日本人の精神を蚕食する
「義務なき権利」「責任なき自由」~佐藤正久氏
マット安川 今回のゲストは「ヒゲの隊長」で知られる自民党参院議員の佐藤正久さん。元自衛官として日本の安全保障の実態をご報告いただくとともに、国民の国防意識についてもお話しいただきました。
「防衛は最大の福祉である」ことを認識しなければならない

参議院議員、自民党シャドウ・キャビネット防衛副大臣兼国防部会長代理。元陸上自衛官としてイラク先遣隊長、復興業務支援隊初代隊長、第7普通科連隊長兼福知山駐屯地司令を務めた後、2007年に参議院初当選。(撮影:前田せいめい、以下同)
佐藤 私は自衛隊という現場から国会に来ましたが、驚いたのは、衆議院にも参議院にも「領土」と名のつく委員会がなかったことです。国の構成要素は主権と領土と国民ですが、その領土について議論する委員会がないことにビックリしました。
沖縄と北方対策の委員会はありますが、それはどちらかというと経済支援に関するものです。
領土問題をここまでないがしろにしてきたのは自民党ですから、われわれは本当に反省しなければいけないと思っています。それで野党になったのを機に、自民党内に「領土に関する特命委員会」をつくりました。石破(茂)議員を委員長として、私が事務局長を務めています。
安全保障というのは、票にならないということも背景にはあります。国民のみなさんも生活第一で投票します。
私もよく雇用や医療、年金、介護、子育てについてお願いしますと言われます。そして、時間があったら国防もと。国民の関心が高いのは、厚生労働関係です。そんなものです。いざという時のことは考えていない。
「国防は最大の福祉である」という言葉がありますが、これが日本人にはなかなかピンときません。日本は戦後ずっと平和でしたし、島国ということもあって、陸続きの国とは感覚が違っています。
国防がしっかりしているからこそ国の独立、平和を保つことができ、その結果として経済の繁栄や、われわれの生命や財産が守られるということがピンときにくいんです。
例えば、日本の隣、朝鮮半島はまだ戦争が終わっていません。日本の隣に戦争が終わっていない国があるんです。
韓国と北朝鮮は休戦状態にあるだけで、いまだににらみ合っていて、両国の真ん中に国連軍が展開して、一触即発の事態に備えている。そういうこともわれわれにはピンとこない。
その北朝鮮は日本人を拉致したり、断りもなく日本の頭の上にミサイルを飛ばしたり、いろんなことをやっている。
日本の周辺国ではほかにも、ロシアで大統領がメドベージェフさんから、強硬派と言われるプーチンさんに戻りました。中国も今度、胡錦濤さんから、若い習近平さんに代わる。中国はいまかなり軍事力を伸ばしています。
そういういろいろな動きがある中で、日本も自分の国の立ち位置、自分の国は自分で守るというのが基本ですから、そういうことを考えながら、経済や、あるいは子どもの教育なども考えていかなければいけないと思います。
自衛隊は「何でも屋」ではなく、国を守ることが基本
民主党政権は昨年、今年と、自衛官の定数削減法案を国会に出してきました。東日本大震災を受けて、人が足りないという教訓があり、さらに首都直下型地震や東海、東南海地震などが起きればもっと人が足りなくなるというのに、昨年は300名削減の法案を出してきた。
自民党はもちろん大反対ですから、参議院で廃案にしました。にもかかわらず、今年出てきたのは自衛官600名削減です。まったく逆の方向です。
いま自衛隊の現場は人が足りなくてたいへんなんです。海外でも、海賊対策や、南スーダン、ハイチ、シリアなどに行っている。ものすごく任務が増えているのに、人は減らされているんです。
自衛隊のことを「何でも屋」みたいに思っている人もいます。鳥インフルエンザや口蹄疫、大雪、北海道ではシカの駆除までやっている。それはちょっと違うんじゃないですかと言いたい。支援は当然しますけれども、それは自衛隊の本来の任務じゃないんです。

自衛隊は国の守りが基本です。そういう訓練をやっているから強い自衛隊が出来上がるんです。災害派遣や国際貢献の訓練を中心にやっていたら、自衛隊は間違いなく弱い組織になってしまいます。
私がイラクに行った時に、イギリスの参謀長から言われたことがあります。自衛隊の任務は民生支援だと。それはウサギの任務かもしれない、でもウサギの任務をウサギがやったら絶対に死人が出るよ、ウサギの任務をライオンがやるから成功するんだと。まったくその通りです。
国の守りのためにこれでもかという訓練をやっているからこそ強い自衛隊が出来上がり、その応用で災害派遣や国際貢献などに実力を発揮できるんです。ここを間違ってはいけません。
政治家の中には、自衛隊の式典にやって来て、災害派遣のことしか言わない人がいます。ぜんぜん分かっていないなと、私も現役時代に思っていました。
日本人は権利と自由だけでなく、義務と責任をもっと考えるべし

日本国憲法の前文には、こういう趣旨のことが書いてあります。日本以外はいい国なので、諸外国の正しさを信頼して、日本は自分の生存や安全を預けますと。北朝鮮に命を預けられますか?
だからもちろん、自衛隊については何も書いていない。本来であれば自衛隊を明記すべきです。自衛隊はこういう目的のために持つのだと書かなければいけない。
さらにすごいのは、自分の国は自分で守るとか、故郷は自分で守るといった義務、国民の義務がほとんど書かれていないことです。その一方で、個人の権利と自由については多く書かれている。
権利と自由に重きを置きすぎていて、あまりにもバランスが悪すぎます。われわれは義務と責任ということをもう少し考え直さなければいけない時期だと思います。義務なき権利はありませんし、責任なき自由もありません。
例えば、国民の自衛隊に対する信頼は災害支援を通じて非常に高くなりました。90%以上が自衛隊を信頼しているという世論調査があります。
しかし一方で、日本が敵に攻められた時に一緒に戦いますかという質問に対しては、一緒に戦うと答えた割合は15%です。これは調査対象国で最下位です。
韓国は七十数%、イスラエルは90%を超えている。国民の防衛意識を超える防衛力はつくれません。なぜなら国民の代表が政治家ですから。政治家の背中を国民が押さないといけない。
自民党の憲法改正案では、自分の国、自分の故郷は自ら守るという精神を植え付けることを1つの柱としています。特に憲法9条が焦点になりますが、独立国家として、集団的自衛権も認めています。
自衛隊というのは、他の国から見ても非常に分かりにくい。どこの国も自衛権に基づいて軍を持っているわけです。
それは同じなのに、なぜわざわざセルフディフェンスとつけるのか。しかも漢字にすると、自ら守る軍隊です。守る対象を書いていない。国家や国民、国益を守るのが軍隊ですから、われわれは自衛隊を「国防軍」として位置づけています。