【石平のChina Watch】企業家階層の「NO」の先
中国で今、民間企業家の任志強氏が注目されている。
不動産開発大手企業の会長を務める傍ら、産業界のオピニオンリーダーとして大活躍しているからだ。
不動産市場の動向や経済問題に関する任氏の発言は常にマスコミによって大きく取り上げられ、そのミニブログ(微博)のフォロワー者数は1千万人以上もいる。
マスコミに奉られた、あだ名が「任大砲」であることからも分かるように、任氏はまた、数々の暴言を放つことでも有名だ。
数年前のバブル最盛期、不動産価格が暴騰しているさなか、一部の世論が「それでは貧困層の住む家はないのではないか」と反発したところ、任氏は「われわれは別に貧乏人のために家を造っているわけではない。金持ちのためにのみ家を建てるのだ」と放言した。不動産価格の高騰で「農村から都市部に来る人は家が買えない」との不満の声が上がると、今度は「それなら農村に帰ればよい」と突き放した。
「任大砲」は、政府部門やその高官たちに容赦のない砲火を浴びせることもある。今から5年前、政府関係機関が不動産開発業者を招いて開いた座談会の席上、任氏は中央銀行の経営陣の一人と口論し、この女性幹部を泣かせてしまった。
昨年12月には、「過去10年間、政府の行った不動産価格抑制策は全部間違っていた」として、中央政府の経済政策を真っ正面から批判。今年の1月も彼は、北京市国家資産管理委員会が北京銀行の幹部人事に干渉したことを取り上げて、管理委員会に対する痛烈な批判を展開している。
さらに4月6日、中央官庁の一つである「住宅と都市・農村建設部」の姜偉新部長が政府の政策実施によって住宅価格が今後下がるだろうとの見通しを示すと、任氏は直ちに「この人の話なんか信じられるもんか」と、大臣クラスの高級幹部の発言を一蹴してみせた。
翌日の同7日には、経済学者の張維迎氏が「企業家は投資に失敗すれば飛び降り自殺するしかない」と発言したのに対し、任氏は自分の微博で、「それなら政府の幹部はまず、全員飛び降り自殺すべきだ」と言い放って世間の喝采を浴びた。
このように、政府機関やその高官たちを“へとも思わぬ”ような傲岸不遜な態度でこき下ろす。このような民間企業家の出現は、共産党独裁体制成立以来だけでなく、「官尊民卑」の伝統を有する中国数千年の歴史の中でも初めての出来事であろう。
市場経済が発達して民間企業が中国経済の6割を支えるようになった状況下で、企業家階層は独立性をもつ一大勢力に成長してきている。
その中で、自分たちの力の大きさに目覚め、政治権力を上から見下ろすほどの自信を持った任氏のような大胆不敵な経営者は、まさに新興の企業家階層の代表格である。
もちろん今のところ、任氏たちは時々、痛烈な政府批判を行うものの、基本的には政権との「共存関係」を保ちながら現体制の中で生きていく道を探っている。
しかしこのような「共存関係」がいつまで続くのかが問題だ。各国の資本主義発達の歴史的経験からしても、経済的力を手に入れた民間企業家がより多くの政治権利を求めてくるのは必至である。
中国の企業家階層も今後ますます、独裁権力の抑圧と腐敗官僚の搾取に耐えかねて自分たちの権利をより強く主張したくなるし、自らの権益を守るために政府の独善的な政策決定に「NO」と突きつけたくなるのであろう。
こうしたなかで、いわば旧制度と新興勢力との対決はいずれか決着をつける日を迎えるだろう。
その時こそ、本物の「大革命」がやってくる。
【プロフィル】石平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。