「税収減」の愚を繰り返すな。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









【日曜経済講座】編集委員・田村秀男 

アベノミクスと消費増税を考える。




■「税収減」の愚を繰り返すな

 来年4月の消費税率引き上げに予定通り踏み切るべきかどうか。安倍晋三首相の周辺では、「実行」派と、少なくとも1年は増税実施を見送り2015年以降に一挙に10%に引き上げればよい、とする延期派に二分されている。

 延期派は、アベノミクスによってせっかく脱デフレと景気の本格回復の道筋が見え始めたのに、増税すれば、個人消費が冷え込み、デフレ圧力を招き入れてしまうと恐れる。内閣参与の浜田宏一エール大学教授や本田悦朗静岡県立大学教授はそんな懸念を抱いているようだ。僭越(せんえつ)ながら、本紙コラムや月刊正論などで以前から「消費増税はアベノミクスを潰す」と警告してきた拙論も同じ意見だ。

 中立的な立場の日銀政策審議委員の白井さゆり氏も最近の講演で、「消費税率の上昇分が大きい14年度については、家計のマインドに物価面から現在想定している以上の下押し圧力が加わることで内需が減少し、その影響が長引く可能性」を指摘した。税率8%への引き上げで消費者物価は約2%上昇する計算になる。日銀は消費増税の影響抜きで2%のインフレ目標を掲げており、合計すると4%の物価上昇を家計が予想するようになる。給与など家計の所得が4%も一挙に増える見通しはないので、家計は消費を抑えるようになるという、至極真っ当な経済論理である。

安倍首相に極めて近いある有力議員は、景気やアベノミクス効果への悪影響を心配しながらも、「政治的には延期は無理」と打ち明ける。増税延期ともなれば、自民党の伝統的な増税推進議員が騒ぎ出し、党内の結束が乱れる。ひいては安倍首相の党内基盤が弱くなり、アベノミクスの実行はもとより悲願の憲法改正を推進しにくくなるというわけである。経済へのマイナス効果を減殺するために、消費増税実施に合わせて、中低所得者向けに増税負担分を給付する制度を、来年度予算に盛り込むという考え方も浮上している。いかにも政治家らしいが、「増税してばらまくくらいなら、増税しないほうがまし」という異論も出よう。

 何が何でも増税をめざす財務省の幹部は、「増税延期となると、日本が財政再建に消極的と海外の投資家から不信を買い、国債相場が暴落しかねない」と安倍首相の説得に躍起となっている。増税推進派議員やメディアの多数はこの論理に極めて順応的だ。増税派は、最近の国債相場が不安定になっていることも引き合いに出すが、0・8%~1%の超低利回りで推移する償還期間10年の国債の相場が2%のインフレ目標との見合いで上下に揺れ動くのは市場特有の現象であり、日銀の国債買い入れ手法次第で対応できるはずである。

一番肝心な点は、財務省の主張通り消費増税すれば財政再建の道筋が見えるかどうかだ。それが確かなら、消費増税の予定通りの実施に異論をはさまない。拙論は以前からデフレ圧力が根強い中での消費増税はデフレの進行を加速し、経済のパイを萎縮させ、現役世代を苦しめるばかりか、消費税、所得税、法人税の基幹税収総額を減らす結果、財政収支が悪化すると指摘してきた。1997年度の消費税率引き上げ(3%から5%)の後に起きたのが「15年デフレ」と税収の大幅減だった。この指摘については、浜田教授も同意されておられる。

 金融資産バブル崩壊後のデフレ圧力は当時の日本ばかりでなく、2008年9月のリーマン・ショック後の米欧でも高まっている。にもかかわらず、英国は11年1月から付加価値税(消費税に相当)率を17・5%から20%に引き上げた。それまでは、中央銀行であるイングランド銀行が大量にお札を刷って資金供給量(マネタリーベース)を3倍近く増やして景気回復させたが、11年以降は景気は減速局面に舞い戻った。

 消費者物価は増税に伴い11年に4%台、12年からは2%台で推移しているが、名目国内総生産(GDP)の伸び率を上回る状態が続いている。所得税と法人税などを含む税収総額は12年9月には前年比マイナスに落ち込んだ。今年はさらに悪化し法人税収は前年比大幅減、付加価値税引き上げ効果も物価上昇分だけにとどまっている。発券銀行のイングランド銀行はあわててマネタリーベースを猛烈な勢いで増やしているが、量的緩和の効き目は増税前のようには出なくなった。

 増税したのに税収が減り、財政収支が悪化する。それこそが「日本国債売り」の危険を招き寄せる。その愚を繰り返すべきでない。