警戒・監視だけでは中、露への抑止力にはならない。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20130213/plt1302130708000-n1.htm
東シナ海上空を編隊で訓練飛行する海上自衛隊の哨戒機P3C=今年1月
もし、「目の前のいずれかの家に押し入って占拠せよ!」などといわれたら、「監視カメラのある家」と「ない家」どちらを選ぶだろうか?
よほどのチャレンジャーでない限り、後者を選ぶのではないか。しかし、監視カメラはないがその家には屈強な住人がいて、何やら戦う道具もそろえているらしいと聞いたらどうだろうか。いくら入りやすくても、それは人を思いとどまらせるに足るインパクトがある。
国の防衛もこれに似ていて、いかに「手出しさせないか」が肝要だ。ところが、このところの中国やロシアなどによる主権の侵害行為に対し、よく言われるセリフが「警戒・監視態勢の強化」だ。これは外交上は無難な物言いではあるが、本気でそれしか対応策ができないなら問題がある。それはまさに、監視カメラを増やして盗人を追い払おうという発想に他ならないからだ。
今さら言うまでもなく、自衛隊はこれまでもずっと24時間365日、警戒・監視態勢をとっている。10年続いた予算縮小の中で人員のやり繰りや燃料の確保など現場の苦労は想像に難くなく、今般の防衛予算増額により現場の苦労が軽減されることは歓迎だ。
しかし、そもそも相手に「手出しさせない」本質は別のところにある。
海上自衛隊のヘリや艦艇が中国海軍艦艇のレーダー照射を受け、「ロックオン」されたことはショッキングな出来事だが、翻ればこのことは、日本が海上や上空での警戒・監視を増やしても同様の事案は防げないことをハッキリさせたようにも思う。
つまり警戒・監視だけでは抑止力にならないのだ。
中国側は、海自の艦艇やP3C哨戒機の動きなどをむしろ「圧力」と捉え、イラだったために今回のような行動に出たとの見方もある。それは中国の言い分からすれば、こちらが警戒すればするほど嫌がらせをエスカレートさせるということにもなる。
だから警戒・監視態勢を弱めてもいいなどというわけではない。しかし、少なくともそれだけでは日本を守れない。
大体、従来の発想は、侵入しようとするものに対し見回りを増やして「あっちへ行ってください」と促すことでしかない。また、事を荒立てないよう避けたり除けたりしているのである。相手を遠ざけるために多大な税金を費やすのはどこか変ではないだろうか。
やはり最後に大事なのは、「どんな住人がいるのか」だろう。「対処」だけに終始することに危うさを感じている。
在外日本人の危機でも「救出」できない自衛隊。
北朝鮮が核実験を強行したという。もし半島有事となれば、在韓邦人や拉致被害者の避難や保護が必要となるが、現状ではどれだけのことができるのだろうか…。
昨年は海外で暮らす日本人が過去最高を記録し、118万人以上に達したという。企業が生産拠点を次々に海外に移転させていることからも、今後ますます多くの日本人が世界各地に広がることになるだろう。
しかし、アルジェリア人質事件により自衛隊の活動が著しく制限されていることを知り、不安を覚えた日本人も多いのではないか。
自国民が外国で危険にさらされたとき、諸外国では「自衛権の行使」として、当事国の許可がない場合でも、単独あるいは他国の協力を得て速やかに救出活動を行うのが通例だ。自国民ばかりか国籍を問わずとにかく助け出し、むしろ外国人の方が救出者が多くなる場合も多いようだ。
一方、わが国の自衛隊は安全が確保された場所でしか活動できないため、避難した人々に空港や港まで来てもらわなくてはならない。そこから日本に帰るまでは船や航空機を使うことができるようになったが、こうした場面でも民間機を使ったり、外国の航空機に乗せてもらうなどしていた。今回、政府専用機を派遣し、自衛隊による「輸送」を実現しただけでも画期的であった。
ただし、自衛権を行使して自国民を守れないばかりか、日本人を安全な場所に連れてきてくれた他国兵士が襲われてもただ見ているしかないという姿勢は、国際常識に照らして到底理解を得られないだろう。
武器の使用に関しては、「安全な場所」から船や航空機に誘導する間に襲撃されたら、その場合は「武器等防護」や「保護下の邦人」を守るということで「正当防衛・緊急避難」のみ可能だ。つまり、外国にいる日本人に危険が及んでも、できるのは「輸送」だけで「救出」はできないのである。
防衛駐在官を増やすことも検討されるようだが、それだけで画期的な解決策になるわけではない。やはり、自衛隊の権限を見直さない限り、最後は諸外国に依存しなければならない状況は同じだ。
ここまで述べると、すぐにでも法改正をすべきだと感じるのが人情だが、変えればすぐに明日から大丈夫というわけではない。衛星やヒューミントといわれる人の力による情報収集、分析、救出に向けた訓練…。いつどこで起きるか分からないテロに、自衛隊が今の規模のままで臨むのは極めて苦しい。
国としての態勢を整えるのが理想だが、当面、こうした事案を得意とする民間組織の活用も視野に入れてもいいのかもしれない。
■桜林美佐(さくらばやし・みさ) 1970年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。著書に「誰も語らなかった防衛産業」(並木書房)、「日本に自衛隊がいてよかった」(産経新聞出版)など。