明治天皇の御製をかみしめて。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









比較文化史家・東京大学名誉教授 平川祐弘





■明治天皇の御製をかみしめて

 あたらしき年のはつ日に富士のねの雪もにほへる朝ぼらけかな

 これは明治天皇の御製(ぎょせい)である。元旦はめでたい。日本晴れで富士山が見える。初日の出に私たちも柏手(かしわで)を打つ。

 ≪すがすがしき富士讃歌の首≫

 ふく風ものどかになりて朝日かげ神代ながらの春をしるかな

 明治3年、天皇は元日をこう祝された。ちなみにわが国で富士山を初めて見た天皇は第122代明治天皇で、明治元年10月7日、東京遷都の途次、三島の宿でこころゆくまで眺められた。天皇が生涯を通して数多くうたった富士讃歌はすがすがしい。

 見わたせば朝日に匂ふふじのねの雪の光もあらたまりけり

 新幹線で富士山が見えると平成の大人も子供もはしゃぐが、帰京するときに見えるのも嬉(うれ)しい。天皇もその気持ちを東海道線の車中でうたわれた。

 心ゆく旅路なりけり大空にはれたるふじの山もみえつつ

 たびごろもかへる都にちかづきてふじのね遠くみゆるうれしさ

 明治9年元旦に天皇はこうよまれた。

 新しき年を迎へてふじのねの高きすがたをあふぎみるかな

 外地で新年を迎えた人は覚えもあろうが、西洋ではキリスト教のクリスマスの祭の宴(うたげ)のあとの1月1日は侘(わび)しい。森鴎外はドイツは「今も除夜に眠らず、元旦に眠るが習なれば、萬戸寂然(ばんこせきぜん)たり」と、ベルリンの明治21年元日の違和感を記した。新暦の中国、台湾、韓国も、春節にかぎり農暦だから、元日は1日だけ休みだが、お祭り気分はない。外国で10回元日を過ごして私はいつも淋(さび)しかった。正月気分が門ごとに感じられる日本の元旦は格別で、これが終わりなき世のめでたさを寿(ことほ)ぐ神道の宗教的気分だと年をとって自覚した。

 元旦に参拝する人は多い。除夜の鐘が聞こえる頃から明治神宮の参道を進む人の気配が代々木の私の家にまで伝わる。神道の教義を習ったわけでないのに、300万の人が粛々(しゅくしゅく)と進む。手を叩(たた)き賽銭(さいせん)を投げる。私は、この国が天壌無窮(てんじょうむきゅう)に続くことを祈るが、その時ひとしく祈るのは万世一系の天皇家が末永く続くことである。

 ≪神宮で四方の海の平和祈る≫

 天皇は日本国民の永生の象徴であり、そのよすがである。皇室典範を改正し男系天子が安定して続くよう願いたい。女系や養子などと浅はかなことはしていただきたくない。この国に天皇制がなかったなら、小沢一郎氏とか鳩山由紀夫氏が大統領に選ばれていただろう。だが、それではアカンと民主党を支持した人も思うだろう。

 去年は護国の御霊(みたま)に詣でたが、本年は明治神宮に参拝した。一家の無事とともに祖国の安泰、四方(よも)の海の平和を祈る。そんな気持を覚えるのは、10年前に人民日報の高級評論員の馬立誠が予測した通り、人民解放軍幹部と手を握る勢力が隣国で露骨に台頭しはじめたからである。日本の正月号の雑誌にも嫌中・嫌韓の記事が溢(あふ)れ、「不逞(ふてい)」「汚辱」「背信」などの漢字が踊るが、見出しがどぎつく、品位に欠け、感心しない。

 こんな対立があるときこそ留学生を温かく迎えて屠蘇(とそ)を酌み交わす家庭があって欲しい。大陸の学生は反日で騒いでいるが、海外へ出たがっているのが本音だろう。半世紀前、朝日など大新聞が煽動(せんどう)したから東京は反米安保で荒れたが、それでも俊秀は渡米を希望していた。中国人は経済成長を謳歌(おうか)し夜郎自大(やろうじだい)になりつつあるが、しかし社会が清潔で公徳心があり、汚職が処罰される国へ来れば、心ある中国人なら金権体質に塗(まみ)れた自国との対比において、感ずるところがあるのではあるまいか。

 ≪言論自由の国は中国より上等≫

 政治的に現代化(近代化)しない中国が現状のままでいいと思うような青年子女に未来はあるまい。言論自由のある国の方が大陸中国よりも上等な国であると私は確信している。そんな信念は50年来ゆるぎないから、私は中国の学生を大事にするが、中国に媚態(びたい)を呈することはない。20世紀の三大独裁者の中でも最大の(殺害した人の数が最も多い)人物の肖像が天安門広場から消えたら、それを機に初めて真の友好関係をわが国は北京と結べばよい。そう腹をくくって、それまでは隣国とは互恵と相互尊重を唱えつつも譲らず、辛抱強くつきあうことが肝要だ。

 強権的な大国が崩壊するときは政治亡命者は受け入れる用意がある旨を、その受け入れ態勢を法的・社会的にきちんと整えることで、日本は内外に示すべきであろう。スイスは大国ドイツの威嚇(いかく)にもかかわらずナチスからの亡命者を受け入れた。そのような決意を実行することが、自由を尊ぶ内外諸国の尊敬を、日本が克ち得る道であると信ずる。

 『明治天皇御集』には日本周辺の海が荒れた時によまれた陛下のお覚悟の歌もある。

 ちはやふる神の御代よりうけつぎし国をおろそかに守るべしやは

(ひらかわ すけひろ)