ≪政権への期待と式年への祝意≫

 今回予測されてゐる参拝者の空前の増大にも、式年の御盛儀への率直な祝意と合せて、どうも民衆の世直し願望といつたものが集合意識として働いてゐるのではないか。それが一部の観察者をして、お蔭参りの現代版の発生との判断を誘つてゐるのでもあらうか。

 思へば、平成22年は国政に対する国民の欲求不満が異常に高まつた年である。23年は東日本大震災の禍を受けた人々を意識しての遠慮めいた氣分があつた。24年に不満は再び嵩(こう)じた。ところが、25年に入ると政権交代の結果としての新政権への期待が、不満ならぬ希望としての世直し願望を喚起し、式年への祝意と複合して、空前の神宮参拝熱として燃え上つた…。

 筆者が自身の思ひ込みに引きつけすぎたいい氣な解釈かもしれない。だが、今回の遷御の儀をはさんでの数日間の神宮に於(お)ける「場の空氣」の昂揚(かうやう)はそれを実感させるに十分な熱氣を持つてゐた。

誤解なき様(やう)に記しておくが、平成のお蔭参りが江戸時代のそれと明らかに違ふのは、これが集団的熱狂ではなくて参拝者各個人の内発的な心情の発露だ、といふ事である。流行に乗つてゐるのではなく、徒党を組んで動くのでもなく、一人一人の思ひのたけの集積が、あの広い宮域を埋め尽くすほどの人波となつて神前に向かつてゐると見てとれた事である。

 ≪首相参列は再生への決意表明≫

 今回の国民的伊勢参宮の奔流の中での象徴的慶事を強調しておきたい。それは昭和4年の式年遷宮遷御の儀に於ける浜口雄幸首相以来84年ぶりに、現職の総理大臣たる安倍晋三氏が、2日の宵の内宮の遷御に参列された事である。

 内閣官房長官は、政教分離原則を言ひがかりに何かと安倍氏の誹謗(ひばう)に走る反国家的新聞の論調を氣にしてであらう、首相参列を「私人としての立場で」と説明してゐるが、今や国民の側に、首相の今回の立派な姿勢について公私の弁別を問ふ様な姑息(こそく)な感覚は消えてゐると知るべきである。

 皇室の祖先神に向けての此度の安倍氏の敬虔(けいけん)な尊崇の姿勢は、正に劃期(かつき)的と呼んでよい立派な事である。それは「日本を取り戻さう」との大合唱の音頭取りにふさはしい、その決意の無言の表明だつたと読む事ができる。

 自然の大災害の禍殃を辛うじて克服しつつある我が国に、今は国際関係に由来する新たな国難が複雑な位相を以て迫つてゐる。心ある国民の誰しもが、国民の総力を挙げてこの難局に対処しなくてはならないとの認識を持つてゐるその時に当つて、皇祖の神への国民の熱烈な崇敬と首相の敬虔な行動が相呼応する形で共鳴した。そこに今回の盛儀の深い意味がある。(こぼり けいいちろう)