【くにのあとさき】東京特派員・湯浅博
中江兆民が描く『三酔人経綸問答』の南海先生だったら、この危機にどう対処するだろうかと思う。
経綸問答には、非武装を主張する洋学紳士、弱小国を征服せよと息巻く豪傑君、そして高名な学者である南海先生が登場する。経綸問答の選択肢は、南海先生が示唆する日米同盟という現実主義で結実する。リアリストの南海先生なら、韓露に実効支配されている竹島、北方四島と、日本が実効統治する尖閣諸島とは分けて考えるに違いない。
北方領土をめぐっては、メドベージェフ露首相が7月に国後島へ2度目の上陸をした。彼らの最大関心事は、来月、ウラジオストクで開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)を成功させること。で、南海先生なら、日本がボイコットをつぶやいて動きを封じておくことを考える。秋に次官級協議を用意し、日露接近で中国を牽制(けんせい)するのもよい。
外交戦、抑止戦も時間差をつけて、それぞれに対処するためだ。
韓国警察部隊駐留の竹島では、李明博大統領が上陸した後、天皇に非礼な言葉を吐いた。親族が逮捕され、支持率が10%台に低迷し、愛国心という最後の砦(とりで)にすがった。だが南海先生には、ひょっとすると黒幕は中国かもしれないとの考えがよぎる。
李大統領の竹島上陸は8月10日だが、それ以前に中国の国際情報紙、環球時報が「日本との軍事協定を結ぶな」と脅していたからだ。社説は「中国は韓国に影響を及ぼせる手段を多数持つ」と経済面の報復を示唆した。南海先生は中国が恐れるのは日米韓3国同盟へ向かうことだと思う。韓国は日韓軍事情報保護協定を調印寸前でキャンセルしていた。
そんな中韓に、野田首相は記者会見で、領土の主権を守るために「不退転の覚悟」を表明した。だが、南海先生は「なぜ具体策に言及しないのか」と気に入らない。韓国には通貨スワップ協定の打ち切り、中国には集団的自衛権の行使が可能に、と宣言するタイミングだった。
宣言は相手国のナショナリズムを誘発するから黙って李政権だけを締め上げるのもよい。T・ルーズベルト大統領のように「大きな棍棒(こんぼう)を片手に小さな声で」ささやくのだ。
スワップ協定は外貨不足に陥った韓国を救済するために昨年10月、融通額を5倍にして金融の脆弱(ぜいじゃく)性を救った。大統領の狡猾(こうかつ)さはスワップ協定を結ぶとすぐ、決着済みの元慰安婦への補償要求をしてきたことで分かる。日本がスワップ協定を昨年秋なみに戻すだけで、経済界はあわてて李政権を突き上げよう。
ただし、主戦場は尖閣諸島である。南海先生は「保持するが使えない」という集団的自衛権の憲法解釈を変えれば対中抑止が高まると考える。これにより日米同盟を確かなものにして、相互主義が完成する。
現状の海軍力では、戦闘艦、潜水艦、ミサイル艇とも中国の方が優勢である。だが、米海軍大学のJ・ホルムス准教授はそれでも海上自衛隊は練度が高く、南西諸島への対艦ミサイルの配備さえあれば日本が勝利できると分析している。従って野田政権は、平成25年度概算要求に対艦ミサイルと島嶼(とうしょ)奪還のための揚陸艦の配備を要求すれば足りる。「大きな棍棒」を手にすれば抑止力が強化される。かくて南海先生の現実主義は貫徹される。
(東京特派員)