原発の軍事的安全対策を急げ。
2012.07.02(月)北村 淳:プロフィール
野田政権は大飯原発運転再開を決定したが、原子力発電並びに原子力発電所の安全対策が十分になされているとは言えない状況での運転再開であることは、再開反対派はもちろんのこと、留保付再開容認派並びに再開推進派のいずれもが共通に認識しているところである。
原発の安全対策というと、「どのようにして原子力発電の事故を起こさないようにするか」あるいは「いかにして大規模な地震や津波あるいは洪水や土石流といった自然災害から原子力発電所を守るのか」といった人為的ミスによる事故や技術的欠陥、そして天災により原子力発電所が被災して起きる各種事故を防止する、いわゆる防災対策に主たる関心が向けられている。しかし、原発の安全対策に関する軍事的議論は極めて低調である。
原子力発電そのものを軍事的に考えると、原子力発電が停止した場合に火力発電に頼らなければならない状況が続く間は、石油と天然ガスの安定供給確保のために、原油並びに液化天然ガスを日本にもたらす各種タンカーの航路帯すなわちシーレーンの防衛が筆頭課題として浮上する。
ただし、この課題は国家安全保障の基本政策の範疇に属するため本稿では触れず、本稿では「どのようにして敵の軍事攻撃から原子力発電所(以下、原発)を守るのか」に関連した課題に限定して考察する。
特殊部隊やテロリスト部隊による原発攻撃
「どのようにして敵の軍事攻撃から原発を守るのか」に関する対策が、日本で全くなされていないわけではない。「敵の特殊部隊やテロリスト部隊による原発襲撃」という事態に第一義的に警察が対処する態勢になっており、そのための原子力関連施設警戒隊も設置されている。
しかしながら、万一特殊訓練を積んだテロリスト部隊や後方撹乱作戦のために投入された特殊部隊によって原発襲撃作戦が実施された場合には、軍隊に比べて貧弱な戦力しか保有していない警察機関ではとても対抗し得るものではない。
このような状況であるにもかかわらず、警察よりは格段に強力な戦闘能力を持っている自衛隊に原発防衛を担当させる構想がなかなか現実化しないのは、現政権のみならず歴代政権の怠慢と言わざるを得ない。
もっとも、自衛隊による警護対象施設は、自衛隊法(81条の2)によって「自衛隊の施設」と「在日米軍関係施設」に限定されている。警備対象施設に原発も加えるように法改正しようとする動きもあるのだが、そもそも現行自衛隊法に基づいた警護出動では、様々な「お役所的手続き」を経た後に自衛隊部隊が出動可能になるのであるし、警察官職務執行法(7条)を準用して自衛隊が原発関連施設等を警護するために武器が使用できるということになる。そのため、イラクやアフガニスタンをはじめとする実際の戦闘から類推すると、とてもテロリスト部隊や特殊部隊による原発攻撃を想定しての現実的議論とは見なせない。
このような「原発に対する警護出動」に関する自衛隊法修正に限ったことではないのだが、自衛隊の軍事的行動に手かせ足かせをはめる「ポジティブリスト」(自衛隊が実施できる行動を法令に列挙し、列挙された行動以外は禁止される)による自衛隊統制という基本姿勢を廃止しなければ、原発攻撃のみならず不確実性と混沌性の度合いが高く展開スピードが高速になっている現代の軍事的脅威に自衛隊が全く対応できなくなってしまう。
日本で唯一の軍事組織である自衛隊が、日本自身が制定した法令によって軍事的脅威に対応できないとなれば、アメリカ軍に全面的に依存するか外敵の軍事的脅威に全面的に屈するか、いずれにせよ奴隷的国家とならざるを得なくなることを忘れてはならない。
「原発に対する警護出動」はじめ必要に迫られた任務をポジティブリストに根気よく加えていき、やがては幅広い行動可能リストを作り上げようという我慢強い方針が、これまで半世紀にわたって繰り返されてきた。そんな方針は、もはや21世紀の現在においては一刻も早く捨て去られなければならない。
すなわち、いちいち「原発が攻撃されそうな場合には、自衛隊は警護出動をすることができ、正当防衛や緊急避難等やむを得ない場合に限り、合理的に必要と判断される限りにおいて、武器を使用することができる」というような実際の対テロ・対特殊部隊戦闘では役に立たない法改正を目指すのは即刻止めにして、自衛隊法を「法理」そのものから抜本的に作り替えることが求められる。
すなわち、「ネガティブリスト」(実施してはならない軍事行動だけを列挙し、それ以外の軍事行動は原則として実施可能とする)の法令を制定する必要がある。
原発に対する長射程ミサイル攻撃
原発に対する軍事的脅威で、特殊部隊やテロリスト部隊による直接攻撃よりもさらに“効果的”なのは、各種長射程ミサイルによる攻撃、厳密には「ミサイル攻撃の可能性による軍事的威圧」である。原発の制御施設や電源装置が機能不全になるとメルトダウンに至ることは、福島第一原発事故によって誰の目にも明らかになった。
つまり、敵が特殊部隊のような襲撃部隊を直接侵攻させなくとも、遠隔地からミサイルを発射して原発の各種施設を破壊すれば、超大型の放射性物質拡散兵器で攻撃を加えるのと同じ効果を達成することになる。
現実的には、原発をミサイル攻撃する以前の段階で日本政府に対してミサイル攻撃を実施するという脅しをかければ、現状のように原発を敵のミサイル攻撃から防衛する態勢が整っていない限り、日本政府が外敵の要求に屈せざるを得なくなるといったといった事態も生じ得る。
原発を攻撃するには核弾頭搭載ミサイルである必要はないため、ミサイル攻撃実施のハードルは低くなる。また、福島第一原発事故での深刻な被害状況を経験している日本に対しては原発に対する攻撃により放射性物質被害が生じることに対する恐怖心をあおるのは極めて効果的と考えられる。したがって、原発に対するミサイル攻撃の可能性をちらつかせての威嚇は、各種長射程ミサイル保有国にとっては有力なオプションということになる。

日本周辺諸国には、日本各地の原発を攻撃・破壊可能な各種長射程ミサイルが枚挙にいとまがないほど存在している。例えば、中国人民解放軍第二砲兵隊が満州地方から発射する中距離弾道ミサイル、中国海軍潜水艦や駆逐艦から発射される長距離巡航ミサイル、中国空軍爆撃機から発射される長距離巡航ミサイル、中国空軍や海軍の攻撃機から発射される長距離巡航ミサイル、北朝鮮軍が地上から発射する中距離弾道ミサイル、北朝鮮偽装船舶から発射される短距離弾道ミサイル、ロシア空軍爆撃機から発射される長距離巡航ミサイル、ロシア海軍駆逐艦から発射される長距離巡航ミサイル、などである。
もっとも、それらの長射程ミサイルによる攻撃は、原発だけではなく火力発電所や変電所、石油貯蔵基地、天然ガス貯蔵施設、港湾施設、自動車やエレクトロニクスなど重要基幹産業の工場施設などの戦略目標並びに海上自衛隊軍港、海自・空自の航空施設、レーダーサイトなどに対してミサイルを連射する戦略攻撃能力を誇示することにより日本政府・国民に軍事的威圧を加えるのが主たる任務である。したがって、原発を長射程ミサイル攻撃から防衛するための対策は、日本の国防戦略全体に関わる長射程ミサイルに対する防衛方策整備の一環ということになる。
現在手にすることができる長射程ミサイルに対する防衛方策は、以下の3通りに大ざっぱにまとめることができる。
(1)敵が発射した長射程ミサイルが攻撃目標に着弾する以前に撃ち落としてしまう(2012年4月の北朝鮮銀河3号打ち上げ騒ぎの際に海上自衛隊や航空自衛隊によって展開配備されたミサイル防衛システムは、この方策の一部である)。
(2)敵の長射程ミサイルの発射装置を破壊して攻撃不能にしてしまう。
(3)強力な報復能力を保持して敵が長射程ミサイルで対日攻撃を敢行するのを躊躇させ思いとどまらせる。
本稿ではミサイル防衛に関しての詳述は避けるが、軍事技術的理由から(1)の方法はいまだに開発途上段階であり、(2)の方策はアメリカ以上の超巨大軍事組織と最新装備で武装することを意味するため現行憲法上も財政的(米国の国防費は日本のおよそ30倍)にも不可能ということになる。
要するに、現在日本が取り得る方策で、ある程度まで実現可能(政府・国民にやる気があれば)な方策は、(3)ということになる。
すなわち、海上自衛隊艦艇(潜水艦・駆逐艦)に対地攻撃用長距離巡航ミサイルを多数配備して(現実的にはアメリカからトマホークミサイルを購入ないしライセンス生産することになる)、万が一にも日本の原発はじめ戦略拠点に対して何らかのミサイル攻撃が敢行された場合には、海自艦艇によって敵の戦略要地に対する大規模な報復攻撃を敢行する意思と準備を示すことにより、外敵の長射程ミサイルによる対日軍事的威圧を軽減するのである(多くの海自艦艇にはトマホーク発射装置と基本的コントロールシステムが備わっているため技術的には容易である)。もちろん、これだけで敵の攻撃可能性を完全に抑止することはできないものの、報復能力がゼロに近い現状とは雲泥の差と言える。
サリン事件が引き金となって生まれた米国の
「CBRNE被害管理」
「特殊部隊やテロリストによる攻撃から原発を守る」並びに「各種長射程ミサイル攻撃の脅威を封殺する」ための軍事的準備は、いずれも原発事故が発生し被曝者が発生する以前の段階における「危機管理」ということになる。
JBpressに執筆した記事(2011年4月6日) でも触れたように、日本ではほとんど話題にすらなっていないが、原発事故に限らず深刻な自然災害や人為的災害が発生し、被害者が発生した直後から開始される安全対策は国際社会では「被害管理(consequence management)」と呼ばれている。
とりわけ、化学工場の事故や化学兵器による攻撃により発生する災害(Chemical)、伝染病をはじめとする感染症の流行や生物兵器の使用により生ずる災害(Biological)、原発事故や対原発攻撃、それに放射性物質兵器の使用などによって引き起こされる災害(Radiological)、核兵器により惹起される災害(Nuclear)、高威力爆発物(high yield Explosive)による災害、といった危険性が極めて大きい災害に対する「被害管理」は「CBRNE被害管理」と呼称され、事態の深刻さに鑑みて軍事組織に初動CBRNE被害管理部隊が設置される場合が多い。
そもそも「CBRNE被害管理」という概念がアメリカで誕生する直接的な引き金になったのはオウム真理教によるサリン事件であった。アメリカ国防当局やテロ対策当局にとって“衝撃的な”この事件を受けて、アメリカ国内でのテロ攻撃に対する緊急対処基本方針を定めた「PDD-39」(大統領決定司令第39号)の中に核、生物兵器、化学兵器といった大量破壊兵器を使用したテロに対応した「NBC被害管理」という概念が登場した。
PDD-39発令当初は、核・化学・生物兵器(物質)を使用したテロ攻撃に対処するため「NBC被害管理」と呼称されたが、すぐに放射性物質も明示して「CBRN被害管理」と呼ばれるようになり、現在では、さらに高威力爆発物による災害も含めて「CBRNE被害管理」と称されている。
PDD-39を受けていち早く発足したのがアメリカ海兵隊の「CBIRF」(化学生物事態対処部隊)であり、現在はCBIRFだけでなく陸軍、空軍、海軍それに統合軍にも「CBRNE被害管理」部隊が設置されている。また、あらゆる地形に対応した急速展開能力を誇り「アメリカの緊急部隊」と見なされているアメリカ海兵隊では、それぞれの戦闘部隊単位ごとに「CBRNE被害管理」担当チームが設置されている。
テロや軍事攻撃または自然災害のいずれにしろ、CBRNE事態が発生した場合には、現場周辺は広範囲にわたり接近することすら困難な状態であることが予想される。そのため、特殊装備で武装し専門的訓練を十二分に積んだ「CBRNE被害管理」部隊が、被害発生を受けて間髪を入れずに現場に急行しなければならない。
CBIRFをはじめとする「CBRNE被害管理」部隊は、連邦政府や州政府などの指揮の下で保健衛生機関や法執行機関と協力して、被害をもたらした物質の特定、被害者の一刻も早い救出、さらなる被害者を出さないための緊急避難誘導、混乱した秩序の速やかな回復、といった緊急対策活動を担当する。
「CBRNE被害管理」部隊の充実が国会・政府の責務
陸上自衛隊にも化学科が設けられ「CBRNE被害管理」部隊としての中央特殊武器防護隊並びに各師団の特殊武器防護隊あるいは化学防護隊が設置されている。

しかし、それらの中核をなす中央特殊武器防護隊といえども極めて初歩的な「CBRNE被害管理」部隊と見なさざるを得ない段階にとどまっており、このような事情を熟知していた米軍は福島第一原発事故に際してCBIRFを派遣してきた。
もっとも、日本政府側の“手続き”に阻害され、CBIRFの対放射線完全武装海兵隊員が福島第一原発周辺被曝地域に急行して地震と津波による被害を受けかつ被曝した被災者を救出したり、亡くなった方々の遺体を一刻も早く遺族のもとに連れ戻す、といった活動はできなかった。
もし十分な国防予算が確保されて中央特殊武器防護隊をはじめとする「CBRNE被害管理」部隊が充実していたならば、福島第一原発周辺被曝地域でどれくらいの人命を救出できたのか、といった試算すら日本政府は公表していない。このような状況では、貧弱な装備しか与えられていない日本の「CBRNE被害管理」部隊を強化することははなはだ困難である。
そもそも「CBRNE被害管理」部隊は、オウム真理教事件が引きがねとなりアメリカ海兵隊をはじめとする米軍や多くの国々で編成されてきているにもかかわらず、「被害」の本家本元の日本で「CBRNE被害管理」部隊が充実していないというのは、歴代政府やシビリアンコントロールを標榜する政治家の怠慢であり国際的恥さらしと言わねばなるまい。
「CBRNE被害管理」部隊は、原発に対する軍事攻撃だけでなく、人為的ミスや自然災害による原発事故の際にも必要不可欠な組織である。一刻も早く「CBRNE被害管理」部隊を充実させることは、まさに国会・政府の責務と言えよう。
原発を再開するに際して、原子力発電そのものの技術的な安全対策や原子力発電所に関わる防災対策の努力を重ねるのは当然のことではあるが、原発の軍事的安全対策も直ちに実施せねばならない。
国会・日本政府は、「特殊部隊やテロ部隊による原発攻撃」並びに「長射程ミサイルによる原発攻撃」を抑止し万一被災した場合には緊急活動にあたる「CBRNE被害管理部隊」の充実などを図るための緊急予算措置と法令の抜本的改正を、直ちに実現させなければならない。