【石平のChina Watch】
今月上旬に、日本の民間団体が尖閣諸島付近で漁業活動を行ったことに対し、人民日報をはじめとする中国の国内メディアがさまざまな報道や論評を行っている。それらを読んでみると、共通した特徴があることに気がつく。要するに中国のメディアは一様に、日本側の行動を「茶番」「空騒ぎ」だと貶(おとし)めた上で、「われわれはそれに動じることはない」と高をくくっているのである。
たとえば6月12日付の人民日報の掲載論評は、今回の漁業活動を東京都による尖閣購買計画と結びつけて、それは「日本の経済低迷・政局混乱」を背景にした「国内向けの茶番」だと分析した。同じ日に、政府系メディアの工人日報の関連記事もまた、「茶番」という言葉を使って上述の漁業活動を評している。
曰(いわ)く、「石原一味」の尖閣購買と「右翼分子」の漁業活動はすべて、一部の日本人が反中的騒ぎを起こすことによって「少しの快感」を得ようとするための行為であるという。
人民日報系の環球時報は同11日掲載の論評で、中国語の「闘気(意地を張って争う)」という言葉を使って、「実力の面では中国に負けている日本人が、意地を張って中国と争うようなパフォーマンスを演じているだけのことだ」と、日本側の動きを嘲笑してみせたのである。
中国メディアによるこのような論調は当然、的外れである。尖閣をめぐる日本側の動きは決して無意味な「茶番」ではなく、むしろ島への日本の実効支配の強化につながる重要な行動であることは明らかだ。にもかかわらず、中国側が極力、それらの動きの持つ意味を矮小(わいしょう)化してみせたのは一体なぜなのか。
その答えは上述の環球時報論評にあった。論評はその文中、中国メディアとしては初めて「釣魚島は今日本の実効支配下にある」と認めた上で、「優位に立っているのは日本側だ」と嘆いているが、このセリフにこそ、中国側の抱えるジレンマがあるのだ。
中国政府はとにかく、尖閣諸島は自国の領土であると強く主張している。だが現実的には、尖閣は日本の領土として日本の実効支配下にある。中国は今、この現実を変えることもできないし、日本側による実効支配強化の動きを阻止することもできない。
そうすると、「尖閣問題」で何か大きなトラブルでも起きれば、苦しい立場に立たされるのはむしろ北京政府の方であろう。日本との争いが表面化すればするほど、自国の「領土・核心的利益」である尖閣を「奪還」できない中国政府の無力さが国民の前で露呈してしまうからだ。
しかも、秋の共産党大会開催を控えて国内の安定維持を何よりも重んじる今の胡錦濤政権には、尖閣問題で日本と事を構える余裕なんかはない。
したがって現在、尖閣をめぐる日本側の動きに対し、中国政府は結局なすすべもなく目をつぶっていくしかないが、それでは国民からの「弱腰批判」にさらされる恐れもあろう。政府にとってこの苦しい板挟みから脱出する唯一の方策は日本側の動きの持つ意味を貶めた上で、「だからそれを無視すればよいのだ」との逃げ道を自分たちのためにつくっておくことである。
日本側の動きを「茶番」だと嘲弄して軽く受け止めるふりをしている中国の国内報道はまさに政府の「苦衷」を察した上での挙動であろうが、そこからは逆に、尖閣問題ではどうにもならない中国政府の足元が見えてきたような気がする。後は、日本の領土を守るためにやっておくべきことを、われわれの方で着々とやっていけばよい、というそれだけの話である。
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【プロフィル】石平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
今月10日、尖閣諸島の魚釣島付近で行われた集団漁業活動イベントには国会議員、地元漁師ら約120人が参加した=沖縄県石垣市(松本健吾撮影)