ますます傍若無人になる中国の海洋アクセス
2012.07.09(月)泉 徹:プロフィール
最近、イランのホルムズ海峡封鎖に関する記事が掲載されるようになってきた。イランの核開発に対し、米国をはじめとするヨーロッパ諸国はイランに対する経済制裁をより実効性のあるものにするためさらに圧力を強め、これに対し、イランがホルムズ海峡封鎖をちらつかせオイル価格が上昇しているからである。
トイレットペーパーが店頭から消えた
イラン海軍がホルムズ海峡で行った軍事演習で、ミサイルを発射する舟艇(2011年12月30日撮影)〔AFPBB News 〕
以前、我が国で生起したオイルショックを覚えておられるのは、ある程度のご年齢の方であろう。1973年の第1次オイルショックと1979年の第2次オイルショックである。
第1次オイルショックは、4次中東戦争勃発によりペルシャ湾岸の産油国が原油公示価格を引き上げ、この原油価格上昇により日本は「狂乱物価」という造語まで生まれ、戦後初のマイナス成長となった。
そして、トイレットペーパーが店頭から消えた年でもあった。
第2次オイルショックはイラン革命により、イランでの石油生産が一時的に中断したものの、イランの原油生産が程なく再開され大きな影響はなかった。しかし、その当時、我が国商船隊が、危険を顧みず原油の輸送に従事したことを知る人は少ない。
我が日本は、地政学的に見れば、南北に長く縦深性のない国で、国民の大多数が都市に集中し、自給自足が困難な四面海に囲まれた島国である。
従って、好むと好まざるにかかわらず、我が国は自由貿易を主体とする海洋依存国家にほかならない。我が国は海運による自由貿易により繁栄を享受しており、我が国の生存がシーレーンに依存していると言っても過言ではない。
また、原材料を輸入し高付加価値にして輸出する経済活動のスタイルもここ当分、大きく変わり得る要素はない。
輸出入貿易の99.7%が船舶輸送である我が国にとって、シーレーンは我が国の生存を支える生命線であり、中国の海洋に対するアクセスが激しくなる中、海洋の自由利用の重要性を考えつつシーレーン防衛について光を当ててみたい。
海洋の自由利用の確立
今日、歴史的に言われてきた海洋の自由利用という概念は、科学的な進展や国際法上の領海幅の拡大、排他的経済水域(EEZ)の設定あるいは漁業、海洋汚染防止などの諸条約により、変化が生じてきている。それでは、海洋の自由利用という発想はいつ頃から形成されてきたのであろうか。
古代、海洋に関する最初の法典と言われているローマ法には、海は自然法上万人共有のものとして所有の対象とはされていなかった。しかし、船舶・航海技術の向上とともに逆に、規制の考え方、すなわち、海を支配する考え方に移行していった注1。
大航海時代の15世紀になりスペインとポルトガルが興隆してくると、大西洋を分割し、両国の支配下にあるものはスペインまたはポルトガルに属し、許可なく管轄内の島や本土に行くことを禁止した注2。
これに、異を唱えたのが英国のエリザベス1世であるが、これも自国の商業活動や漁業の自由を確保するものであり、人類の一般的利益への考慮に基づくものではなかった。
注1 1177年「ヴェニス条約」アドレア会の支配により貢物の要求又は航行の禁止。1201年イギリス エドワード3世海の国王に対する海上礼式の要求没収デンマーク、スェーデンのバルト海支配
注2 1493年ローマ法王アレキサンダー6世の教書、1494年「トルデシラス条約」スペインとポルトガルの条約で排他的航行権
以後、17世紀初頭、オランダ人のグロティウスが「自由海論」を表し海洋の自由航行を主張した。しかし、同じくこれも、崇高な普遍的な内容とも受け取れたが、結局、自国オランダを含めた各国の商業権が絡むものであり、商業権をもたず従わない商船は捕獲の対象とされた。
そして、17世紀、18世紀は、沿岸国の排他的権利の正当性と海洋すべてが交易業者に共有されるとした二者の論争に終始している。
また、沿岸国の漁業権も絡み沿岸海とそれ以遠の外洋に区分されたが、各国の大砲の着弾距離により沿岸海の範囲が決められていた。これに対し、イタリアのアズニは各国が所有する大砲によるのではなく、持たざる国にも権利はあると主張し3海里が沿岸海の範囲として統一された。
一方で、ドイツの哲学者 ヴォルフの弟子のスイス人ヴァッテルは、航行および漁業のための外洋の利用は無害であり、外洋においては漁業または航行の共有の権利を有するとして外洋における自由利用の考え方が定着し始めた。
反面、沿岸海域の資源は無尽蔵ではなく、自国の安全および権益を保護するためにも沿岸海の領域管轄権を主張することができるとして、現在の公海(外洋)と領海(沿岸海)の2つの考え方が原則となり、その調整を図るため領海(沿岸海)の無害通航が提起された注3。
ドイツの哲学者の弟子とはいえ、海を持たないスイスのヴァッテルが提唱したことは、海洋の商業権や利権とは関係ない第3者的な立場で客観的に述べられており、興味深い。
しかし、19世紀から20世紀にかけて技術革新とともに、各国の関心が海洋における生物、鉱物資源に移り、領海を越えて大陸棚や接続水域にまで管轄権を主張するようになってきた注4。
第2次大戦後、領海は12マイルに変更する等各国の主張が入り乱れたが、これらを整理するため1958年国際連合の主導で第1次国連海洋法会議が開催され、以後、第2次、第3次国連海洋法会議を経て、1982年の国連海洋法条約が合意され1994年発効にこぎつけた。
そして、海洋を公海と領海に分けて論ずる考え方は、現在の海洋法条約にも導入され、EEZ(排他的経済水域)など、それまでの海洋利用の一部は変質してきたが、海洋における自由利用は、公海自由利用と領海の無害通航権として確立されたのである。
逸脱する中国の海洋アクセス
しかし、公海自由利用の原則に対し、近年、海洋権益をめぐる中国の漁船や公船の動きは余りにも横暴で、海洋自由利用の理念や原則を踏みにじるものに見える。
中国の景気はリーマンショックや欧州債務問題などにより減速し使用する原材料は減ってきているとはいえ、膨大な人口による消費はとどまるところを知らず資源貧国になりつつある。
中国はそれまでの8%以上の経済成長率を維持する為には海外の資源エネルギーに頼らざるを得ず、2000年に国家資源戦略を明確に変更してきた。
特に、自動車産業について言えば、中国の2009年の年間自動車販売台数は1364万台であり、米国が1040万台、日本が460万台という状況からすれば、既に中国は世界最大の自動車マーケットであり、中国のモータリゼーションは更に急速な伸びが見込まれる注5。
注3 水上千之氏「海洋自由の形成」(一)広島法学 28巻1号(2004年)
注4 米国の「トルーマン宣言」、韓国の「李承晩ライン」、チリ、ペルー、エクアドルの「サンチャゴ宣言」が当たる
注5 東亜 2010年11月号 「中国のエネルギー戦略と日本」柴田明夫氏著 P16
このモータリゼーションの伸展は、ガソリン消費量をさらに加速させることになるが、既に、中国は米国に次ぐ原油消費国になっており、今後、原油の必要性が増加することはあっても減少することは考えられない。
また、食料についてもWTO加盟後、農産物の輸出入額は大きく伸びているが、輸入額の伸びが大きくなった2004年には農産物の輸入額が輸出額を上回る純輸入国(金額ベース)になっている注6。
このように中国は近代化と経済の発展に伴い、原油をはじめエネルギー資源および原材料は輸入依存国になったが、中国は輸入依存国になるに連れ、海軍力を強化し海洋資源確保にも力を入れるようになる。
そして、資源の豊富な海域の排他的な制海(シーコントロール)をも視野に入れ、海外の資源確保に奔走するとともに安定した自国への海上輸送を可能にするため海外基地建設にも力を入れている。以下、具体例を次に示す。(図1「中国のシーレーンへのアクセス」参照)

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(1) 南シナ海、ベンガル湾及びインド洋へのアクセス
南シナ海における資源へのアクセスは、1992年の領海法制定後、西沙諸島および南沙諸島の領有宣言から始まり、今では実効支配を強化し、一部には既に海・空軍基地を設けている。
また、南シナ海に面する中国海南島は比較的容易に南シナ海に進出でき、かつ、水深も急激に深くなっていることから、潜水艦の基地としても極めて重要であり、南シナ海における資源争奪戦に睨みを利かせている。
ベンガル湾においては、中国はバングラディシュのチッタゴン港に港湾建設を支援してきており、いつでも利用できる状況にある。同じくミャンマーのシットウェ注7やハインジー島にも港湾建設を支援してきており、将来、海軍艦艇が寄港する事も考えられる。
また、現在、同じミャンマーのココ島には海軍の電子傍受施設があると言われている。
最近、パキスタン政府は、ペルシャ湾口にあるホルムズ海峡付近のグァダール港の軍港建設支援を中国に要請している。中国はグァダール軍港建設の代わりに中国海軍駐留を認めさせたが注8、以前からここグァダールには中国の電子傍受施設も配備されており、ホルムズ海峡監視の役割も果たしている。
そして、最近では、2011年の11月、インドの喉元にあるスリランカ南部のハンバントータに中国の支援による大規模な港湾が開港し注9、インドにも睨みを効かせるようになった。
これらはインド洋からベンガル湾に至る真珠の首飾り戦略と言われているが最近では、アフリカのケニアのラム港、タンザニアのダルエスサラーム港、モザンビークのベイラ港に対し、中国港湾工程等中国の国営企業が港湾建設や橋建設を申し出ており、一部は覚書も締結している。
中国のアフリカに対する資源アクセスは長い歴史があり、安定したエネルギー資源の積み出し港確保を目指してきたが、それが実現することになる。
また、昨今の海賊問題からタンザニアやモザンビークの積出港は危険海域を避けた南側の航路となり、アフリカからの重油や天然ガスの安定供給に道を開くことになる。
このほか、中国は海上交通路やマラッカ海峡の要衝部分を経由することなく、エネルギー資源を安全に本国に導くことにも余念がない。
注6 2009「中国農業発展報告」、2009「中国統計年鑑」
注7 読売新聞 2011.11.19 「親中路線にくさび」
注8 読売新聞 2011.5.25 「パキスタン 中国に軍港建設要請」
注9 読売新聞 2011.12.11 「スリランカで中印覇権争い」
現在、ミャンマーのチャウッビュー港と雲南省を結ぶ膨大なパイプライン計画が進行中であると共に、インド洋とシャム湾を結ぶクラ地峡運河計画がありタイには既に、200億ドルの支援を実施している。これらが実現するとマラッカ海峡を通過することなく資源を内陸部に移送できる。
さらに、パキスタンのグァダールからクンジュラブを経て中国のウルムチまでの石油天然ガス輸入ルートとしてのパイプライン計画も最近始まった。
フィリピン、ベトナムとは南沙、西沙諸島の領有をめぐり対立している一方で、既に、中国が手中に収めた海域の油田については協同開発を申し出て実効支配の既成事実化を図ろうとしている。
これらは中国にとって自国の影響力を増大させ持続的な発展を可能とするエネルギー資源戦略の一貫であるが、自国の意図に沿わない場合は、チャイナマネーと軍事力を前面に押し出し各地で摩擦が生じている。
(2)中国海軍艦艇、公船及び漁船の横暴
2001年3月、中国の主張する黄海のEEZにおいて、米海軍のT-AGOS 62(音響測定艦)「USNS Bowditch」が警戒監視中、中国海軍の「Jianheu Ⅲ級」から「攻撃的な対応」を受け、EEZから退去するよう要求された。
非武装の補助艦艇であるUSNS Bowditchは針路を変更しいったん、海域を離れ強く抗議したあと、米海軍艦艇の護衛を受け元の海域に復帰している。その1週間後、米海軍のE-P3に2機の中国F-8が接近し、1機が接触し墜落、E-P3も中国、海南島に緊急着陸したのは記憶に新しいところである。
同じように2009年、米海軍のT-AGOS 23(音響測定艦)「USNS Impeccable」に対する妨害行為が生起したが、中国の調査船や漁船が近傍を挑発的に航行し調査活動を妨害すると共に、音響測定艦の音響調査用ケーブルを切断し手に入れようとしていた。
米海軍第7艦隊は直ちに、イージス艦を急行させ護衛に当たらせたのは、言うまでもない。その海域は、中国沿岸から70マイル以上も離れた公海上であり、中国の主張する安全保障上の利益を生じる領海内でもなく、海洋における自由な活動ができる海域である。
南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島)で、フィリピンが領有権を主張するミスチーフ環礁に作られた建造物と掲げられた中国国旗(1995年4月1日撮影)〔AFPBB News 〕
そして、そのほかにも2011年5月には、中国監視船(公船)が意図的にベトナム探査船の調査用ケーブルを切断している。
中国は自国のEEZ内の正当な行為と発表しているが、他国の主張が重なり合うEEZにおいて、いきなり実力行使に出る暴挙は理解できない。それらは、海洋の自由利用を阻害し自国の独善的な使用に終始していると言える。
これらは、調査船等公船または漁船による妨害行為であるが、国の機関である海軍艦艇の軍事行動が最近、明るみに出た。
1988年3月14日、南シナ海のチュオンサ諸島(英語読みスプラトリー諸島)の浅瀬において、領有を示す国旗を立てていたベトナム海兵隊約60人に対し、中国海軍艦艇は37ミリ機関砲を警告もなく発射し無抵抗の海兵隊を惨殺したうえ、付近に停泊していた輸送艦を撃沈したのである。
最近になって、中国は人民解放軍を鼓舞するためかメディアに映像も含め公表したが、これに対しベトナムが非難の度を強めている。中国側は中国のEEZ注10における核心的利益を守るための正当な行為と主張しているが、自国の領海外にてEEZだからといって、警告もなく軍事行動により目的を達成しようとするのは容認できない。
しかし、残念ながら、現在このような南シナ海における中国の横暴に対し、国連も国際機関も沈黙している。もし、このような事案が東シナ海の我が国のEEZで生起すれば、我が国はどうするのであろうか。
注10 中国の言うEEZ管轄権は国家安全保障上の利益、資源環境保護、海洋の科学的調査の3つの分野にあると主張 海幹校戦略研究 2011年8月(1-1増)p36
(3)国連海洋法条約の逸脱
中国はこれらの妨害行為の根拠として、国連海洋法条約第58条を引用し沿岸国の権利と主張している。しかし、国連海洋法条約第58条は、資源開発上の権利を述べているのであって、安全保障上の根拠となるものではない。
また、一方で国連海洋法条約58条は他の国の行動の自由にも付言し海洋の航行の自由注11を述べており、安全保障上の制約がEEZに及ぶとは考えられていないし、公海上及びEEZにおいて安全保障上の権利について言及されたいかなるものもない。
現在、多くの国が国連海洋法条約を批准し、海洋自由の原則に沿って商業活動や経済活動を行っており、中国も例外ではない。しかし、これまでの中国の行動は、国連海洋法条約の理念や原則あるいは条約そのものを逸脱し、公海上であるEEZ海域において独善的な示威行動を行うとともに、公海における海洋の自由利用を著しく阻害している。
これは、中国の政府機関であるか否かに係らず実施され、特に、漁船の横暴についてはそれを取り締まる行為すら見られない注12。
単に、自国の利益のみを追求し、自国のご都合主義により制海(シーコントロール)能力を高め、EEZを含む海洋の自由利用と安全な航行を著しく阻害する中国がそこには見え、自国防御と称して、近接阻止、接近拒否戦略(A2/AD戦略)を平時から実効性のあるものにしようとする中国の意図が見え隠れするのである。
3.我が国シーレーンの安全確保

注:2011年国土交通省海事局資料で2000トン以上の外国用船
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(1)我が国の海運の状況と対策
我が国の生存を支える外航海運の現状は、少しの進歩は見られるものの依然として惨憺たる状況にある。
我が国の外航船舶数の推移は、表1の通りであり、1980年には、我が国国籍の外航船舶は、1176隻あったが2009年には98隻しかなく、12分の1以下となっている。
また、我が国の外航船員数の推移は、表2のとおり減少の一途をたどっており、1980年には、3万8425人いた外航船員も2009年には2381人に減少し、16分の1以下である注13。

注:1990年以前は旧外航労務協会、1995~2005年は「船員統計」、2006年以降は国土国通商海事局資料
1985年(昭和60年)のプラザ合意後の急激な円高によるコスト競争力の喪失から年々、日本国籍商船は減り続け、我が国の管轄権が及ぶ外航商船は約100隻しかない。
ほとんどの海上輸送は便宜置籍船(パナマ船籍やリビア船籍等)に頼っているのが現状であり、直接我が国のコントロールが及ばない状況にある。
10年前の2003年(平成14年)、パナマ船籍の商船内で日本人の航海士がフィリピン人船員に殺される事件注14が起きたが、この際にも外務省を通じパナマ共和国と交渉し、やっと我が国の捜査が及んだのは1年後である。要するに、便宜置籍船であるがために我が国は自国船員も保護できないのである。
注11 国連海洋法条約 58条は排他的経済水域における他の国の権利及び義務が記述されており、他の国は沿岸国の権利及び義務に妥当な配慮を払うものとなっているが、航行、上空飛行等の自由は認められている
注12 読売新聞 2011.12.15 「中国漁民 凶悪化」
注13 船員統計により以後は国土交通省海事局調べ
注14 平成14年11月14日 共同通信。14年の4月に起きた事件。超党派で日本の刑法適用を可能にする特別措置法案をまとめ国会に提出。しかし、刑法改正後も、海外で日本人が巻き込まれた事件は原則として当事国の司法当局が担当する。また、外国船内や当事国が捜査に着手していない重大な事件に関して行う場合も、日本の司法当局が当事国の了解を得た上でないと捜査は出来ない
また、外航海運を支える日本人船員は高齢化を迎え、年々少なくなっている。現在、各海運会社は外国人船員の雇用により、会社経営を成り立たせているが、その労使契約には、外国人船員は紛争地域に行く事を拒否できるとともに、会社は安全に自国に帰す義務があると記されている。
他国のために危険な海域に赴き、死に目に会うようなことがあっては、外国人船員もたまったものではなく当然と言えば当然ではあるが、それは普段から我が国の海運をないがしろにしてきた無策の結果ともいえる。
余談ながら、英国、ドイツ、ノルウェーおよび韓国の諸外国は、船籍について一国2制度制を設けるとともに、タンカー、バラ積み船等、特別な商船を国家必須船に指定し免税措置や支援策を講じている。また、船員の確保についても2年以上外航航路に従事した場合には、所得税を免除する等の便宜を図り、自国船員数を確保している。
日本国籍商船の船籍確保についてはそれでも改善の兆しが見えるが、日本人船員の確保については、改善の兆しもなく無策に近い。ただ唯一、船員の訓練費補助として支援がなされているが、それも外国人船員養成を補助しているのであって、日本人船員の増につながる支援策ではない。
我が国周辺あるいは世界のシーレーンにおいて紛争が発生し、外国人船員が海運に従事する事を放棄した場合、我が国の海運は停止し干上がる運命にある。
英国、仏国、ベルギー、ドイツ、韓国のように、自国船籍の確保並びに自国船員の確保に政策の手が入ることが強く望まれる。それは、ひとえに我が国生存のツールを確保する道でもあり、我が国のシーレーンを維持する道でもある。
(2)我が国シーレーンの安全確保
前述したように我が国の輸出入貿易の99.7%は海上交通によるものであり、食料もエネルギー資源も原材料の多くは輸入である。即ち、我が国が生存する為には、海上交通による交易は不可欠である。
戦後、これまで中東地域の紛争による経済の停滞は見られたが、我が国周辺海域において海洋の自由利用と海上交通路が犯され経済が停滞した事はない。しかし、最近の中国の違法とも言える妨害活動はその国力の増大と軍事力の拡大により激しさを増すばかりである。
海洋を自由に利用し活用することは、中国を含む資源輸入国も資源を輸出する資源産出国あるいは発展途上国等、あらゆる国にとって有益であり、これが、一国の利益のため、あるいは海洋権益を独占するために阻害されてはならず、多くの問題を起こしている中国もそれに早く気がつくべきである。
2009年6月19日、「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」が制定され、海上自衛隊はアフリカ・ソマリア沖において護衛任務についている。
この法律の制定は、海運を維持・保護する上で極めて重要な進歩であり、ジブチにP-3Cの活動拠点を設けることが出来た事は、中東付近のアデン湾、アラビア海及びペルシャ湾に通じるホルムズ海峡のシーレーンへのアクセス基地として、極めて重要である。
一方で、平成13年から平成22年まで一時的な中断はあったものの続けられてきたインド洋での補給支援活動が民主党政権により取り止められた。湾岸戦争時の教訓も生かされず、補給支援活動の経費(0.7億ドル)の数十倍のアフガン支援金(8億ドル)を我が国は毎年負担している。
インド洋の補給支援活動こそ海洋の自由利用を標榜する旧西側の国々とともに、海洋における秩序を維持し安全なシーレーンの確保に取り組むものであった。しかし、これも我が国の参加が取り止められ、多くのエネルギーを中東に依存している我が国の貢献度は低下し、コアリッション注15との情報交換も制限されたものになっている。
注15 「有志連合」=Coalition of willingnessの事で、湾岸戦争にその始まりを見ることができるが、戦争を含めた国際共同体に関係する諸問題の処理にあたる共同体(「国際安全保障とコアリッション」p2)
そういった状況下、現在、シーレーンに対する中国の影響力は、むしろ脅威とも言えるものになっている。このような時こそ、自由と民主主義を共有する米国や韓国、東南アジア諸国およびインドとともに、我が国は海洋を自由に利用できる海洋国家として海洋の自由利用を提唱し、EEZを含む海域における公海自由の原則を改めて確認し国際社会に訴えるべきである。
そして、我が国周辺におけるEEZを含む公海の自由利用と海洋における国際秩序を維持するため次の2点の国内法の整備が必要である。
その1点目は、海上自衛隊の自衛艦に国際法上認められている軍艦としての権限を付与する事である。国連海洋法条約第110条には、軍艦以外の船舶が、1)海賊行為を行っている、2)奴隷取引に従事している、3)許可を得ていない放送を行っている、4)国籍を有していない等、これらを疑うに十分な根拠がある場合、公海上の軍艦は外国船舶を臨検調査できるとされている。
しかしながら、我が国は、国連海洋法条約に明記されている国際水域における公海海上警察権の行使を目的としたこの国際法を国内的に認めていない注16。勿論、整備された海賊対処法等、既存の法で対処できる項目もあるが、平時における通常の監視活動においては実施できず、不十分である。
2008年10月、アシフ・アリ・ザルダリ パキスタン大統領の歓迎式典に参加する人民解放軍の海軍部隊〔AFPBB News 〕
これまで空想的平和主義により軍事力が否定され続けてきた事によるのか理由は不明であるが国連海洋法条約に定められ各国が行使できる公海上の権限を我が国は自ら放棄しているのである。
もし、これら軍艦としての権限が自衛艦に付与されれば、領海に入る前に外国船舶に対し種々の確認が出来、違法活動もその前に抑止できる。
その第2点目は、領海内で国際法に違反している他国の軍艦や公船注17に対する処置が法整備されていない。
2004年、石垣島において中国潜水艦による潜没航行による領海侵犯事案が生起した。この際には海上自衛隊に海上警備行動が発令されたが、これらは治安維持する上での警察作用であり本来、潜水艦が軍艦と判明した時点で警察作用は適用されない。実施できるのは、退去要求のみであり、事実、その繰り替えしであった。
また、2008年12月には、中国の調査船(公船)が9時間半に渡り尖閣諸島の領海侵犯を犯している。この時も退去要求のみであり、結果的には中国の公船により9時間半の長きにわたる在留実績を残す事になった。その後も中国調査船による尖閣諸島における領海侵犯は幾度となく繰り返されている。
これらの行為は今後とも起こりうることが考えられるが、我が国周辺で紛争に繋がる前に、領海警備に関する法律を銘記し我が国の意志を示すとともに、事案や紛争を抑止することが重要である。
もちろん、これらに関して軍艦や公船との衝突や摩擦を防止し不要な紛争に発展することを防ぐ事故防止協定や危機を段階的に管理できるROEなどが必要な事は言うまでもない。そして、効果的なシーレーンの防衛作用に結び付けるべきである。
注16 国連海洋法条約 第95条、第96条には、軍艦及び政府の非商業的役務にのみ使用される船舶(公船)は旗国以外の何れの国の管轄権から免除されるとある
注17 国連海洋法条約 第29条の軍艦の定義の前にある C項 軍艦及び非商業的目的の為に運航するその他の政府船舶に適用される規則の項の「非商業的目的の為に運航するその他の政府船舶」を、本書では便宜的に「公船」と呼称する
(3)我が国の防衛戦略への期待
米国は、今後10年間に国防費約5000億ドル削減を表明した。これまで、アフガニスタンやイラク戦争において、費やした国力の疲弊を取り戻すべく経済力の発展を目指すのであろう。
このような情勢下、米国はアジアにおける戦力強化の重要性は認識しながらも恐らくこれ以上の力を西太平洋及び東アジアに向ける事は事実上困難である。従って、今後この地域において力の空白が生じる可能性も否定できない。
このような時にこそ、同盟国として、中国の力の増強に対し自ら、力の空白を埋める努力をすべきである。特に、海洋に進出する中国に対し、多くの島嶼を有する我が国として周辺海域を常に監視し間隙のない態勢を充実させるべきである。それは、中国の海軍力を常に見つめる事にも繋がり、大きな抑止にもなる。
我が国の防衛戦略が現在どのように考えられているか、現状の動きからは類推出来ないが少なくとも我が国土に影響させない戦略が求められる。
先の太平洋戦争における沖縄地上戦を再度やろうと考える政策立案者および国民は居ないであろう。すなわち、我が国の戦略としては、できるだけ洋上で対峙し洋上で防ぐ戦略を立てるべきである。そのためには、陸海空とも、洋上阻止を念頭に置いた兵力整備が望まれ、それらに努力を指向すべきである。
これまでの防衛力整備において、59中防ほど我が国の防衛力が伸びた時期はなかった。この当時、シーレーン防衛と共に、洋上阻止戦略が提唱されたが、この構想の下、陸上自衛隊も対艦ミサイル及び水際地雷を装備し、水際での着上陸阻止に力を集中したのである。
今後、軍事力を増強する中国に対し、どのように対応するか、練られているであろうが少なくとも我が国の地勢学上、洋上阻止の考え方は変えるべきではない。中国A2/AD戦略に対処すべく陸上自衛隊の島嶼防衛をはじめ、航空自衛隊と海上自衛隊の洋上阻止及び日米共同のAIR・SEA BATTLE構想に重きを置き洋上における防衛に重点を置くべきである注18。
そして現在、陸上自衛隊と米海兵隊の繋がりも訓練や海外派遣を通じ密接になってきており、島嶼防衛の視点から陸上自衛隊も海兵隊的な機動性を確保すべきであろう。
これらの努力により、少なくとも我が国周辺海域ではシーレーン防衛にも寄与できる態勢となる。しかし、それにしても余りにも、防衛予算は削減されており、やりたくてもやれない状況であろうか。
このような閉塞感のある今こそ、東日本大震災に多くの支援を提供してくれた同盟国に報いるためにも、少しでも防衛予算を増やし、防衛戦略を明確にして我が国の国家意志を示すべきと思うがどうであろうか。
終わりに
いつ頃から、我が国は、自虐的に自国を縛る事ばかり考えてきたのであろうか。戦後の空想的平和主義のなせる業か、韓国、中国からの慰安婦問題や侵略戦争と言われ続けてきたことによる洗脳であろうか、そろそろ真剣に弱肉強食の国際環境に視点をあて力を持つものが法律であるかのような環境を正す責任ある国家たらんとする時期に来ていると思えてならない。
注18 A2/AD(Anti-Access and Area-Denial)は、2010年米国防総省 QDRにおいて言及され、A2/AD構想は中国の米軍投射能力封殺を目的とし、これに対する米国の作戦構想がAir-Sea Battle構想
世界の警察官と言われてきた米国が今後、国防費を削減する。また、我が国も深刻な不況と押し寄せる高齢化の下、防衛予算は削減の一途をたどっている。このような情勢下、もはや法を解さないチャイナマネーと軍事力により、西太平洋をはじめとする海洋は蹂躙されようとしている。
このような時、我が国は自由と民主主義を基調とする国々とともに、国際世論に訴え、安全かつ安定的な海洋の自由利用を伸展させ、それを阻害する行為は断固として糾弾する努力と意志を示す時期に来ている。それは、海洋の自由利用が我が国にとって死活的に重要であり、我が国の生存をも左右するからである。
森本敏防衛相は6月19日の参院外交防衛委員会で、敵基地攻撃能力の検討が必要との考えを示した〔AFPBB News 〕
戦後、我が国は、自国安全保障の努力を軽視し、その多くを米国に依存してきた。これは結果的に、国民の安全保障観を鈍らせ、目前の高度経済成長の下、我が国商船隊や船員確保に努力する事もなく法整備をも怠ってきた。
我が国が島国であるが故に、国境が海上にあり常に安心安全は確保されているかのように、誤った認識があったからであろうか。
責任ある国が平時の自衛権について、法を整備しているように、我が国においてもそろそろ、平時の自衛作用にも法的根拠を持たせ、責任ある国家として国際社会に貢献すべきである。
そのためには、これまでGDP1%の枠の中で米国の攻撃力に依存してきた防衛力の方向を変えると共に向上させ、この地域の平和と安定に貢献する事が重要である。そこには、国民的議論が必要であるが少なくとも正義と自由を愛する国民として、専守防衛の見直しと集団的自衛権の必要性を時のリーダーは訴えるべきであろう。
年金問題も税金対策も極めて重要であるが、3.11で認識したように、安全が確保されなければ、経済も福祉も成り立たたない。 近い将来、考えられる事変に対応できるよう予めの矛と盾を準備すべきである。
これまで我が国の国防理念は専守防衛であり、防御用の戦力しか保有してこなかった。これも太平洋戦争の反省と称した自虐史観であろうか。
北朝鮮からテポドンⅡが何十発も飛んで来た場合、BMDによるミサイル対処には限りがある。残りの弾道弾やミサイルは、その発射基地を攻撃しない限りは、我が国のみならず他国にも飛んでくる。
自国民を真に守る国家体制と意志なくして、同じ考えを持つ国々との共同作戦もできないばかりか、目の前で攻撃される同盟国軍人も助けられないのである。これで、国際的な地位と名誉を確保し、国際社会に貢献できる国とは言えまい。また、それは自国民を守ることの出来る責任ある国家とも言えまい。
戦後60年が経過し、我が国が地政学上どのような国で何が不可欠か事実を直視し、シーレーン防衛を含む我が国生存の為のツールを充実させる努力が望まれる。
そういった意味で、ある党が第2次憲法改正草案の中で、緊急事態条項、集団的自衛権の行使及び自衛軍としての軍法会議の設置等に踏み込んでいる事、そして何よりも領土、領海及び領空の保全、資源確保と環境保全にまで言及し法整備を提唱した事は評価したい注19。
注19 読売新聞 2012.2.28 「集団的自衛権行使認める」