【野口裕之の安全保障読本】
中国人の官製反日暴動に、結果的に道義(?)をもって接した格好となり、国際社会で中国の蛮性を際立たせた点だけは良かった。ただ、国家間では、奸計(かんけい)に奸計で相対せざるを得ない局面がある。もっとも、軍事を外交の道具と考えている日本以外の国々は、奸計などという罪悪感すら持たない。
《ソ連は第二次世界大戦中、ポーランド軍将校ら2万2千~3万人を虐殺した。「カティンの森の大虐殺」。あまつさえ、ソ連検察官は戦後のニュルンベルク裁判で「最も重要な戦争犯罪の一つが、ドイツのファシストによるポーランド人捕虜の大量殺害」と、臆面もなく告発した。英国は、独軍暗号無線解読に成功し、独軍経由でポーランド人虐殺を知っていたが、黙(だんま)りを決め込んだ》
◆情報大国の保持狙い
なぜか-。英国は戦後、独軍暗号作成機エニグマを大量回収し、英連邦加盟国に「絶対解読できない」と、凄(すさ)まじい積極性をもって勧めて回る。斯(か)くして、加盟国の水面下の動きを1970年代まで完全に掌握していた。ソ連に準ずる「悪い国」だが、情報大国の基盤は保たれる。平和の祭典・五輪招致成功の原因はこの辺りにもある。
「カティン」では英ソに踊らされたドイツだが、今では「悪い国」の仲間に入った。ドイツはユダヤ人殺害の歴史から、対イスラエル外交には強い向かい風を受ける。そうした中、ナチス犯罪被害者補償の一環として、イスラエル海軍の潜水艦部隊強化に乗り出しているから、驚くではないか。
独潜水艦をベースにしたイスラエルの4隻目のドルフィン級潜水艦は2014年までに就役予定。5隻目も14年、最新の6隻目も16年までに、それぞれ引き渡される。建造費はドイツが3分の1を負担する。
「曰(いわ)く」ある両国が兵器という「機密の宝庫」で結び付くことだけに驚くのではない。ドイツは、英首相チャーチルに「私が本当に恐れたのはUボート(独潜水艦の代名詞)の脅威だけ」と言わせた技術を今尚(なお)、継承する。イスラエルが一部を習得すれば、中東という「戦地」における最強の潜水艦部隊の増強に拍車をかける。
◆求められた「落とし前」
中東諸国との関係悪化覚悟で行うメリットは何か。イスラエルは当然、戦力強化である。核弾頭搭載可能な巡航ミサイル(イスラエル国産)のドルフィン級への換装が観測されている。多くの軍事関係者が、発注済みのF-35戦闘機とともに、イスラエル軍によるイラン攻撃作戦の主力となる、と見る。F-35の実戦投入が18年以降になることで、作戦成功の鍵はドルフィン級が握るとも分析されている。
ドルフィン級への期待は、イラク戦争における、イラク軍によるイスラエルへのミサイル攻撃も影響した。以来、国土が大量破壊兵器による先制攻撃を受けても、報復可能な潜水艦の価値を再認識。ドルフィン級は今この時も、どこかの海中でイランを狙っている。さらにイラク戦争では、イスラエルに向け使用される可能性が高いイラクの化学兵器開発に独企業が絡んでいたことが発覚。イスラエルが「落とし前」として、協力を求めたとされる。
一方のドイツは部品供給やメンテナンスで支援を続けられる。イスラエルに一定の影響力を行使でき、情報交換も活発化するのだ。実際、独連邦情報局(BND)はイスラエル諜報機関モサドの工作員に度々旅券を発給し、イスラエルとイスラム過激派の捕虜交換まで仲介。リビア内戦時、軍の化学兵器押収に貢献したのもBNDだった。中東情報に関しBNDは今や、CIA(米中央情報局)を凌(しの)ぐとされる米国防総省国防情報局(DIA)に頼られる存在にまで昇華した。「モサドの恩返し」による戦果だと、小欄は見る。
日韓両国には中国・北朝鮮情報をめぐり、ドイツとイスラエルのような協力関係が望まれる。ただし、韓国は日本が相手だと、日本は軍事・諜報と聞くと、それぞれ逆上する。成熟できない「子供」同士である限り、清濁併せ呑(の)む「大人」の関係には発展しない。