民間転用による輸出で日本経済が活気づく。
2012.09.06(木桜林 美佐:プロフィール
自衛隊の装備品は、輸出してもそう簡単に売れないというのが定説となっているが、そんな言葉を横目に、数々の国から垂涎の的となっているものがある。
海上自衛隊の救難飛行艇「US-2」だ。かつて帝国海軍の飛行艇として活躍した「二式大艇」(二式大型飛行艇十二型)を製造した川西航空機が、現在は新明和工業(兵庫県宝塚市)としてその技術を同機につないでいる。
現在、海自では救難飛行艇を「US-1A」と「US-2」合わせて7機体制で運用している。US-1Aは戦後初の国産哨戒飛行艇「PS-1」を改良したもの。さらにグラスコックピット(液晶表示)による「フライ・バイ・ワイヤー」(コンピューター制御)導入など能力向上したものがUS-2となった。
「上野の不忍池でも降りられる」超低速飛行能力
かつて米軍が二式大艇を鹵獲(ろかく)した際、同機の性能を目の当たりにし、改めて日本の技術力に驚愕したと言われるが、今なお同社が作り出す飛行艇技術は他国の追随を許さない。

US-2の魅力は、何と言ってもUS-1Aでは成し得なかった波高3メートルでも運用可能な能力だ。木の葉のように揺れる荒波の中でもエンジンを止めずに海面を航行することができるようになった。
航続距離は4500キロ、巡航速度は時速約480キロ。いざとなれば超低速での飛行も可能で、まるで空中で止まっているようだという評判だ。これは、世界で唯一、動力式高揚力装置である境界層制御(BLC)装置を実用化したことによるもので、狭い場所でも降りられるのも大きな特徴である。
「試すことはできませんが、上野の不忍池でも降りられると思います」と同社関係者は胸を張る。
さらに、独自の薄型波消し装置などの効果で、着水時の飛沫や水流による機体構造やエンジン、プロペラの損傷を防ぐことができる。
水陸両用の航空機は日本の他にもカナダとロシアが製造しているが、対応できる波高は1メートル強。航続距離は、カナダ機が約2400キロ、ロシア機は3300キロとその実力の差は大きい。
アジア太平洋地域の安全航行確保は喫緊の課題
このオンリーワンかつナンバーワンの日本の飛行艇を、国内だけでなく世界の多くの人々の役に立てることは日本の外交力にもなるのだ。引き合い照会は多く、現時点で44カ国にのぼっているという。
北澤俊美・元防衛大臣が積極姿勢を示したこともあり、気運は高まり、同社は防衛省の承認を得て輸出に向けた動きがスタートすることになった。
まずはインドへの輸出に向けたプロジェクトを開始。武器は一切搭載していないが、自衛隊の装備は「武器」と見なされるため輸出はできず、民間転用という形をとる。
社内に「飛行艇民転推進室」を設置、川崎重工業や島津製作所からの出向要員とともに「オールジャパン」体制で臨むことになった。また、インドのデリー事務所も設立するなど、着々と準備を進めている。
しかし、プロセスはかなり煩雑だ。防衛省や経産省をはじめとする関係省庁への諸手続きにも相当な労力を要する。
まず第一に防衛省・自衛隊には、運用・教育・整備・補給・技術データ等の開示を求める必要がある。それに、飛行試験はどこで誰がするのか、運用教育はどうするのか・・・などなど様々な法律や規制などとも向き合いながら進めねばならない。1つの書類を待つこと5カ月、などというケースもあるという。
今、アジア太平洋地域の海洋における安全航行の確保は喫緊の課題となっている。同海域の秩序維持のためには、ASEAN諸国を中心に、インド、豪州などとの多国間での取り組みが不可欠だ。
この連携が国民の営みの生命線となるわが国としては、海上保安庁や海自の機能をこれまで以上に生かすことはもちろん、装備やノウハウを提供することが急務となるだろう。ニーズの多いUS-2の無償供与などは検討されてしかるべきである。
また、同機は床下のタンクに水を入れるようにすれば消防もできるようになる。現時点ではそうした用途について自衛隊の運用上は所要がないが、ASEAN全域をカバーできる飛行能力からすれば、森林火災が多発するアジア諸国の災害救援にも活躍できるということだ。
そうなれば、消防車やヘリコプターでは対応できない場所で消火活動できる利点を生かし、国内の災害派遣での活用も期待される。
だが、現行の海自の少ない人員や7機体制では任務拡大は難しく、また消防機能付与により航続距離が半減されることから、自衛隊以外にも消防や自治体等で保有することが検討されてもいいだろう。
世界の民間航空機市場は成長分野
とにかく、私たちはUS-2の潜在的能力をまだ使いきれていないのが現状だ。ちなみに、これだけ行動範囲が広い同機である。石垣島から尖閣諸島へは約20分で到達するということも興味深い。
世界の民間航空機市場は中長期的に成長分野と言われている。2011~2028年で累計2万6000機、300兆円の新規需要が見込まれているという。これまで自衛隊の装備品は武器輸出3原則等により、武器が搭載されていない航空機や車両であっても一律輸出はできなかったが、今回のUS-2の民間転用が成功すれば、1つの象徴的な前例ができる。
防衛生産・技術基盤の面でも、関連の約1500社の企業に波及効果があることから好影響となるだろう。
成功例ができれば、航空自衛隊の次期輸送機「C-2」なども後に続くかもしれない。いずれにしても、日本のものづくりの力をもって閉塞感のある経済を活気づけてもらいたいものだ。