帝京大学教授・志方俊之
北朝鮮が長距離弾道ミサイルの発射にほぼ成功し、中国機が初の日本領空侵犯を尖閣諸島上方で強行する中、安倍晋三総裁率いる自民党が衆院選に圧勝した。安倍次期政権は、急速に悪化する安全保障環境を前に何をなすべきか。
≪進む北のミサイル・核開発≫
北朝鮮の弾道ミサイル開発は1980年ごろ、ソ連製スカッド短距離弾道ミサイルを入手したことに端を発する。これに改良を加えて韓国を射程に収める短距離弾道ミサイル戦力を整備し、次いで、わが国にも届く中距離弾道ミサイル、ノドン戦力を持つに至る。最終目標は、米本土にまで到達する長距離弾道ミサイル、テポドン戦力の開発にあった。98年にテポドン1号の発射実験に着手し今回、発射にほぼ成功したのである。
これを実戦力とするまでに技術的関門が3つある。信頼性の高い「核弾頭の小型化」、「固体燃料エンジンの大型化」、大気圏への「再突入技術」である。そのための核実験や再突入技術などの実証実験が行われることになろう。
それを阻止する国連安全保障理事会の制裁決議は中国の反対で足踏みしている。北朝鮮がそれらの関門を通過し長距離弾道ミサイルの実戦力を有するのに、そう長い年月を要しない恐れも十分だ。
その間、ノドン・ミサイルを固体燃料化し、命中精度を一段と高めることもできる。地下サイロからの不意打ち的な発射が可能となれば、わが国の弾道ミサイル防衛(MD)は一層、困難になる。
先軍独裁政権の北朝鮮が有効な長距離核弾道ミサイルを持てば、東アジアの戦略図はもちろん、中東諸国へのミサイル技術流出に伴い世界の戦略図すら一変する。
≪中国は核搭載原潜の強化へ≫
そのころには、中国は、その核搭載原潜戦力を能力的にも数量的にも強化し、伝統としてきた「最小限核抑止戦略」を上回る核戦力を持つに至っていよう。非核政策を貫くわが国は、そんな中国や北朝鮮に加え、オホーツク海に新型の核搭載原潜を遊戈(ゆうよく)させているロシアにも囲まれているだろう。
最近の中国は、およそ国際ルールとはかけ離れた異質な振る舞いをしている。中国はアジアの歴史を改竄(かいざん)するだけでなく、それが国際社会に通用し得ないと見るや、公船を使って、海洋力で劣るフィリピンやベトナムの漁船を拿捕(だほ)するという実力行使に出ている。
だが、尖閣周辺では同じ手は通用しないことも知っている。わが国の海上保安庁の能力と士気は、中国のそれを上回っているだけでなく、後方には監視・対応能力に優れた自衛艦隊が控え、それ以遠の海域では米第七艦隊が動く。
中国は、陸上輸送路だけでは十三億の人口は養えない。沿岸の主要港湾と中東、アフリカ、欧州との間の海上交通路を確保することは死活的な国益なのである。これを中国海軍だけで維持することは難しいから、中国は海上交通の安全に関する多国間のルール設定に積極的に参加する必要がある。
問題は、中国がこの現実にいつ気づくかである。中国は、目下、南シナ海や東シナ海で取っているなりふり構わぬ「力の政策」を続けている限り、やがて、海上交通路の円滑な利用、ひいては経済成長にも支障を来しかねない。米国は「環太平洋合同演習(リムパック)」に中国を招いているが、中国がこれを受けることを期待しているのは、米国だけではない。
こうした新しい東アジアの戦略環境の下で、わが国の安全保障にとって重要な課題は4つある。
≪護憲=平和は過去の幻想だ≫
第1は、核を持たないと決めたわが国は、米国の「核の傘」を確実なものにするための努力を惜しんではならないということだ。これこそ、わが国が日米同盟を結んでいる基盤である。次期政権はまず弾道ミサイル防衛に関する集団的自衛権の非行使という制約を取り除く必要がある。公海上で共同活動中の日米艦艇が相互に支援できるようにもする必要がある。
第2は、通常戦力に関して米国に依存する部分を最小限にすることである。尖閣諸島の領空侵犯を許してしまうほど、わが国の防空は“金欠状態”にある。低空で侵入する目標を監視できる空中警戒管制機(AWACS)の巡回頻度を、予算の制約から極端に減らしていることにその一因がある。
第3に、国家的な緊急事態に速やかに対処できるよう、「日本版NSC(国家安全保障会議)」を内閣に設置する必要がある。これからの脅威は、国際的なテロにせよ、弾道ミサイル防衛にせよ、島嶼(とうしょ)部に対する領土主権の侵犯にせよ、国家として速やかな決断を迫られるものになるからである。
第4に、これこそ最大の課題だが、憲法審査会を定期的に開催して各党が現行憲法の改正案を持ち寄り、国民に公開された形で議論して憲法改正に向けた行程表の作成に着手しなければならない。
衆院選の結果は、平和憲法にしがみついていれば平和が空から落ちて来るといった幻想が、すでに過去のものとなったことを証明した。次期政権には、勇気をもって日本を取り戻してもらいたい。
(しかた としゆき)