歴史の古傷は制御できない。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









【湯浅博の世界読解】




尖閣諸島に上陸した香港の活動家たちの風体や行動を見て、なぜかガチガチの反日闘士という感じがしなかった。「島は中国のものだ」と叫んではいたが、中国共産党が嫌がる台湾の青天白日満地紅旗を振り回していた。

 7人の活動家たちの先頭には、ずんぐり体形の中年男がいた。英紙フィナンシャル・タイムズによると、「阿牛」と呼ばれる56歳の男は、反日家ではあるが、同時に中国本土への立ち入りが禁じられた急進的な民主活動家であるという。

 「阿牛」こと曾健成の父親は半世紀以上も前に中国本土から追放された実業家で、曾はいわば反共ナショナリストである。曾らが見舞った一撃によって、中国本土で反日デモが広がった。曾が言うには、尖閣上陸で「日本の軍国主義にパンチを1発見舞ったが、返す刀で今度は中国共産党に肘鉄を食らわせてやった」そうだ。

 いったい、曾の本当の敵はどちらなのか。曾は今月9日に実施される立法会議員選挙に立候補しており、香港の小学校で採用されそうな中国共産党擁護の「国民教育」という教科導入に反対しているという。

 北戴河に集まる中国共産党幹部たちは、曾らの尖閣上陸に注目が集まれば、権力闘争の醜さを隠すことになるとの効用を考えたかもしれない。だが、中国共産党が採用した反日ナショナリズムはもろ刃の剣だった。反日が反政府に変わることは過去に経験済みである。

米国ではその反日デモの矛先が、太平洋を越えて米国に向かうとの警戒感もある。ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿したオクラホマ大学のP・グリーズ教授は、中国の反日感情の裏には反米感情が潜んでいると考えるのだ。

 米国は朝鮮戦争のころ、台湾海峡に第7艦隊を差し向け、中国の軍事行動を押さえ込んだ。中国のナショナリズムは、これさえなかったら中国はとっくに台湾を統合していたはずだと考える。台頭する中国に日本が盾突く度胸があるのも、米国との同盟関係があるからだとも思っている。

 中国が愛国主義教育で「歴史の古傷」をえぐり出し、政府が人民の怒りのはけ口として反米や反日カードを切ってきたことの歪(ゆが)みである。反米反日でなければ、中国共産党の正統性が維持できないとはまことに不幸なことである。

 だが、いったん開いてしまった「歴史の古傷」を制御するのは簡単ではない。だからこそ、標的になる日本は抑止に力点を置かざるを得ない。米ジョージワシントン大学のM・モチヅキ教授は、防衛費増を強調し「日本のように小さな棍棒(こんぼう)を片手にわめくのではなく、セオドア・ルーズベルト米大統領の言葉のように、大きな棍棒を手にソフトな声を出す方がいい」と、抑止力の充実を促した。

大きな声は相手国のナショナリズムを刺激するから、むしろ、黙って防備を固めるべきだと言っている。中国の対日圧力は、日本の防衛費増と国際世論の反発というコスト高につながることを知らしめる戦略である。

 「阿牛」ならぬ魯迅の代表作『阿Q正伝』の主人公は、自分が正しい、自分が偉いと言っているうちに、銃殺されてしまう。魯迅は農夫、阿Qの中に中国の精神的な歪みや悲劇を見ていた。「阿牛」の行動や中国共産党にも、阿Qと同じ歪みを見る思いがするのだ。

                                    (東京特派員)