高崎経済大学教授・八木秀次
天皇、皇后両陛下ご臨席の下、政府主催で催された4月28日の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」について、内外に誤解が広がっている。1つは、政府の案内状に61年前のこの日に、わが国の「完全な主権」が回復、と記述されていたことを、本土の主権が回復しただけで沖縄、奄美、小笠原は切り離されたわけだから、沖縄などにとっては「屈辱の日」であり、沖縄が昭和47年に本土復帰した5月15日こそが「本当の主権回復の日」だというものだ。
≪主権回復なくて沖縄復帰なし≫
確かに、理屈は通っているが、案内状の表現は、その発効によってわが国の主権が回復したサンフランシスコ講和条約第1条b「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する」を踏まえたもので、「4・28」がなければ、その後の「5・15」もなく、これまで政府主催の記念式典のなかった「4・28」に式典を行うことを否定する理由にはならない。
2つ目は、式典を日本の「右傾化」「軍国主義化」と捉えるものだ。韓国のメディアは式典の最後に会場から自然発生的に起きた、「天皇陛下万歳」の声をナチス・ドイツの「ハイル・ヒトラー」と同じだ(韓国日報)とし、「北東アジアでは今、日本軍国主義の幽霊が暴れている」(中央日報)と書いている。いずれも本質を見ていないこじつけでしかない。
昭和27(1952)年4月28日、わが国は6年8カ月に及ぶ占領を終えて主権を回復し、国際社会に復帰した。復帰したのは「サンフランシスコ体制」という国際秩序であり、わが国は自由主義陣営の一員となった。同時に結ばれた日米安保条約によって、アメリカの同盟国ともなった。
≪ポツダム体制再興狙う中国≫
言うまでもなく、わが国が敗戦し占領されるに至った第二次世界大戦は、連合国と枢軸国との戦いであった。連合国が勝利し、戦後の国際秩序は連合国が主導して作られた。「ポツダム体制」だ。これに基づいて国連が組織され、安全保障理事会の常任理事国には連合国が就いた。が、「ポツダム体制」は東西冷戦によって崩壊し、代わって誕生したのが「サンフランシスコ体制」である。この下でわが国は戦後70年近く、外国と一度も戦戈(せんか)を交えることなく平和国家として今日に至っている。
近年、中国が執拗(しつよう)にわが国に歴史問題を突きつけている。第二次大戦中や、それ以前に中国大陸を侵略し中国人民を虐待・虐殺した犯罪国家だと世界各国に悪宣伝している。「南京大虐殺」がそのシンボルだが、韓国も倣って「慰安婦」でわが国を犯罪国家だと中傷している。その意図は何か。中国は歴史問題を持ち出すことで、「サンフランシスコ体制」の打破と「ポツダム体制」の再興を狙っている。周辺諸国やアメリカを取り込み、日米同盟を解消させて日本を孤立させようとしている。
「サンフランシスコ体制」が維持される限り、日本はアメリカの同盟国であり、中国は対立する存在でしかない。何としても、アメリカをこの体制から転換させ、日本との同盟を解消させなければならない。それには、中国に親近感を持たせ、日本を米中共通の敵と認識させることが必要だ。中国がアメリカ世論に向けて日本の歴史問題を持ち出すのは、「ポツダム体制」への回帰を促すためだ。
2010年9月、中国はロシアと戦後65周年という中途半端な区切りで、「第二次大戦の歴史の歪曲(わいきょく)、ナチスや軍国主義分子とその共犯者の美化、解放者を矮小(わいしょう)化するたくらみを断固として非難する」との共同声明を出している。ロシアを、同じ第二次大戦戦勝国として取り込み、日本を軍国主義を反省しない「共通の敵」として孤立させるためだ。
≪式典の意義、価値観の発信に≫
こうした中国の動きに、安倍晋三首相は正面から対峙(たいじ)するのではなく、わが国は「サンフランシスコ体制」の一員であり、多くの国々と基本的価値を共有する平和国家であると強調することで対抗しようとしている。
首相は1月28日の所信表明演説で、「自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった、基本的価値に立脚し、戦略的な外交を展開していく」と述べた。これまで訪問した東南アジア諸国連合(ASEAN)3カ国、アメリカ、モンゴル、ロシア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコの首脳や訪日した北大西洋条約機構(NATO)事務総長との会談でも、価値観の共有を確認している。4・28の式典の式辞でも「普遍的自由と民主主義と人権を重んじる国柄を育て」と述べている。日本は「サンフランシスコ体制」の一員であり続けると主張しているのだ。
4・28はわが国が「サンフランシスコ体制」の一員としての歩みを始めた日だ。日本は中国のいう軍国主義とは無縁な、多くの国々と基本的価値を共有できる国である。そんなメッセージを国際社会に発すること、それが式典の意義であったと理解すべきだ。
(やぎ ひでつぐ)