【日曜経済講座】編集委員・田村秀男
■根拠なきメディアの警告
安倍晋三首相の経済政策構想「アベノミクス」は株式市場ばかりでなく多くの世論の支持を得ているが、平家の故事よろしく「水鳥の羽音」に備えろと言わんばかりの報道が目立つ。代表例が日経新聞の経済論壇、「経済教室」欄で1月16日付から4回にわたって連載された「安倍政権経済政策の課題」である。見出しは、「日本売りリスク」「物価高騰も」「日銀の独立性は重要」「資産バブル招く」。3年前から安倍首相とほぼ同様の政策を提起してきた者として、特にこの4点を看過するわけにいかない。
◆国債売りは自ら墓穴
「日本売り」とは、2%のインフレ目標を設定して国債発行を増やせば、国債利回りが急騰、つまり国債が暴落する、という意味である。白川方明日銀総裁は昨年11月20日の記者会見で、「3%」のインフレ目標だと、長期金利がまず上がって国の利払い負担を引き上げ、さらに国債を大量保有する金融機関に巨額の資産評価損をもたらすと説いた。「経済教室」論文は「白川論法」にバイアスをかけ「2%」でもその恐れがあるという。
日本国債の9割以上は国内の金融機関が保有している。国内銀行が国債を一斉に売れば確かに国債相場は暴落するだろうが、自ら墓穴を掘ることになる。民間金融機関は世界最大の貸し手として約200兆円の対外純債権を保有しているほどで、日本国債を買い支える余力は十分ある。
さらに日銀は2%のインフレ率に近づくまでお札を刷って国債を買い上げる緩和政策を続ける役割を担っている。米国は2008年9月のリーマン・ショック後、ドルを3・2倍も発行したが、最近では長期国債を重点的に買い上げ、エネルギーと食料品を除く消費者物価指数(コアコアCPIと呼ばれる国際的インフレ指数)上昇率より低い長期国債利回りを実現している。小出しにしか量的緩和しない日銀の政策を転換するだけで国債暴落は避けられる。手堅い日本国債が暴落するなら、増税の代わりにドル札を刷っては長期国債を買い上げる世界最大の債務国米国、ユーロ札を刷ってはギリシャなど重債務国の国債を買い上げる欧州ユーロ圏を含め、世界は終わるだろう。
◆米でさえ2%未満
「物価高騰」!? そもそも物価上昇率を2%以下で抑える手段とするのがインフレ目標である。1年前に2%のインフレ目標を設定した米連邦準備制度理事会(FRB)はリーマン後、短期間のうちにドルを3倍以上発行し、12年12月にはさらに失業率が6・5%に改善するまでは量的緩和とゼロ金利政策を続ける政策を打ち出した。もともとインフレ体質の米国だからお札の大量発行は悪性インフレを招くという懸念が根強いのだが、それでもインフレ率は2%未満にとどまっている。
「中央銀行の独立性」はまさに金科玉条だ。日経などメディアの多くは安倍首相が日銀に大胆な政策転換を求めるたびに連呼してきた。1998年4月の現行日銀法施行で日銀の独立性が保証されて以来、176カ月過ぎたが、インフレ率が前年比でプラスになったのは9カ月にすぎず、しかも、0%をほんのわずか超えたのにすぎない。日銀が「独立」をタテに、外部からの意見に耳を貸さずデフレ維持政策をとってきたのは明らかだ。デフレ・円高放置により国民の所得を急減させ、若者の就労機会を奪ってきた日銀の政策をその美名のもとに擁護する感覚はまともではない。国民を守って初めて「独立」が正当化されるのだ。
◆バブル判断基準なし
「資産バブル」とは何をさすのか。株式や不動産市場が活性化する前にバブルを心配して金融緩和をやめるのは、回復しかけた重病人から栄養剤を取り上げるようなものである。しかも、「株価などの値上がりの局面で『バブル』と判定できる基準はない」と、FRB幹部から聞いた。メディアが何の判断基準も示さずに株価や地価が少しでも上がれば「ミニ・バブル」と騒ぐ。日銀は待ってましたとばかりに引き締めに転じ、デフレを長引かせることだろう。
以上のように、反アベノミクス論の多くは根拠が薄弱だ。ネガティブな印象を世に広めるメディアは、これまでの財務・日銀官僚主導のデフレ・円高政策を容認してきた自らの誤りを認めたくないという自己弁護の心理が多分に作用しているのだろう。それとも、官報のごとく財務省幹部や白川日銀総裁の言い分をオウムのごとく繰り返してきた安直さに慣れ切ってしまい、独自の思考能力を失ったからではないだろうか。
安倍構想は図らずも、メディアの不見識ぶりを浮かび上がらせた。