西岡 力ドットコム より。
平成24年9月4日号に掲載された一回目をアップ
します。
未熟な独裁者金正恩の失敗を見逃すな
北朝鮮の金正恩政権はいまだ不安定だ。特に、独裁者としての未熟さが表面化し、党や軍の幹部と人民の双方に不満が高まっている。最近の日本への接近の背景には、日本の制裁が効果を上げ金正恩政権が政権基盤を安定させようと焦っていることがある。拉致問題についても権力中枢部からかなりの情報が漏れてきている。横田めぐみさんらが生存しているとの認識が不可欠だ。これから4回にわたって北朝鮮の最新情報と日本の取るべき政策についてレポートする。
昨年12月、稀代の独裁者で日本人拉致の首謀者である金正日 が死んだ。金正日 は自分が死んだ後、先軍政治が否定され、自分の「偉大さ」が否定されることを恐れていた。そこで、後継者選びにおいて中国式改革開放論者である長男正男は当然排除し、次男は弱気だからだめで、人民を数百万殺してもおののかない度胸を持つものとして3男を選んだ。
しかし、2009年に後継者に指名された金正恩は準備期間が3年、しかも20代の若さでほとんど経験がない。昨年末、元北朝鮮 軍将校で現在、韓国で対北朝鮮ラジオ局を主宰している脱北者 金聖玟氏は「当面は金正日 がつくった個人独裁システムは崩れないだろうが、若く経験不足の金正恩は独裁者としての権力行使に未熟なので、多くの失敗をするだろう。日韓米はその失敗を見逃さず、拉致や核、人権などの懸案解決に利用すべきだ」と筆者に語っていた。
2月に人道支援の食糧をもらうことを米国と合意しながら、ミサイル発射を強行して米国の非難を浴び食糧をもらえず、その上、ミサイルが空中爆発して実験が失敗した。韓国 の李明博 大統領や言論機関などに対して激烈な言葉で非難をし、特別行動でテロをするなどと予告しながら何も出来なかったことも失敗の連続と言える。
父親が死んで半年以上が過ぎた7月に入ると、いよいよ金正恩は経験不足の独裁者としての未熟さをさらけ出す。父金正日 の私生活は大変乱れていたが、それは絶対に秘密とし、表向きは人民のために朝早くから夜遅くまで奉仕する勤勉で質素な指導者というイメージを造っていた。ところが金正恩は自分のために新たに編制させた若い美女のグループ「モランボン楽団」のお披露目を北朝鮮のテレビを通じて人民に公開した。彼女らはミニスカートでエレキギターを弾き、その近くには米帝国主義のシンボルであるディズニーの着ぐるみのキャラクターたちが踊り、背景にはやはり米国 映画の画面が写された。金正恩は歌手出身の夫人同伴でにこにこしながら楽団の公演楽しんだ。夫人は派手な洋服に高価なブランドのかばんを持っていた。これらの映像をテレビで見た住民らは金正恩は敵である米帝国主義の腐敗した文化にかぶれ、若い女性に囲まれて喜んでいる堕落した指導者という印象を持ったはずだ。
その上、日本警察に金正日 一家の情報を伝えていたことが明らかになって北朝鮮 公安機関がマークしていた料理人藤本健二氏を北朝鮮 に招待し、金正恩が特別にパーティまで催した。それがすべて日韓のマスコミに大きく報じられている。藤本氏は金正日が、世界中の珍味を食し水上スキーや乗馬を楽しんでいたことを著書で写真入りで暴露したため、北朝鮮のテロに遭うのではないかと真剣に恐れて日本国内を逃げ回っていた人物だ。今回の招待のニュースは噂として北朝鮮内に拡散している。北朝鮮 住民らは藤本氏が伝えた金正日 一家の度を超した贅沢な私生活は韓国の情報機関のでっち上げでなく、事実だと確信したはずだ。これもオウンゴールとしか言いようがない。
「自由民主」9月11日号(9月4日発行)掲載、連載2回目です。
金正恩政権を追い込むことが拉致解決の道
「降伏」とは、外部からの圧力により北朝鮮の政権が拉致被害者を返すしか生き残る方法がないと思わせることだ。韓国の多くの脱北者 たちは2002年9月に金正日が小泉首相に拉致を認めて謝罪し、五人を還したことは、一度も謝ったことのない人間を謝らせたという点で歴史的な勝利でありまさに「降伏」だったと言っている。
あの年の1月、ブッシュ 大統領は有名な「悪の枢軸演説」を行った。演説の中で、大統領は前年9月の同時多発テロによって始まったテロとの戦いの目標について、二つ挙げた。第1がテロリストとその基地を叩いて正義の審判を下すこと。第2が、テロ支援国家 が大量破壊兵器 を持って米国や同盟国を脅かしたりその武器をテロリストに渡すことを阻止することだとして、その代表として北朝鮮 、イラン 、イラク を挙げた。つまり北朝鮮 が大量破壊兵器 で武装することを、戦争をしても阻止すると宣言したのだ。
当時、北朝鮮 はパキスタン から濃縮ウラニウム開発技術を極秘に導入して核ミサイル開発を継続していた。北朝鮮 は1994年米国とジュネーブ合意を結び、核開発の凍結を約束してその見返りとして米国から毎年50万トンの重油を無償で提供されていた。米国 を騙して重油を貰いながら米国 に届く核ミサイル開発を続けていたのだ。それに対してブッシュ が戦争をしてでも核ミサイル開発を止めさせると宣言した。
この強い圧力に脅えた金正日 が慌てて日本に抱きついてきたのが、2002年9月の小泉訪朝の構図だった。田中均元外務省 局長などは自分の秘密交渉が成功したので小泉訪朝があったと言っているが、金正日 からすると日本の後ろにアメリカの棍棒が見えたから小泉首相に抱きついたわけだ。
このような構図が今再現しつつある。日米韓が取り組んできた経済制裁の結果、金正恩政権が自由に使える統治資金が枯渇しだしている。同資金は、労働党39号室が海外の口座で管理している。疑惑とされる資金源は朝鮮総連 からの不法送金、韓国 左翼政権からの支援、麻薬・偽札など犯罪資金、核・ミサイルをはじめとする武器輸出などだが、2005年以降、日本政府は拉致問題に対する基本方針の中に「厳格な法執行」を掲げ、総連の不法活動に関する取り締まりを強化し日本からの送金は大部分止まった。
また、米国 もこの資金をターゲットにして金融制裁を発動した。マカオの銀行に対して北朝鮮のテロ関連口座を凍結しないと愛国者法を適用して米国金融機関との取引を停止すると脅したのがその代表的ケースだ。マカオの銀行が凍結した北朝鮮 関連口座の金額はそれほど大きくなかったが、数十億ドルに上る金正日 統治資金がマカオの銀行を通じて各地の銀行に送られていたことを考えると大きな意味があった。ブッシュ 政権末期にテロ支援国指定解除とともにマカオの銀行への制裁を解除してしまうという失敗があったが、オバマ政権下で米国 は再び金融制裁を強化しつつある。韓国 も李明博 政権が、天安艦爆沈と延坪島砲撃に対する制裁措置などによりそれまで行っていた対北支援を大幅に削減して現在に至っている。金正恩が引き継いだ統治資金が枯渇しはじめ、張成沢 らが主導して軍が行っていた外貨稼ぎ事業を政府に移管した。李英鎬参謀総長が突然更迭されたのはそれに反発したからだ。
北朝鮮 は昨年から、日本に対して様々なルートで接近し、日本からの支援と制裁緩和を得ようと工作を活発化している。8月29日に4年ぶりに日朝政府間協議が開催された背景にも金正恩政権の統治資金不足がある。協議の結果の分析は次号で行いたい。