中国領土への戦力投入を目指す米陸軍・海兵隊
2012.06.20(水)樋口 譲次:プロフィール
米国の対中戦略には、その進展と決意をうかがわせる動きが出てきた。
これまで、中国の「接近阻止・領域拒否(A2/AD=anti-access/area denial)」戦略に対抗する米国の戦略は、海・空軍を中心とする「海空戦(Air-Sea Battle)」構想が表立ったものであった。
アメリカの決意を窺わせる対中戦略の本格的展開
今年3月、米陸軍能力統合センター(Army Capabilities Integration Center)と海兵隊戦闘開発コマンド(Marine Corps Combat Development Command)は、合同で、「アクセスの獲得・維持(Gaining & Maintaining Access )」と称する陸軍・海兵隊構想を公表した。
3月に公表された米軍の陸軍・海兵隊構想によって対中戦略が明らかになった〔AFPBB News 〕
当然、21世紀における最大の安全保障・防衛上の懸念材料となっている中国の「A2/AD」戦略を破砕することを主眼に、敵国領土への陸上戦力の投入を目指すものである。
これによって、米国の中国を主対象とする陸・海・空軍および海兵隊による作戦構想が出揃い、米軍全体としての新戦略の全貌が明らかになった。
すなわち、海・空軍を中心とする「海空戦」構想と陸軍・海兵隊を中心とする「アクセスの獲得・維持」構想が結合されて、米国の「統合作戦アクセス構想(Joint Operational Access Concept)」として結実しつつある。
この動きには、ヨーロッパを主戦場とした冷戦期において、ソ連の大規模機動打撃戦力に対抗するために作られた「空地戦(Air-Land Battle)」構想の策定段階で得られた教訓が反映されている。
また、陸軍および海兵隊は、海・空軍にはない「占有(占領)力」を最大の特徴としており、国家の最終意思の表明として相手国の領土と住民を支配し、戦いの帰趨を決する究極の軍事力である。
中国の軍事的意図を破砕するため、その陸上戦力の投入が作戦構想として具体化されたことは、米国の対中戦略の本格的展開とともに不退転の決意を読み取ることができよう。
本項では、「アクセスの獲得・維持」構想という新たな動きを踏まえ、それを概観するとともに、我が国土防衛上の根本的問題を指摘したい。
米陸軍・海兵隊を中心とする中国領土への「アクセスの獲得・維持」構想
<冷戦期の対ソ戦略「空地戦」構想の反映>
冷戦期、NATO軍の最大の目標は、ソ連を主力とするワルシャワ条約機構(WTO)軍による地上からの大規模機動打撃戦力による侵攻を阻止することであった。その際、米国を中心に考案されたのが「空地戦」構想である。
本構想は、縦深作戦(Deep Operation)、近接作戦(Close Operation)、後方地域作戦(Rear Area Operation)の3つから構成され、それらの作戦を総合一体的に遂行するというものであった。
当初は、WTO軍の侵攻を、対地ミサイル、航空攻撃(武装ヘリを含む)、多連装ロケットシステム、電子戦などをもって、極力敵との直接交戦を回避し、努めて遠方で撃破する縦深作戦を重視することによって戦いを決することができると考えられていた。
しかし、様々な角度からシミュレーションを繰り返した結果、縦深作戦では十分な敵撃破の可能性を期待できないことが判明し、敵を近接戦闘によって撃破する近接作戦の必要性・重要性が再確認された。
そして、最終的には、縦深作戦によって敵を漸減し、敵の空挺・へリボンやゲリラ部隊の攻撃に備える後方地域作戦を遂行しつつ、近接作戦によって敵を撃破し、戦いを決するとの構想が採択されたのであった。
これは、イラク戦争において、いかに強大な米国の航空・宇宙戦力また海上戦力をもってしても、縦深作戦では戦いを終結に導くことができず、最後は陸上戦力による近接作戦が不可欠であった戦例が実証する通りである。
中国の「A2/AD」戦略を破砕する能力を保持してその軍事的挑戦を抑止し、万一、武力対決に発展した場合に勝利を獲得するには、「海空戦」構想のみでは目的を達成することができない。
併せて、陸軍・海兵隊を中心とする「アクセスの獲得・維持」構想が不可欠であるという「空地戦」構想の反映が、米国の「統合作戦アクセス構想」のボトム・ラインとなったのは当然の成り行きと言えよう。
<「アクセスの獲得・維持」構想の概要>
「アクセスの獲得・維持」構想の主要な狙いは、中国領土内に配置されているミサイル基地、海・空軍基地、陸上部隊などの中国の「A2/AD」戦略基盤の破砕である。そのため、統合作戦の一部として、米陸軍および海兵隊は中国領土内に戦力を投入し、下記の任務を遂行する。
(1)米軍の戦力投入を妨げる陸上配備の脅威(兵器と部隊)を無力化すること。その中には、米軍のセンサーや兵器を無効化するため、意図的に人口密集の都市部に埋め込まれた脅威を含む。
(2)遠距離から発射された火力の効果を持続すること
(3)戦略的な地域支配力を提供すること。例えば、持続的かつ高速で戦闘する能力や敵の領土への急襲などの迅速な危機対応能力
(4)地域の確保、占領及び/又は支配。特に、海軍の機動・行動及び/又は海上通商の防護にとって重要な海上交通のチョークポイントとなる地域
(5)敵国民を支配し、または影響下に置くこと
(6)敵部隊の撃破
(7)敵に聖域としての逃げ場を与えないこと
(以上、米陸軍・海兵隊の「アクセスの獲得・維持」構想(2012年3月公表)第8項「結論」から引用)
このように、陸上戦力としての米陸軍および海兵隊は、海・空部隊と一体となって中国領土内に所在する軍事的脅威を排除してその戦略基盤を破砕するとともに、戦いの最終目的である領土とそこに住む人の支配に向けられる。これが、陸上戦力による「アクセスの獲得・維持」構想の本質である。
新防衛大綱(「動的防衛力」)の根本的問題を正せ
新防衛大綱には中国の軍事力拡大に「懸念」を示すと記された〔AFPBB News 〕
我が国では、平成22(2010)年12月17日、民主党政権下で初となる新防衛大綱(「平成23年度以降に係わる防衛計画の大綱」)が決定された。その基本となる考え方が、いわゆる「動的防衛力」である。
米国のアジア太平洋あるいは東アジア戦略の展開については、先に述べたところであるが、その動向にも照らしつつ、「動的防衛力」の構築を目指す新防衛大綱の根本的問題について指摘してみたい。
【その1】
新防衛大綱は、中国の脅威の増大や同盟国アメリカの戦略変化に対応できるのか?
我が国の防衛大綱は、概ね10年後までを念頭に策定され、5年後または情勢に重要な変化が生じた場合には、必要な修正を行うこととされている。このまま民主党政権が続けば、新大綱は2個の防衛力整備計画(5カ年計画)をカバーして、約10年間はそのまま据え置かれる可能性がある。
一方、同盟国の米国は、大統領による議会提出が義務付けられている国家安全保障戦略を受けて国家防衛戦略を作成し、それを踏まえて「4年ごとの国防計画の見直し(QDR)」を行い、今後20年の安全保障環境を見据えたうえで、国防戦略、戦力構成、戦略近代化計画、国防インフラ、予算計画などに関する方針を明らかにする。
そして今日、中東における対テロ戦に一応の決着をつけた米国は、戦略の重点をアジアへ向けて急転換している。昨年末には、アジア回帰・アジア重視の姿勢を鮮明にするとともに、オーストラリアへの米海兵隊の配置、ミャンマーとの関係改善、東南アジア・インドとの協力強化など、矢継ぎ早に対中戦略態勢の構築に動いている。
「変革の軍隊」といわれる米軍の戦略は常に進化を遂げ、しかもそのテンポはすこぶる速い。
中国は、過去20数年にわたって国防費を毎年概ね二桁の率で伸ばし続け、過去5年間で2倍以上、過去20年間で約18倍の規模に拡大し、急激な速度で軍事力の増強近代化の道を突き進んでいる。
新防衛大綱では、前防衛大綱(「16大綱」)と比較して自衛隊の組織・規模を削減ないしは抑制しており、防衛力の相対的低下は必至である。もし本政策が継続されるとすれば、日中間の防衛力(軍事力)格差は取り返しのつかないレベルにまで拡大しよう。
また、集団的自衛権の問題、沖縄普天間飛行場の代替施設や海兵隊のグアム移転などで「決断できない日本」(ケビン・メア元米国務省日本部長)は、同盟国アメリカの戦略的変化に対応できないばかりか、足手まといになりつつある。
策定されたばかりの防衛大綱は、実情勢の進展に一向に対応できず、すでにその存在意義を失っており、早急な見直しが必要となっているのである。
【その2】
中国の軍拡・脅威の増大傾向が続いているのに、なぜ自衛隊の組織・規模そして防衛費を削減したのか?
我が国の防衛政策の基本は、紛争の未然防止/戦争の抑止にある。抑止を成り立たせるための条件は、(1)(脅威に対抗できる)十分な防衛力を持つこと、(2)それを行使する決意があること、(3)相手にその決意を悟らせることである。
新防衛大綱において自衛隊の組織・規模を削減ないしは抑制し、過去約10年間続いてきた防衛費の減額に歯止めを掛けなかったことは、明らかに抑止成立の条件を形骸化させた。
つまり、日本は、自国を守るに足る力を持たず、その意思さえないことを表明しているに等しく、我が国として最も重視すべき抑止政策の基本を自ら反故にして抑止力を著しく低下させた。今後、さらにこの動きを続けると、中国をミスリードすることは明らかだ。
我が国が抑止の実効性を高めるには、脅威対象国をあえて刺激しない曖昧戦略を採るとしても、予測される脅威に有効に対抗できる防衛力を着実に整備し、脅威の顕在に際しては個別的・集団的自衛権を果断に行使する国家の決意を表明し続けなければならない。
そして、尖閣諸島などへの挑発行動に対しては、実行動をもって毅然とした対応を取り、我が国の決意を悟らせることが不可欠である。
【その3】
なぜ、陸上自衛隊は、一方的に人員・装備を削減されたのか?
新防衛大綱において、陸上自衛隊は現役(常備)自衛官を14万8千人から14万7千人に、戦車を600両から400百両に、火砲を600門/両から400門/両に、それぞれ削減されている。
海上自衛隊は、護衛艦が47隻から48隻に、またイージス・システム搭載護衛艦が4隻から6隻に強化され、潜水艦部隊が4個隊から6個潜水隊に(潜水艦が16隻から22隻体制に)増強されている。
航空自衛隊は、作戦機を350機から340機に削減されているが、戦闘機については260機を維持し、地対空誘導弾(ペトリオットPAC-3)が3個高射群から6個高射群全てに配備される。
全般的にみて、陸上自衛隊は一方的に人員・装備が削減され、海・空自衛隊は体制の変更などを伴うが、量的あるいは質的には僅かながら増強近代化されている。
このように、全体として削減されている防衛費の枠内で、相対的に海・空自衛隊重視に傾いたのには幾つかの理由が考えられる。
第1に、中国の海洋進出は、海・空の脅威が主体であるとの偏った認識である。
もう一方の側で、新大綱策定の段階において、中国の脅威に対抗する米軍の戦略としては、海・空軍が中心となる「海空戦」構想のみが浮上していたことから、その動きに引きずられた側面もあろう。
もともと、米国のアジア太平洋戦略は、基本的には海軍戦略であり、海上自衛隊と米第7艦隊は、緊密な共同連携の下に運用される。
また、航空自衛隊は、高額の最新鋭戦闘機を米国から輸入せざるを得ない。このため、我が国の防衛政策は、防衛大綱策定の度に、それらの影響を受ける構造的問題があるのは否定できないところであろう。
しかし、中国が石油・天然ガスなどの海底資源や漁業資源を確保するため海洋権益を拡大したいと欲する以上、他国の領土を占領する以外に道はない。なぜならば、国連海洋法条約が認める排他的経済水域(EEZ)は領土に付随するからである。
そのためのみならず、日米に対決する立場で、米国の「アクセスの獲得・維持」構想と同様の目的をもって、中国軍は、日本領土に対して陸軍および海兵隊の陸上部隊を侵攻させる蓋然性が極めて高い。その目標は、尖閣諸島などの島嶼部に止まらず、沖縄を中心とする南西正面から九州・西日本にまで及んでこよう。
なぜなら、我が国は、中国が海洋進出の目標ラインとして設定している「第1・第2列島線」に含まれ、その目指す戦略の主要な標的となっており、また、そこには中国の軍事的挑戦を阻止しようと構える自衛隊及び在日米軍(基地)が存在するからである。
つまり、我が国は、中国の日本領土への直接侵略を排除することを基本とした防衛力あるいは防衛体制の整備強化が必要である。それにも拘わらず、中国の最終作戦目的を排除し、我が国防衛の最後の砦となる陸上自衛隊を削減するとは、国家として危険極まりない愚行としか言いようがないのである。
【その4】
そもそも、「動的防衛力」とは一体何なのか?
前述の通り、民主党政権下で初の防衛大綱が策定され、「動的防衛力」という新しい概念が打ち出された。
これに対し、筆者は、本サイトの拙論(6月11日付)において、本来動的である防衛力に、あえて「動的」を付した理由は一体何なのか理解に苦しむ、との疑念を呈したところであった。
防衛白書には、「動的防衛力」について、(1)「運用」に焦点を当てた防衛力、(2)従来の防衛力のあり方との違い、(3)「動的防衛力」実現に向けた構造改革などの記述がある。
しかし、いずれの説明も従来の防衛力のあり方と何ら変わらない、至って当たり前の論理展開に終始しており、新しい政策として打ち出した「動的防衛力」というキャッチフレーズを正当化するための詭弁を弄しているに過ぎないように思われる。
唯一考えられる理由は、「動的防衛力」を防衛費削減の隠れ蓑にしたのではないかということである。中国の脅威が高まっている南西地域から西日本の防衛体制を強化するに必要な財政的負担を受け入れたくないがために、もともと振り回しが効く防衛力の特性を逆手にとって、「動的防衛力」を構築すれば、中国の脅威に十分対応できる体制が整備できるとの言い訳を用意したと勘ぐらざるを得ない。
我が国の防衛政策は、長年にわたり「経済重視・軽武装」の吉田ドクトリンに沿った財政主導(「最初に財政ありき」)のアプローチによって長年にわたり制約を受け、歪められてきた。
要するに、最初に防衛費に充てる財源枠を決め、その範囲内で防衛戦略を練るよう縛りをかけてきたわけであるから、我が国防衛の実態は、恐らく多くの「想定外」という虚構の上に成り立っていると考えざるを得ないのではないか。
国民は、東日本大震災において、現実を無視した「想定外」がいかに甚大な被害をもたらす原因になったかを痛感したばかりだ。もし、国家・国民の生存と安全を左右する防衛政策にも同様の危うさが内在しているとすれば、そのまやかしを受け入れることは到底できないに違いなかろう。
つまり、この流れは、何としても変えなければならないが、そのためには、まず国政全般における安全保障あるいは国防の位置付け並びに重要性を明確にすることが大事である。そして、我が国を「どのような脅威から如何に守るか」の防衛戦略を確立した上で防衛政策の策定に繋げて行く防衛戦略主導のアプローチへ転換することが急務である。
中国の脅威がこの上なく高まっている今日に至ってもなお、「動的防衛力」などという得体のしれない概念を振り回してまで防衛力の強化を阻止する理由は一体どこにあるのか。
60年余にわたる戦後体制の継続とその拘束によって、このように歪んだしまった我が国の防衛政策を正し、真面な防衛努力に転換する時間的余裕は残されていない。
戦略の主要な属性の1つは、「相対性」にある。我が国の安全保障あるいは防衛は、複雑な国際安全保障環境、なかんずく脅威対象国の動向や同盟国との共同のあり方などによって左右される。財政問題などの国内事情だけで律する訳に行かない国家存立に係わる死活的問題である。
米国は、昨年夏の債務危機以来、否応なしに更なる国防費の削減を強いられているが、中国の脅威に対抗するためアジア太平洋地域における軍事的プレゼンスを何としても維持しようと決意している。
では、日本はどうする?
そのことを、自身の問題とは考えないのか。引き続き、財政主導に任せて、自国の防衛を疎かにし、東アジア周辺地域の平和と安定をも顧みないのか――。
もういい加減に、戦後体制の惰性からきっぱりと決別しなければならない。
そして、日本の「生存と安全を確保し、主権と独立を守る」ため、必要な防衛力を確実に整備するとともに、アジアの先進主要国として、本地域における紛争の未然防止と安全確保に応分の役割を果たす覚悟を固める時であろう。