トロイの木馬 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 








日本大学教授・百地章 護憲派が送った「トロイの木馬」




《公務員の国民投票運動に疑義》

 憲法改正のための国民投票をめぐり、自民党は公務員が投票運動に参加し、賛否の働きかけや意見表明を行うことができるよう改正原案をまとめた(10月14、16日付読売新聞)。しかし、公務員の国民投票運動への参加は、その政治的中立性に反するだけでなく、国家公務員法、地方公務員法の定める「公務員の政治活動の制限」に抵触する疑いが強い。したがって慎重な検討が望まれる。

 自民党が連立を組む公明党に譲歩し公務員にも投票運動を認めようとしているのは、それが憲法改正手続法制定時の宿題の一つとされたからだ。同法の附則には、公務員が「憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう…検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」(11条)とある。

 当初、自民党原案では、国家公務員法および地方公務員法で「政治的行為」を制限されている公務員が国民投票運動に参加することに否定的であった。ところが、同法の成立を急ぐあまり、自民党は民主党や公明党の要求に次々と譲歩し、与党修正案では、一度は国公法、地公法の定める公務員の政治的行為の制限が適用除外とされてしまった。

だが、もし公務員による国民投票運動という名の政治活動が全く自由となった場合、どうなるか。国公労連や自治労などの主導の下、全国各地で公務員による憲法改正反対運動が展開され、行政の混乱が生じたり、行政の中立性に対する国民の信頼が失墜したりするのは間違いない。そこで自民党の保守系議員が反対し、適用除外規定は削除されることになった。ところが、成立段階で再び民主党や公明党などの護憲派が巻き返し、最終的に先に見たような「附則」が盛り込まれてしまった。

 《御法度の政治的行為に相当》

 とはいうものの、附則には、必要な措置を講ずるのは「同法が施行されるまでの間に」とある。その宿題をサボっておきながら、施行後3年以上もたってなおこれに拘(こだわ)るのは筋違いではないか。

 百歩譲ったとしても、国家公務員や地方公務員については、国公法、地公法により政治的行為が大幅に制限されている。それゆえ、公務員の「賛否の勧誘や意見表明」を認めるとしても、同法が禁止する政治的行為に当たるような投票運動は当然認められない。
具体的には、国公法(102条1項)および人事院規則(14-7)では、「政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張しまたはこれに反対する」ことは「政治目的」とされている。国民投票運動を通して憲法改正を目指したり改正を阻止したりすることは、この「政治目的」に当たると考えられる(鹿児島重治他『逐条国家公務員法』参照)。

 それゆえ、このような目的で、「署名運動の企画・指導」「示威運動の企画」「国の庁舎・施設への文書の掲示」「文書・図画の掲示・配布」さらに、「旗・腕章等の製作・配布」などを行うことは人事院規則で禁止されており、「賛否の勧誘や意見の表明」にしても、そうした形態の投票運動はできないことになる。

 例えば、国家公務員の組合が国の庁舎や施設に「憲法改正反対」の文書を掲示したり、庁舎や施設の前などで反対のビラ配りをしたりする行為、あるいは庁舎や施設に幟(のぼり)を掲げたり、垂れ幕を下げたりする行為などは許されない。

 《官公労が改憲阻止に出る?》

 地方公務員は「公の投票において特定の事件を支持又は反対する」目的で行われる「勧誘・署名運動、庁舎利用等の行為」が禁止されている(地公法第36条2項)が、「憲法改正国民投票」は「公の投票」に当たると考えられる(鹿児島重治『逐条地方公務員法』参照)。それゆえ、憲法改正を支持したり反対したりする目的で自治労などが署名運動を行ったり庁舎施設などに文書・図画を掲示したりすることは許されない。
確かに、人事院では「国家公務員が憲法改正に関する賛否等の意見表明のみを行うこと」は、人事院規則にいう政治目的に当たらないとしている(6月6日、衆議院憲法審査会)。しかし、もし国家公務員が「安倍晋三内閣の推進する憲法改正に反対しよう」などと呼びかけた場合はどうなるのか。これは単なる「賛否の表明」でなく、人事院規則にいう「特定内閣の不支持」に当たろう。

 こう考えると、「賛否等の意見表明のみ」なら構わないなどといっても、決して簡単ではない。できるのはあくまで「個人的な意見表明」だけであり、組織的な運動や庁舎等の利用は許されない。この点、原案が公務員の地位利用に罰則を新設したのは妥当である。

 本音では国会での改憲阻止をあきらめ、国民投票で決着をつけようとする護憲派は、少しでも有利な国民投票制度を考えており、彼らが公務員の投票運動に拘るのは、当然であろう。しかし、原案のままでは、公務員の国民投票運動が、護憲派の仕掛けた「トロイの木馬」になりかねまい。(ももち あきら)