橋下の歴史観は特アと反日左翼の捏造に洗脳されている! | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 







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橋下「中国、韓国が何を怒っているのか、しっかり過去の戦争を総括すべきだ。恨みを持たれてもしょうがないこともある」「アジア史を、日本人は知らな過ぎ」・具体的に言ってみろ!・反日洗脳されている橋下徹大阪市長。





記者の質問に答える橋下徹大阪市長=19日午前、大阪市役所
記者の質問に答える橋下徹大阪市長=19日午前、大阪市役所
橋下「中国、韓国に恨みを持たれてもしょうがないこともある。しっかり過去の戦争を総括すべきだ。」


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120919/plc12091913010020-n1.htm
過去の戦争「総括すべし」 尖閣、竹島めぐり橋下氏「恨み持たれてもしょうがないことも」
2012.9.19 12:59、産経新聞

記者の質問に答える橋下徹大阪市長=19日午前、大阪市役所

 新党「日本維新の会」の代表を務める橋下徹大阪市長は19日、尖閣諸島や竹島の問題に絡み「中国、韓国が何を怒っているのか、しっかり過去の戦争を総括すべきだ。恨みを持たれてもしょうがないこともある」と述べ、問題解決には過去の歴史の再検証が不可欠との認識を示した。

「アジア史を、日本人は知らな過ぎ」

 橋下氏は「日本人はアジアの歴史をあまりにも知らな過ぎる。今の日本の体たらくが、竹島、尖閣の問題に結び付いている」と強調した。

 同時に「敵を知って己を知らないと、自分の主張を通すことはできない」として、こうした問題につながる日本の歴史を国民が正確に理解しておかなければ、中国や韓国に対抗できないとの認識を示した。

 市役所で記者団の取材に応じた。



>新党「日本維新の会」の代表を務める橋下徹大阪市長は19日、尖閣諸島や竹島の問題に絡み「中国、韓国が何を怒っているのか、しっかり過去の戦争を総括すべきだ。恨みを持たれてもしょうがないこともある」と述べ、問題解決には過去の歴史の再検証が不可欠との認識を示した。


橋下徹は、日教組教育に完全に洗脳されている。

支那と韓国が怒っているのは、歴史を捏造して勝手に日本を悪者に仕立て上げたフィクションを事実と思い込んでいるだけだ。

橋下は「恨みを持たれてもしょうがないこともある」と述べたが、いったい何が恨みを持たれてもしょうがないことなのか具体的に言ってみろ!

さらに橋下は「しっかり過去の戦争を総括すべきだ」と言っているが、日本ほどしっかり過去の戦争を総括した国はない。


【年表】
▼日本は既に完璧に戦争を総括済み▼

●1951年
9月、サンフランシスコ平和条約調印
11月、大橋武夫法務総裁
「戦犯は国内法においてはあくまで犯罪者ではない」

●1952年
4月28日、サンフランシスコ平和条約発効
外務省の西村熊雄条約局長
「平和条約の効力発生と同時に、戦犯に対する判決は将来に向かって効力を失うのが国際法の原則だから、第11条はそういう当然の結果にならないために置かれたもの」(第11条は、刑の執行の即座停止の阻止が目的)
政府は拘禁中の全ての戦犯の全面赦免を関係各国に要請

5月1日、木村篤太郎法務総裁が戦犯の国内法上の解釈についての変更を通達。戦犯拘禁中の死者は全て「公務死」として、戦犯逮捕者は「抑留又は逮捕された者」に。(平和条約で戦争犯罪の撤回を認め、戦犯は国内法上の犯罪者とみなさず

6月7日、戦犯の釈放を求める全国的な署名運動は、4千万人達成


日本が1952年(昭和27年)に独立を回復すると、国会は早速、靖国神社合祀の関係法となる「戦傷病者戦没者遺族等援護法」(遺族援護法)および「恩給法」とその関連法を制定した。

更に、1953年(昭和28年)8月から国会で、「遺族援護法」および「恩給法」の改正が重ねられた。

当時の国会は、「戦犯」とされた人々の遺族も一般戦没者の遺族と同様に扱うように法規を改正し、「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者とはみなさないことにし、「戦犯」とされた人々の死を「戦争による公務死」とした。

決定は全会一致だった。

「日本に戦争責任者は居ない」というのが、大東亜戦争の真実を良く知っていた当時の日本国民の総意による結論だった。

したがって、日本は既に国民の総意によって「日本は悪くなかった。日本に戦争責任者は居ない。」という総括を完璧に行っているのだ。

橋下徹は、こういう歴史事実を何も理解していない。

橋下は子供の頃に受けた日教組教師の反日捏造話を真に受けているとしか思えない。

で、橋下が言う「恨みを持たれてもしょうがないこともある」って、いったい何のことを言っているのだろうか?

今年2月、名古屋市の河村たかし市長が「南京事件はなかったのではないか」と発言して支那から反発が上がっていた時も、大阪市の橋下徹市長は2月27日、「公選職の首長は政治的な思いだけでなく、歴史家の発言も踏まえて発言しなければいけない」と述べ、河村市長に慎重な対応を求めた。(
関連記事

橋下の言った、南京事件に係る「歴史家の発言」とは何なのか?

「南京事件はなかったのではないか」と発言した河村たかし市長に慎重な対応を求めたのだから、橋下のいう「歴史家の発言」とは南京大虐殺があったと主張する「歴史家の発言」のことだろう。

どこまで愚かなのか?






>橋下氏は「日本人はアジアの歴史をあまりにも知らな過ぎる。今の日本の体たらくが、竹島、尖閣の問題に結び付いている」と強調した。


オマエはアジアの歴史の何を知っているのだ?

橋下徹のような日教組に洗脳された馬鹿が多いことこそ、竹島、尖閣の問題に結び付いているのだ!

例えば、先日支那の100都市以上で反日テロが起こった9月18日は81年前に満州事変が勃発した日だが、満州事変というのは満州人たちとモンゴル人たちの長年に亘る独立運動と関東軍の警察行動が合致して満州から支那の武装盗賊を追放し、独立国家の「満州国」を建国した事変だった。


【年表】
▼満蒙独立運動、復辟運動、張作霖の独立宣言、満州事変、満州国建国▼

●1911年、辛亥革命が起こる

●1912年
1月、中華民国成立宣言。首都:南京
モンゴルやチベットなど諸民族も独立宣言
2月2日、清朝の皇族・粛親王、川島浪速らの手で北京を脱出、旅順に保護【第一次満蒙独立運動】

●1916年、蒙古馬賊の巴布札布(パプチャップ)が日本軍部や旧清朝の粛親王の後押しを得て軍事行動【第二次満蒙独立運動】

●1917年
4月30日、張作霖が国民政府から独立を宣言
7月1日、張勲が北京で宣統帝の復辟を宣言。康有為らが参加

●1922年5月12日、張作霖が東三省の独立を宣言

●1924年11月29日、溥儀が日本公使館に移る

●1925年2月23日、溥儀が北京の日本公使館を出て天津の日本租界に移る。復辟をめざす鄭孝胥や羅振玉らが側近となる


●1927年
3月24日、南京暴動(支那軍が外国人を攻撃)
7月25日、張作霖が満鉄併行線敷設禁止協定を無視して満鉄併行線を建設。米国は張作霖に資本提供

●1928年
5月3日、済南事件。北伐軍が山東省済南市に入城、邦人経営商店での略奪行為をきっかけに日本軍と衝突。日本の被害は、戦死9名、負傷32名、居留民の惨殺14名、暴行侮辱30名余、奪被害戸数136戸、被害人員約400
6月4日、張作霖が爆殺される
7月、支那兵たちの一団により東陵(清朝代々の皇帝の墳墓)が爆破・盗掘される。溥儀は国民政府に抗議

●1931年
6月27日、満州で中村大尉殺害事件。満州を地理調査中の中村大尉が行方不明になり、やがて支那人部隊に殺害されたと判明
7月2日、万宝山事件。満州の長春の北にある万宝山で朝鮮人農民(日本国籍)が支那人農民に襲撃されたため、朝鮮の各都市で朝鮮人が支那人を大虐殺。
排日運動がさらに激化
米国は張学良に兵器工場建設を援助

★9月18日、柳条湖事件(満州事変勃発)
関東軍が張学良軍を追放
遼寧省、吉林省、黒龍江省、コロンバイル等は独立を宣言
満州各地の代表が溥儀に出馬要請
11月10日、溥儀、天津を出発

●1932年3月1日、満州国建国宣言。首都:新京(長春を改称)
溥儀、満州国の執政(国家元首)に就任
9月15日、日本が満州国を承認


●1934年3月、溥儀、満州国の皇帝に即位


もともと満州は支那には属さず、満州と支那は別物だった。

辛亥革命で満州王朝(大清帝国)から独立しようとした支那人たちは、「満州と支那は別物」、「満州は支那にとって外国」と認識していた。

したがって、辛亥革命における『独立』とは、満州王朝(大清帝国)からの支那の『分離独立』を意味した。

胡漢民は「支那と満州は別物」と強く主張し、孫文も「支那革命は万里の長城以北には関係せぬ」と述べていた。

孫文以下の指導者も「中国にとっては満州は外国であり、革命成功の後は、満州問題は日本に一任する」と公言していた。


また、支那政府(中華民国)が清朝と結んだ『退位協定』には、「大清皇帝は辞位後も皇帝の尊号を廃止せず、中華民国は外国君主に対する礼を以てこれを待遇する」とあった。

一方、日本は、日本を守るために、ロシアに侵略されそうだった朝鮮を守らなければならなかった。

そのため、日本軍は満州でロシア軍と戦った。

1905年の日露戦争後、関東州の租借地(遼東半島)と南満州鉄道が日本のものになった。

それらの守備をするために関東都督府陸軍部が置かれた。

そして、1919年に関東軍となった。


張作霖、張学良親子は、武装盗賊の頭領で、満州で強盗殺人をやりたい放題だったが、特に朝鮮人(当時は日本臣民)を虐待した。

当時、支那が世界平和に対する脅威だったと『リットン報告書』も述べていた。

以上のことから満州事変は、関東軍が満州から武装盗賊を追い出した警察行動だったことが良く分かる。

当時の満州には【3,000万人】の「満州人・蒙古人・支那人・日本人(朝鮮人含む)・ソ連人」が住んでいた。
張学良が率いる盗賊軍は、約【20万人~30万人】だった。
関東軍は、【1万人】だった。

1万人の関東軍だけでは、張学良の盗賊軍30万人を満州から追い出し、満州国を建国することは到底不可能だったわけであり、3,000万人の満州住民の要請と支援があったからこそ実現した。

【たった1万人の関東軍が、30万人の張学良軍と3,000万人の満州住民】を相手に「侵略」など出来る訳がない。


満州事変勃発当時の満州住民や諸外国の反応を見れば良く分かる。

満州事変勃発後の「ロンドンタイムズ北京通信」には、支那人でさえも満州では日本の支配を望んでいたことが報じられている。

――――――
寧ろ日本の支配を
紐育タイムス北平通信(1931年10月20日)

 数千の満州避難民(大部分富有階級の支那人)の談話を綜合するに彼等は連盟の主張するが如き現状の回復を望まず。
彼等の満州より避難し来れるは支那兵及び土匪の乱暴を恐れたるが為めにして日本兵を恐れたる結果にあらず。
彼等は張学良の秕政に苦しむよりは日本の支配下に生活せんことを欲す。
蓋し満州の支那軍閥は通貨を下落せしめ、人民の生産物を無価値の紙幣を以て強制的に買上げて外国の金貨に代へて巨利を収め、人民の租税は悉く軍隊の支払に充つる有様なるを以て、張学良の復帰を見るよりは寧ろ日本の支配下に新なる支那政権樹立せられんことを望むものなり。
蒙古に対する支那の悪政は更に甚だしく、官吏は土地を押収し重税を課し人民を飢饉に陥れる有様にて人民は徐々に奥地に逃れつつあり。
特に最近日本兵より武装を解除せられたる支那兵は蒙古に入込み掠奪放火を恣にし居る有様にて、蒙古人は支那の悪政より免がるる為め日本の支配を歓迎せんとする状態なり。

――――――




また、支那事変は、支那共産党が盧溝橋事件 を起こし、支那軍が停戦協定を何度も繰り返し破って継続・拡大した戦争。

盧溝橋事件の約3週間後には、支那保安隊が日本人居留民約260人を大虐殺した(
通州事件 )。

更に2週間後、支那軍は数十万人という大軍で上海の国際租界の日本人居留区を
包囲攻撃 した。
支那軍機は上海市街地の
ホテルやデパートを爆撃 して民間人や外国人を大量に殺害した。

その後も支那は、日本が提出した和平案をことごとく蹴り、戦争を継続し、支那人民を虐め抜いた。
支那軍による徴発・徴用・徴兵は過酷を極めた。
支那軍は、上海市街地爆撃の他、焦土作戦、
黄河・揚子江の堤防破壊 (決壊)などによって多くの民衆を殺害し、世界で初めて違法毒ガスを使用したり細菌戦を行なったりするなどの暴虐・悪逆の限りを尽くした。

支那が戦争を始めて、日本が何度も何度も「やめよう。やめよう。」と言ったのに、支那がそれを無視して戦争を継続・拡大して暴虐の限りを尽くした戦争なのだから、日本にとっては自衛戦争以外の何ものでもない。

米英は、そのような暴虐支那に対して大々的にカネや武器を支援し、日本に対しては経済制裁を行なうなど理不尽な行動をとった。

日本は何も悪いことをしていなかったにもかかわらず、石油の輸入が出来なくなってしまった。
米英蘭の3カ国が日本に「石油を売らない」と言うことは、日本に「死ね」と言うのと同じことだった。
ハル・ノートを呑んで、支那や満州から撤退したら、失業者が溢れ、夥しい数の日本人が餓死などで死んだだろう。

更に、当時は国家生存の条件とされていた大国の地位を失い、小国に転落すれば、いつソ連や米国の植民地にされてもおかしくなかったし、ましてやアジア諸国の独立なんて何十年・何百年後に実現したか分からない。



橋下徹大阪市長は、いったい何をもって「中国、韓国が何を怒っているのか、しっかり過去の戦争を総括すべきだ。恨みを持たれてもしょうがないこともある」「日本人はアジアの歴史をあまりにも知らな過ぎる。今の日本の体たらくが、竹島、尖閣の問題に結び付いている」などと無責任なことを言っているのか?!







橋下徹大阪市長は、つい先日9月18日、ツイッターで「特別永住外国人に地方参政権を認めるかは議論の余地あり」と述べている。

橋下徹
@t_ishin

それと僕は国政における外国人参政権は反対です。ただ地方参政権、それも被選挙権や公権力の行使にかかわらない範囲で、すなわちコミュニティーのルールを作る範囲でしかも特別永住外国人に限ってという条件なら大阪では議論の余地があるのではと考えています。
2012年9月18日 - 14:28

https://twitter.com/t_ishin/status/248171711344820224

特別永住外国人の制度も未来永劫続くものではないと思っています。どこかで帰化を求めることになるでしょう。4世、5世となれば、韓国人のアイデンティティーを持つのか、日本人のアイデンティティーを持つのか、選択してもらっても良いのではないかと考えています。
2012年9月18日 - 14:32

https://twitter.com/t_ishin/status/248172625489190912

それまでの間特別永住外国人制度がある限りはその範囲でしかも大阪と言う特別永住外国人が多い地域において、さらに被選挙権や公権力の行使にかかわらない純粋な地域コミュニティーのルール作りに限って一定の関与権を認めるかは議論の余地ありだと考えています。しかし一般的な外国人参政権は反対です
2012年9月18日 - 14:37

https://twitter.com/t_ishin/status/248173880173264896


■動画
橋下徹知事 外国人参政権についての見解
http://www.youtube.com/watch?v=Rc-nM-pDFmA



別永住外国人だろうが地方参政権だろうが、外国人に参政権を認めることなど絶対にあってはならない。

国家は、領土と主権と国民から成る。

外国人に参政権を与えることは、日本国民の主権を侵害することに他ならない。

だいたい橋下徹は、超反日帰化人の孫正義と組んで、韓国が儲かって日本が損する「反原発・自然エネルギー利権」に血眼になっていることで全く信頼できない。

――――――――――
http://ameblo.jp/nippon-no-hokori/entry-11210088751.html
橋下市長が知事時代はソフトバンクの孫 正義 が事務局長を
つとめる自然エネルギー協議会の幹事でした。

今は変わって大阪知事になった松井知事が幹事をしています。

青山繁晴さんも指摘されていますが、
普通釈然としないですよね。。。

●青山繁晴さんが橋下市長・松井知事に
『エネルギー戦略会議に戦略がない。だまされているんじゃないか』と問うと、
 お二人とも明確な答えなし」
http://ameblo.jp/nippon-no-hokori/entry-11207429465.html

●橋下さん ソフトバンク孫氏、オリックス宮内氏、民主の前原氏と東京で密談 
 関電対策?
http://ameblo.jp/nippon-no-hokori/entry-11145770188.html

「脱原発利権」についてもマスコミはしっかりと報道して欲しいです。

ある意味、日本国内での利権ならいいですが、
韓国のための脱原発だったら、バカバカしい。
――――――――――



さらに、橋下徹は、日本のTPP参加にも賛成しており、日本の国益を追求している政治家とは到底思えない。

一部に「橋下徹は人権擁護法案にも賛成している」という情報も飛び交っている。

橋下徹が特別永住外国人への地方参政権付与とTPPに賛成していることは確認できるが、人権擁護法案に賛成しているという情報の裏付け(ソースなど)は良く分からないので知っている人は教えて頂きたい。

私は橋下徹が行ってきた教育改革などは高く評価している。

卒業式や入学式で日の丸を掲揚して、君が代を斉唱することは、当然のことであり、素晴らしいことだ。

大阪の公立学校で反日教職員を処罰する政策を推進したことは、本当に素晴らしかった。

私も当ブログで橋下徹を何度も応援してきた。

一方で私は、橋下徹の【孫正義と組んでの脱原発(太陽光発電事業推進)】【TPP賛成】【河村たかし市長の「南京事件なかった」発言への批判】などについては、当ブログで橋下徹を非難してきた。

橋下徹が国政へ関与を強めるにつれ、橋下徹の政策や歴史認識を容認するわけにはいかなくなってきた。


念のため言っておくが、私は自民党も民主党もみんなの党も日本維新の会も支持していない。

やはり、支持できるのは「維新政党・新風」一つしかない。



「橋下の歴史観は特アと反日左翼の捏造に洗脳されている!」