【金曜討論】葛城奈海氏
世界の多くの国では憲法に軍隊の規定があるだけでなく、兵役や国防の義務が明記されている。日本では憲法9条を改正して自衛隊を軍隊と規定すべきだとの声が高まりつつあるが、国民生活を維持するための国防の義務はどうあるべきかが次の問題として浮上してくる。元法政大教授の田嶋陽子氏と、キャスターで予備自衛官の葛城奈海氏に見解を聞いた。
(溝上健良)
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≪葛城奈海氏≫
■成人前に男女とも必要だ
--9条改正をどう考えるか
「いまだに自衛隊では軍手を手袋、行軍を行進と言い換えるなど世間に気兼ねしている。改正して自衛隊は国軍とすべきだ」
○国民意識が芽生える
--国防の義務については
「盛り込むべきだ。今の日本人は日本国民であるとの意識が希薄な人が多い。国に何かを期待するだけでなく、日本国の一員として国に何ができるか考えてほしい」
--どんな形がいいと考えるか
「自衛隊の新入隊員訓練のような3カ月程度の訓練を男女に関係なく、成人への通過儀礼として導入することが考えられる。軍隊でなくても警察、消防、ボランティアなど、公のために奉仕することを体験させるべきだ」
--一歩進んで、徴兵制も憲法で規定すべきだと考えるか
「どちらかといえばあったほうがいいと思う。以前のドイツ(昨年まで徴兵制があった)のように軍隊と代替役務を選択できるようにすればいいのではないか」
--代替役務のあり方は
「警察、消防、福祉業務などの選択肢がありうるが、国防を第一義に考えてほしい。戦後『人命は地球より重い』ということが言われてきたが、本来の日本人の価値観ではないはず。命より重いものがある、それが公であり、そのために命を捧(ささ)げることは美しいとされてきた。国家の背骨となっている憲法を、自分たちの手で日本らしい姿に戻すことが大事だ」
--世界的には軍の少数精鋭化で、徴兵制は減りつつある
「たしかに仮に日本で徴兵制を導入した場合、第一線の隊員を訓練の教官に取られてしまい戦力的にマイナスになるとの声もある。一方で徴兵制があれば、民間企業にありがちな国防への無理解もなくなるだろう」
--国防の義務、徴兵制というと反対の声も出てきそうだ
「軍国主義国家になる、との声がありうるだろう。ただ個人や家庭でも、意見の合わない相手がいたとして口論で済めばいいが暴力に訴えられたときに、対抗できる自分の力を備えていなければ相手のなすがままにされてしまう。戦後教育を受けてきたらそういう考えになってしまうのは分かるが、万一の事態に備えるべく、そろそろ現実を直視してほしい。そうでないと国が滅びかねない」
○合宿生活が重要だ
--国防の義務があれば、若者の教育上も効果があると考えるか
「日本では少子化が進み、幼い頃から個室を与えられる者も増えており、軍隊などの集団生活で、自分を律しつつ心身を鍛える意義は大きい。『若い時の苦労は買ってでもしろ』という。若者が心身の逞(たくま)しさを取り戻せば、それが国の自立にもつながるはずだ」
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【プロフィル】葛城奈海
かつらぎ・なみ 昭和45年、東京都生まれ。42歳。東大農学部卒。女優、キャスターとして活動し、北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」でアナウンスを担当。日本の自然、尊厳を守る民間団体「やおよろずの森」代表。予備陸士長で、予備役ブルーリボンの会広報部会長を務める。合気道五段。
≪田嶋陽子氏≫
■憲法に入れるかは熟考を
--9条改正をどう考えるか
「9条は絶対に手を触れてはならない日本の宝物だ。現在の自衛隊は法で規定したこと以外はできないが、仮に軍隊化されれば法で禁止されていること以外は何でもできるようになってしまう。自衛隊という名前はそのままに、災害緊急援助隊的な役割でならどんどん海外に出て活動していい」
●「国防」は避けて
--国防の義務については
「若者のための修業期間を人為的につくるのはいいと思うが『国防』という言葉には違和感を覚える。国防というと変にナショナリズムを刺激しかねないし、拡大解釈も怖い」
--かつてのドイツは徴兵制がある一方、消防や介護などの代替役務を選択することもできた
「私がイギリス留学中に出会った北欧出身の若者たちは、大学入学が決まった後、海外で1年間の国際協力をするなどしてから進学していた。それが義務とのことだった。日本も大学に入る前に1年、消防隊や自衛隊や介護の分野、あるいは海外ボランティアなどを義務づけてもいいと思う」
--民間役務ならあっていいか
「なぜそれが必要か理論付ければ、あってもいい。保育も含め賃金の低い領域に、若い人が入って苦労してもらい、厳しい人間関係の中で自分を鍛えるということは課していいかもしれない」
●徴兵制は時代錯誤
--消防や介護などの現場で若者が集団生活を送ることについて
「いいことだと思う。介護なら人間のいろいろな面が学べるし、消防なら人間の生き死にが関わってくる。ただ徴兵制は時代錯誤であり、不要だ」
--徴兵制について海外では、男性のみに課される国が多い
「本質的に男が作った軍隊システムに女が入っていくのは無理がある。軍隊でも日常生活の延長で、仕事は性別役割分担になりかねない。また女性が前線でどんどん死んだら子供を産む人がいなくなってしまう。女性の兵役は任意というスイスのような方式は評価できる。いずれにしても、私は徴兵制には反対だ。徴兵制廃止は世界的な流れでもある」
--民間役務を義務とするなら男女ともにすべきか
「男性に限る理由はない。その場合、能力に応じた適材適所にすべきで、性別役割分担にならない方向がいい。それにしてもなぜ今、民間役務が話題となるのか」
--今後も巨大地震が想定される中、訓練された若者をすぐ投入できるようにとの提案がある
「それは名案だ。ただ若者に限定する必要はない。誰でも訓練を受けられるシステムがあるといい。ただしそれを憲法に盛り込むのかは、よく考えたほうがいい」
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【プロフィル】田嶋陽子
たじま・ようこ 昭和16年、岡山県生まれ。71歳。女性学研究家。津田塾大大学院博士課程修了。法政大教授をへて、平成13~15年に参院議員(社民党→無所属)。近年はシャンソン歌手としても活動している。著書に「女は愛でバカになる」「田嶋陽子の我が人生歌曲」など。